第19話 人に化けてみる
魔法が使える様になったことは衝撃的な事件ではあるが、そもそも滅多に使う力でもないために私はこれを極力気にしないことにした。
魔法が秘儀であり、一般の者達からほとんど隠されている理由について、私はようやくちゃんと理解出来たように思う。
これについては、使えることも含めて秘密にしておくべきであろう。
次に私は、自らの目標である「自分の為の幸せな生活を送る」の方を先に進めることにした。
とても完璧とは言えないが大まかな事は色々と考えた。
私は前世にて好きだった事を今の身分で思いっきりやってみたいのだ。
前世は『秘密の書棚』に隠していた恋愛官能小説であるが、今度はガッツリ稼いで暇に飽かせてアレを読みまくるのだ。
帝都で年に一度だけ開かれるという即売会にだって行ってみたい。
ここは、かなり近代的な都市であるから、その手の書籍も含めた『本』の販売店はあるだろうと思われる。ひょっとすると作家先生が住んでいる可能性だってある。
だがそれには先立つ物が必要だ。すなわち金ということになる。本は割と高価だ。小説の様な本でも銀貨10枚くらいはする。学術的な物ならとんでもなく高いことも珍しくない。
幸いにして衣食住にそこまで金を必要としない身の上ではある。
しかし仮に書籍を購入出来たとしても、今度はそれらの保管場所が必要になってくるだろう。
織物を購入してくれて、ついでに大きい本棚の置ける住居の紹介なんかもしてくれる人物と良い関係を築く必要がある。この都市ならば、儲けの為に相手が何者だろうと気にしない様な人物もいるかもしれない。
〔※平時の正規兵の月の給与は金貨2枚です。4人家族がこれで暮らせます。金貨2枚は銀貨200枚になります。銀貨10枚ですと感覚的には小説1冊が1万円ぐらいだとお考え下さい〕
人に合うというのは意外と敷居が高い。まずこちらがこのスライムの姿で出ていって話しかけた場合、地上であったとしてもナカダゴールの連中の様に漏らす可能性がある。
〔※ネトネトの生き物を『スライム』と呼んだのは帝国の始祖『閃光帝ドマイケル』陛下です。彼は他の世界から連れてこられた男でした。元は犯罪者であったとか〕
そこで誤魔化す方向で考えた。
前世で読んだ『ネテミーナ・ワカランテ』先生による恋愛官能小説『肉と鎧』では、主人公の女性騎士の相手役は翼のある人外だった。彼は鼻面の長い爬虫類顔に厚いウロコまみれだったが、頑張って人間に化けていたように記憶している。
これだ、これですよ! ネテミーナ先生、いつか必ず作品を全部買います。
私はコートと手袋とブーツは作ったが、体がきちんと隠されていないのでここからさらに衣装を作るべきだろう。
外出着に良いかなという布を取り込んで、シャツとズボンの上下から作ってみることにしよう。
織物が普通の白なのがちょっとな。真っ白なのは汚れも目立つしこちらの姿も目立つ。
その時、唐突に私の脳内に「茶色なら出せる」というような言葉が浮かんだ。そう感じただけで、実際には違うのかもしれないが上手く説明が出来ない。しかし茶色なら何とかなりそうだな。濃い茶色で上下を作ってみることを試してみよう。
例の『星占い機械兵士』の金属を使ってツルツルの鏡を作っておいたので、それを見ながらまずは人間の体型を作って確認する。半分凍った修繕担当者を消化したおかげで、形状だけならほとんど人間と呼んでも良い姿になることが可能になった。
自作の布を取り込んで、この身長2アーム(≒m)ぐらいの男が着る様な大きめの服を想像してみる。体内ではジャジャジャジャジャと色々と回転したり広げたりする感覚があり、またも体の下の方からシューッと完成品が出てきた。
よし、ちょっと暖かい以外は濡れてもいないし、布が3枚重ねになっているらしく重いが着やすいのではないかと思う。
余った布は体内から出しておく。また何かに使えるだろう。
余談だが今は冬の季節らしく、春の直前辺りの時期なのだが、地上では寒い日がたまにやってくるという話を聞いた。
女性たちが凄い格好で過ごしているが、アレは鋼の職業意識の成せる業なのか、はたまた着るものに対する信念の成すところなのかもしれない。
それは置いておくとして、続いて人皮マスクと皮膚を模した手袋が必要だ。
殺人鬼のハンポロ氏がしていた『多分だけど人間の皮製マスク』であるが、これは分類としては『肉仮面』と帝国で呼ばれている物に相当する。
酷い怪我を負ってしまった場合、もちろん治す薬はあるし、神殿では奇跡の治癒術がこれを何とかしてしまう。
だが戦場にて満足な治療が受けられずに長い時間が過ぎたり、特殊な方法で負わされた傷、経済的な理由で治療が受けられない場合は、この酷い怪我の痕がずっと顔に残ることになる。『肉仮面』は主にこれを隠す為に使用されるのだ。
今回は丁寧に鞣されたこの皮マスクをもっと自然な感じに作り直してみようと思う。
大きさの把握は出来ているので、皮マスクを取り込んで、更には伸縮性の高い布を混ぜて使ってみることにした。
茶色系統がいけるので、日に焼けた感じを強調しつつ皮膚に見える様に念じてみる。
やがて体の下の方からシューッと出てきたのは一組の手袋と『肉仮面』だ。
両方とも出来が良すぎて気持ちが悪い代物だった。先ほど人間から剥がしてきたばかりのような質感になっている。
難点があるとすれば、手袋の爪の造形が甘い部分と『肉仮面』には毛が1本も無いということだろうか。頭はツルツルだし眉毛も無いときて、更には目の部分は穴が空いているだけだから、糸の様に細い目の男を演じるしか方法が無いときた。普段からフードを被っておくしかない。
パッと見て昔の歓楽街に居た用心棒と大差ない風貌である。
だが今は贅沢を言っていられる身分ではない。これで誤魔化しが利くかどうか確認も必要だ。
私は他人からどう見られるかの確認の為に、これらを身に付けて地下道をウロウロと移動してみることにした。
最悪の場合には脱いで逃げるしかない。人間として捕まってしまったら「地上の穴からここに迷い込みました。上に戻る道を探していました。街には来たばかりです」と言って通じるかどうか試そう。
『流しの傭兵』とか『流しの魔法使い』だって多くはないが帝国内には居る。そういう身分で通すことにしようと思う。