第21話 アオ何とか何とかガエル
その何かが潜む通路の暗闇から、肉色の長くて太いロープのような物が伸びてきて、生き残りの陸ザメに巻き付いたのは突然のことだった。
流石の私も相手のこの攻撃のタイミングは見切れなかった。現在こちらは、反対側の暗い分岐路から広い通路の様子を伺っている最中である。
陸ザメは当然ながら鳴けない。そのまま通路に引き込まれるや、グチュっという嫌な音とドッという何か重い物が落ちる音が響いて、その場は静かになった。
「奥に何か居る! みんな離れて後ろへ!」
ジャイナさんが斧を構え直して叫ぶ。
「多分でけえな……下がるぞ。これは『池』の姉さんの出番かもな」
これはチームの戦鎚使いナイス兄貴だ。
「例の鬼面渦横縞黒王牙毒グモじゃないわよね?」
長い名前を普通に言ったのはチームのもう一人の女性だった。
最初の恐怖が残る間は、狩人は生存本能をフルに発揮して恐ろしい力を振るう。ただしその恐慌状態が過ぎ去れば、今度は異様な冷静さを発揮して効率的に相手を殺しに行くのである。
そして相手の危険性がこちらを上回る場合は、当然のように速やかに撤退もしてみせる。
ジャイナさん達は、即座に暗闇の向こうにいる相手に対して身構えるとそこから更に下がった。
ちなみに最後にやたら長いクモの名前を言ったのは『流れ跡のユニ』さんである。腕前はジャイナさんほどではないものの初撃が非常に早い人で、下から出ちゃってる最中から距離を詰めにかかることからこの二つ名が付いている。武器は非常に柄が長い両手剣だ。
ジャイナチームにはもう一人槍使いの『ヨメン』という男性がいるのだが、彼は本当に無口でこういう時でもあまり話すということがない。影が薄いがそれでも意外と頼れる男だ。
それと『何とか何とかグモ』は私の腹に収まった為にここには居ない。しばらくの間は、同種個体が出ないという情報をヘビの事件で拾った。
静かに待つことしばし。幅5アームほどの暗い分岐路からムニュっと顔を出したのはカエルの様に見えた。体が通路の幅いっぱいに詰まっているため、押し出されて来たような感じだ。高さも同じくらいありそうだな。
「何てこった」
ジャイナさんが独りごちる。
「あれは青濡岩肌虹色鶏冠大王ガエル!」
ユニさん、解説をありがとう。何となく助かります。
陸ザメを噛み千切って丸飲みにしたソイツは、とうとうノッソリと照明のある通路に姿を表した。
容姿については名前のまんまだ。それでも学院にいる担当者には名前を付ける時は別のにしろと言いたい。
ジャイナさん達が本格的に後退を開始した。
こちらは分岐路からハラハラしながらこれを見ていたのだが、何とか彼女たちを援護することは出来ないだろうか考える。肉色の素早い舌が、再びジャイナさんにネロ~ンと行く前に何とかせねばならない。
例の凄い雷の術の出番かもしれない。こちらから見ると、丁度ジャイナさん達が後退してくれた為に、デカいカエルとこちらの間に誰も居ない状態になってくれた。
一応は、右手の金属繊維の手袋だけ外してからカエルに向けて集中する。
ドドォォォォン!!
相変わらず出るの早いだろ!――まばゆい光が私から放出されるや、それは『何とか何とかガエル』に向かって真っすぐに伸びてからすぐに収まった。
先の床面は焦げてないし抉れてもいない。修繕をどうしようかと思っていたのだ。よかった。
カエルの方も、焦げた胸が裂けた状態でひっくり返っている。動かないし死んだなこりゃ。
それにしても機械兵士のコレをまともに喰らっていたら、今頃は私がこうなっていたのであろう。あの勝利は僥倖であったのだ。
私は改めて自分のことも確認した。妙な倦怠感は無いが後からドバっと来ると怖いな。
ジャイナさん達の方は、強い光に目をやられたらしくそこから動いていなかった。
「クソッ、よく見えねえ。何が起きた?」
「ジャイナ、何か飛んで来たんだ。あんまり目を擦るなよ。カエルは……ひっくり返ってる」
ジャイナさんは視力が回復していないらしく、ナイス兄貴はカエルが動かない事を確認出来たようだ。
少し困ったことになった。彼女たちはどの道、今私が居る分岐路まで戻ってきてしまうだろう。
彼女たちの仕事ぶりを観察するついでに、人間に化けている姿を見せて反応を見ようとは思っていた。一仕事終えて落ちついた後なら大丈夫だと思ったが、これはちょっと衝撃が大きすぎるのではないだろうか。「何か起きた後で偶然に通りかかりました。自分は関係ありません」というのは流石に無理がありすぎるだろう。とか悩んでいたら見つかってしまった。
「オイ、そこに居るのは誰だ!?」
普段は目立たないヨメンがそう言って私の方を睨んでいる。こういう時になんつー勘の良い奴なのだ。言い訳ぐらいもうちょっと考えさせてほしい。
仕方がないので、彼女達との会話を試みてみることにした。
「ああー、初めまして、私は『ツライオ』という。実はちょっと……道に迷ってしまって。ところで全員怪我は無いかな?〔ゴボゴボ〕」
出来るだけ穏やかに声を出せたと思う。相変わらず足元から響く様な感じだが、低くて重い声は相手に安心感を与える効果がなかっただろうか?
全員ビクッとなったし、ジャイナさんは唇が紫色になってきたが、ちょっと脅かせ過ぎただろうか。
「ああ、その誤解しないでほしい。私はあなた方に何かするつもりは無い。本当に。街には来たばかりなんだ。でここから抜けられなくなってウロウロしていたんだが……〔ゴボゴボ〕」
彼女達は顔を見合わせたが、口を開いたのはジャイナさんだった。
「さっきのアレはアンタがやったのかい? こう言うと悪いけどさ、凄い声してんだね」
いつもの彼女と違い歯切れの悪い話し方だ。やっぱりこの声はかなり酷いようだ。
「東方から来たんだ。ケガで喉をやられてしまって。これでも『流しの魔法使い』をしている〔ゴボゴボ〕」
私は分岐路からゆっくりと出て行って予め考えていた内容は全部言ってみた。
ジャイナさん達は全員で不審者を見る目を向けてきていたが、今の説明についてはどうやら納得してくれたらしい。何となく安堵の色が顔に広がった。
「『流しの魔法使い』ね。アタシらもまだ運に見放されてないようだ。一応礼は言っておくよ。アンタが居なかったら、このカエルに何人か殺られるところだったよ」
顔のすぐ下に大きい穴を開けて、既に動かなくなったカエルを見ながらジャイナさんはそんなことを言った。
とにかく今の私の姿は、それなりにちゃんと人間に見えているらしい。これなら地上に出て協力者を探すことも出来そうだぞ。
「とにかくこの件は役所に報告しねえとな。ツライオさんだったか。アンタ来たばっかりで迷ったらしいけど、上に開いてる『穴』からここに降りてきちまったって感じだ。それでどうしたい?」
ナイス兄貴がそんなことを聞いてくる。
実のところ、こちらとしてはそこに転がっている『虹色何とか何とかガエル』の遺体を消化したい。だがこの状況では、彼女たちの報告とやらに私は付き合わないといけないのではないだろうか。困った。
オマケ。単位いろいろ。
ムリー≒t
オット≒kg
カル≒g
ドヤー≒℃
ザイト≒2時間
ジョロ≒2分間
ドーメン≒㎝
アーム≒m
ザトー≒㎞




