第11話 お嬢様は魔女になりたい②
注):今回もモレーナさんに焦点をあてた三人称視点のお話になります。
モットモーディカイ帝国では通常、初等教育が終われば次は職業訓練学校に通うか、またはそのまま働くかのどちらかになる。
〔※初等教育は10~13歳までの4年間〕
モレーナ嬢は14歳になる前に初等教育を修了したのであるが、ここでまたもや進路をどうするかで揉めた。
「モレーナ! 急に何てことを言い出すんだい。お父さんは何か言ってはいけないことを言ってしまったのかな?」
モレボー卿は大いに狼狽えていた。長女である姉エルディが魔法学院へと去った今は、この娘には普通に幸せになって欲しいとモレボー卿は思っているのだ。
「お父様! ここは豊かで開けているとは言え所詮は辺境なのです。ここは西の国境に程近い土地です。今一度、貴族の義務を思い出すべきですわ!」
モレーナ嬢(13歳)はこのまま無難な博物学や政治学などを身に付けて、どこかの嫁に行くのだけは我慢ならなかった。
「だからと言って、何も士官学校に行かなくても良いのではないかね?」
「いいえ、私は辺境に生きる者の矜持を再度この胸に刻み付け、その上でどうするか決めたいのです!」
モレーナ嬢(13歳)は「結婚する」とは一言も言っていない。彼女のセリフを要約すれば「士官学校に行きたいから許可を出せ」以外の何ものでもなかった。
そしてもちろん、娘に甘い父親は再度折れたのである。
モレーナ嬢はもう既に4年も時間を稼ぐことに成功している。これでさらに4年を稼いだことになる。自分の野心の為に。
彼女にとって『暗黒♡魔女入門(初級)』の3つ目の課題は初等部では難しいものだった。
「この『権威の象徴を罵倒すべし。長い歴史を誇る物であれば尚良し』というのは難問だわ。ここに居ては無事に解決しないと思うの。それに4つ目は『出来れば複数の男子を実りの無い恋愛に耽溺させるべし』なのよ!」
「お嬢様……何だかどんどん『魔女』ではなく『悪女』のような内容になってますが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫! こういう物のリターンは後からドバっと来るものなのよ。それに目標があるって良いことだわ!」
フリーネ(15歳)は不安そうにしている。
彼女の主は『魔女』になることが夢であるようなのだ。それが土俗的な妖術師の方であるとしても、きっとフリーネの仕えるお嬢様は意見を変えないであろうと思われた。
それにしても、この書物の内容は、それはもう猛烈に胡散臭い代物だった。
そしてそういった話と士官学校は、フリーネの頭の中ではすれ違うことすらしなかった。
「きっとすごい柄の悪い場所に違いないわ。私の悪徳が目立たないほどに!」
「お嬢様! 一応は悪いことだって分かってらしたんですね?」
「もちろんよ! たとえ汚濁にまみれようとも、必ずや姉に……エルディにガツンとやってやるわ」
「目的が変わってませんか!?」
メイド的には、主の目的に心当たりが全く無かった。それは兎も角として、こうしてモレーナ嬢は生まれて初めて生家を出ることになったのである。
モレーナ嬢の士官学校での振る舞いと言えば、男の様に活発にして悪友が窘める様な物だった。
悪友は4人もいて全員が男である。
彼らは、建国より存在する『要塞』の外壁に酔った勢いで落書きをやり、聖母寺院(建立900年)の尼僧をからかうなど、教官からこっぴどく叱られることを尽くやった。
悪友達はと言えばそれでも男であり、モレーナ嬢は美貌を増してきた良家のお嬢様なのである。
「何だよ、それじゃ飲み比べに勝ったら裸で乗ってやるぜ!」
と宣うモレーナ嬢を全員が叱り飛ばし、最後には全員から泣かれてしまうという微笑ましい一幕が随所にあるような、そんな4年間であった。
悪友4人に関しては、荒いところも有るものの昔堅気の好漢めいた部分もあり、全員がバカに付き合ってくれる美少女に惚れぬいていた。
彼らは彼らなりの紳士協定を作っていて、結局のところは誰一人として他を出し抜く様な真似はしなかった。
卒業式の晩、そんな話を聞かされたモレーナ嬢は泣きながら全員に向かって「じゃあ脱ぐ」とかやり始めたので、全員から怒られてまたもや泣かれてしまったのだった。
「フリーネ、私悪い女だわ……3つ目は良いとして、4つ目の課題をクリアしてしまったわ……」
フリーネ(19歳)は本当に驚いた。
「お嬢様! あれ憶えていらしたんですか?」
「ええ……私もいよいよ女として汚れてきたようね。このまま最後の2つを終わらせるわ!」
以前と比べれば『魔性の女』寄りになったモレーナ嬢(17歳)は、士官学校を卒業すると生まれ故郷に帰った。
ちなみに悪友の4人のその後であるが、それぞれが女性と付き合うなどして人生を謳歌しているようである。
実は彼らも割と良家の出身で、南北に別れて国境を護る役職に就いた。
彼ら4人には死ぬまで守ると誓った約束がある。西側の国境が危なくなったら『全てをなげうってでも駆け付けること』という内容であった。
モレーナ嬢はもちろん知らないことである。




