第20話 ジャイナさん達を追跡する
人間に化ける為の衣装を全身に纏った後で、もう一回だけ金属鏡で状態を確認してみることにした。特に問題はない……様に見えるな。一応はちゃんと人間に見える。警戒心は抱かれるだろうとしても人間だ。
ツルツルの頭部はフードを目深に被り、目は常に糸の様に細めて開けなければ大丈夫であるように思われた。
金属質のロングコートや同じく金属質の手袋に関しては、私が『流しの魔法使い』であるということで何とか言い逃れが出来るであろう。
一般に『魔法使い』というのは、学院を卒業し不思議で強力な術を行使する者だと思われている。
しかし商人や、私の前世の様な内政担当者からすると『魔法使い』というのは『特殊生産技術職』に分類される者たちなのだ。彼らはその知識と異能でもって、普通では作れない製品を作る者たちなのである。
成人してから才能に目覚める者も若干ではあるが存在し、そうした者たちは正規の教育を受けずして『流しの傭兵』や『流しの魔法使い』として生計を立てることがある。
今回の私はそんな立場の人間として、出会う相手に自己紹介すれば何とかなるだろうと思われた。
名前はクーネルと名乗るわけにはいかないので、前世に貴族であった時の『ツライオ』でいいだろう。『ツライオ・メンドクセーナ』というのが私の以前の名前だった。
近くにある役所の縦穴から、人が降りてこないか用心しながら住処からコッソリと抜け出した。室内の魔法の照明は、消し方が分からないので自作の袋をかぶせて光が漏れない様にしておく。今回は蛇革の背負い袋に包帯用の布と水筒と肉切りナイフだけ詰めて持ってきた。ランタンは点灯しないで持っているだけだ。
住処から出たら、大きく広い通路の照明の届かない分岐路に待機して、さらに人が来ないかどうか一旦待ってみたら丁度誰かが降りてきた。危ない。
降りてきたのは、尻がけしからん勢いでおなじみのジャイナさんのチームだ。
危険生物を駆除するのは、もちろんジャイナさん達だけではないが、彼女たちは何故かこの縦穴によくやってくる。
今回も清掃担当のオッサンが、何か目撃して逃げて来てから『都市設備管理機構』の窓口に報告したってところだろう。そうなるとジャイナさんの様な狩人が降りてきて、目撃地周辺の区画を捜査し必要なら掃討するというわけだ。
私は今回、このジャイナさんのチームにコッソリと付いていくことに決めた。もし彼女たちに見つかっても誤魔化せるのであれば、この格好で地上の都市へ出て行っても何とかなるという気がする。見送りの者は地上へと姿を消した。こちらはジャイナさん達が角を曲がるまで分岐路で待機だ。
ジャイナさん達はしばらくは照明のある広い通路を進んでいたが、途中から灯りの無い分岐路へ折れた。ランタンの灯りが2つ、彼女達の影を通路に投げ掛ける。
私は割と余裕を持って後ろをついて歩いているが、当然ながら油断もしないようにジャイナさんの尻……から背中の周囲に対する視線を外さない様にしていた。ブーツの底に後から追加したプニプニの革が良い仕事をしている。静音性高いな。
捜査範囲は意外と広く、500アーム(≒m)ほどの範囲をカバーしている様に見えた。
この辺は比較的に水がキレイだが、生活排水や生ゴミの目立つ区画と隣接している。そういった場所では、ネズミやミミズ・イモムシ・私に近い粘液質の『ゴミ喰い』が群れをなしてゴミの分解に勤しんでいる。最終的に排出される土は所々に山になっているが、良い肥料になるために定期的に地上に運ばれて行く。
これらの生物は生ゴミやガラクタの分解に貢献してくれているし、狂暴性を発揮することも滅多に無いために基本は放置されている。
問題になるのは異常個体と、分解者を捕食するタイプの生物になる。彼らは積極的に地下にいる人間も襲うからだ。
その分岐路から出ると照明のある新たな通路に出た。ここは幅10アーム(≒m)と広い。
「いたよ。皆準備しな」
「陸ザメか……3匹」
ジャイナさんがそう囁くように告げると、他の3人もランタンを仕舞い武器を抜いて身構えた。足が少しガクガクしているが、ここではこれが普通の反応だ。
この地下では荒事に慣れていても、何故か最初に身を襲う尿意と無縁になれない。設備が人間に及ぼす謎の力が存在することは、関係者にもよく知られているらしいのだが、どういう仕組みのどんな力なのかは今日に至るまで解明されていないようなのだ。学院仕事しろと言いたい。
そんなわけなので、醜悪かつ暴力的な造形の相手と向かい合うと、大抵の場合は男女ともに下からも出ちゃうことになる。
ジャイナさんの場合はこれの勢いが非常に小さく「漏れ」と呼ばれ「流水の」とか「黄色い滝の」などと捻りが無いのはこの為だ。彼女はこの『恐怖心』にある程度は抵抗出来る胆力を有し、その為に精神的に壊れていくことも無い珍しい女性でもある。
狩人チームはちょっと湿っぽくなりながら、その『陸ザメ』に向かって静かに素早く前進した。
海の生き物は、生憎と本でしか見たことがない。
前方にいるそれは全長4アーム(≒m)はあり、ツルっとした流線型の体の前方にギザギザの歯がこれでもかと並んだ口を有する魚だ。三角のヒレが鋭角的な印象を与える。そいつらは、目蓋の無い2つの目をジャイナさん達に向けるやスルスルと前進した。
「イィィヤァァァ! 来るなぁ! 死ねえぇぇぇい」
殺しに行きながらも近寄りたくないという精神の葛藤から、どっちなんだかよく分からない気合いと共に重量のある武器が振り下ろされた。
地下ではガクブルでビチョビチョであろうとも、不思議なことに体は地上に居る時よりも速く動いてグロ死体を生産する。人間の持つ力の方も上がっているらしいのだ。
ドチャッというこれまた水っぽい音と共に、ジャイナさんの両手斧が陸サメの顔面を半分にした。
隣でもう一匹が頭部をひき肉に変えて静かになる。こっちはメイスの一撃だ。股間に丸い染みのあるナイス兄貴〔名前だよ〕の仕事だな。
最後の一匹は健闘していた。こいつらは陸でも水中でも生きていける。エラがあるのだ。そして驚くべきことに、トカゲの様な脚も4本持っていて床の上をこれで走れる。
這いつくばった様なその状態で、その最後のサメは体高1アームほどの体を細かく動かして、武器を躱しながら油断無くスキを伺っているように見えた。
実は私は先程から嫌な予感がしている。
ジャイナさん達は気がついていない可能性があるが、少し先の分岐路の暗がりからこちらに注目している何かが居るようなのだ。そいつは動いてはいないようだが、明らかに敵意と食欲の様なものをこちらに向けており、しかもそれなりに大きい体をしていると思われる。『何とか何とかヘビ』や『何とか何とかグモ』に近い感じがあるのだ。
これは……モレーナさん案件の予感!




