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第18話 お嬢様は捕まえたい

注):今回はモレーナさんに焦点をあてた三人称視点のお話になります。







 モッペンユーテクレーヘンの北西部第2兵営にその報告が届けられたのは、遊撃防衛騎士団第8部隊長のモレーナが帰り支度を始めた頃のことであった。


 20万人以上の人口を有するこの大都市は、同時にこの帝国で最も古く謎のある設備を直下に抱えている。


 彼女たちは第1~第8までの部隊からなる約2400人程度の騎士団であり、基本的には戦争から治安維持まで何でもやるのだが、ここにある現役の古代地下設備に関わる案件にも対処していた。


「報告いたします。新種であると思われる危険生物に関する目撃情報が、南東部第1兵営の管轄(かんかつ)する地域から上がって来ました」


 モレーナにそう告げるのは、遊撃防衛騎士団第8部隊所属の騎士である『ソフティ』である。モレーナと同じく女性であり、去年の末に士官学校を卒業しここへの就職を希望した変わり種だ。

 彼女は今年17歳になる予定であり、モレーナの2年下なのであるが早期卒業の成績優秀者にありがちな(おご)りも無く、モレーナの元で真面目に勤務する期待の新人であった。


 彼女は『決壊(けっかい)のソフティ』の異名を持ち『帝国紳士同盟』が政治的保護体制を短期間で構築した女性であることも付け加えておくべきだろう。


「次から次へとキリがないな。それにしても今年は多い。書類をくれ」


 モレーナはやや気だるい雰囲気で手を差し出した。普段は怜悧(れいり)な青い瞳も本日に限っては疲れの方が目立った。


「ハッ、こちらです」


 明るい茶色の髪を揺らして、ソフティは手に持った書類をモレーナに渡す。


 ソフティにとってモレーナは憧れの先輩であり、目標にしている人物である。彼女も割とアブノーマルな真ん中がガッツリ割れた下着を着用していたが、さらにはスカートでは無く前垂れしか下に履いていなかった。この街には、女性の数だけ大きな声では言えないドラマがあるのだろう。


地底伯(ちていはく)クーネルだと? また大仰(おおぎょう)な。今度はどんな……これは本当なのか?」


 モレーナは報告書を読んでいる途中で、その雰囲気を明らかに変えた。内容が今までの地下生物とは明らかに違ったのである。


「はい。目撃証言だけですが10人です。11人居たらしいのですが、1人は毒で死んだと聞いています。あそこは治安の悪い地域ですが、この手の嘘をついても得はありません」


 ソフティは緑色の瞳に力を込めてモレーナに伝えた。彼女は既に聞き込みを行って来たらしい。


「対応が早いな。ナカダゴールの連中はどうだったのだ?」


 モレーナは話の先を促した。


「地底伯クーネルが人の言葉を話し、かつ恐ろしい毒を使うのは本当のようです。鑑識(かんしき)では毒の種類を特定出来ませんでした。腐食した金属片については残念ながら消えた後です。亡くなった者の葬儀の後ですが、目撃者達は全員が寝込んでおりまして演技とは思えない状態です」


 身内の者を1人消すだけであれば、ナカダゴール何でもやる会の連中はこんな下手な芝居は打たない。そしてモレーナには、こんな真似が出来るであろう存在に心当たりがあった。


「そう言えば鬼面(きめん)渦横縞(うずよこじま)黒王牙(くろおうきば)毒グモの目撃情報は絶えたのだったな?」


「はい、アレは我々の拠点である北西部に移動してきたところまでは追跡できています。ただそれ以降は被害が()みまして……」


 モレーナが突然尋ねた話は、ソフティにとっては屈辱的な話しである。ソフティとしては何としてもそのクモの怪物を討伐したいところであったのだ。


 だがソフティは、上司が何故その件に触れたのか分からなかった。


 モレーナはその件については言葉を(にご)し、それ以上のことをソフティに話さずに帰宅した。








 モレーナが住んでいるのは、北西部の第2兵営の近所であり、同時に縦穴の1つがある第2区役所の近くでもあった。第2区役所は前回ヘビの討伐本部を設営した役所である。


「ただいま、フリーネ。今日は何か変わったことはなかったかしら?」


 住宅に帰ればモレーナも良家の子女に戻るらしい。


「お帰りなさいませ、お嬢様。今日もご無事なようで何よりでございます。それと市中で妙な噂を耳にいたしました」


 娘を溺愛するモレボー卿は、他にも4人の召し使いを彼女につけていたが、モレーナの世話をするのは(もっぱ)らフリーネであった。


「噂ね……それは言葉を話す地下の怪物のことかしら?」


「ご存知なのでいらっしゃいますか? まさかもう討伐に出られるのですか?」


 フリーネは(あるじ)が討伐に出る度に、身の縮む様な想いをしていた。彼女にとってはモレーナが討伐に(おもむ)く度に、人間の範疇(はんちゅう)を超えて行くような気がして仕方がないのだ。無論令嬢(れいじょう)としての範疇はすでに超えている。


「まさか、噂で動くほど暇では無いわ! でも面白い噂ではあるわね。本当に居るのなら会ってみたいわ」


「またそういうことを!」


 フリーネとは他愛のない会話という(てい)で終わらせたが、実はモレーナは本気でその相手に会いたいと思っていたのである。


 鬼面(きめん)渦横縞(うずよこじま)黒王牙(くろおうきば)毒グモの目撃情報が絶えた時に、彼女は真っ先に『例のカレ』が怪しいと感じた。


 地下の怪物が、この広大な設備の外部へと移動することは滅多に無い。その時には地上に出てくるし、あっさり始末されるか大惨事になるかのどちらかである。


 そうなると後は寿命で死ぬか事故で亡くなるかということになるが、この場合は不思議と間を置かずに死体が見つかる。


 死体が出てこないとなると、残りの最もありそうな理由は『自分よりも強い相手に倒された』というものだけだ。モレーナは、例のカレがそれを成し遂げたのではないかと考えていた。

 おそらくだが流体のようなあの身体は、蜘蛛の(はな)粘稠性(ねんちゅうせい)の高い糸を無効化し、容易(ようい)に反撃出来る状況を作り出した可能性があった。


 そして、自らを「クーネルである」と名乗ったのは『例のカレ』ではないかと思われる。


 であれば『例のカレ』には会話を行う知性があるということになる。それは何よりもモレーナの望んだことだった。さらには話し方からも雄性体(ゆうせいたい)である可能性が高い。


 地底伯(ちていはく)クーネルは何を考えて人間の遺体を欲したのであろうか。モレーナは相手の口から直接その理由を聞きたかった。

 

 クーネルが残忍な性格ならば、ナカダゴールの者たちも皆殺しにされたはずだ。だがクーネルは毒で倒れた者の身柄のみを欲した。


 クーネルは血と闘争を好む性格とは言い(がた)い。何かの事情があるのなら自分がそれを手伝い、代わりに自身の願いを聞いてくれはしないだろうかとモレーナはそう思うのだった。








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