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第1話 3度目は斜め上だった


注):作品内の単語は、この世界に住む皆様に分かりやすく翻訳されたモノだとお考え下さい。したがって聞きなれた単位や単語が頻出しますがよろしくお願いいたします。








 最初の人生は平和に始まり、そして呆気ないぐらいに静かで(みじ)めに終わった。己の役割から逃げなかったと言えるのがせめてもだ。


 私はごく普通の貴族が治める荘園に生まれ、農家の次男坊として畑仕事に明け暮れた。

 もちろん後取り息子ではなかったので、嫁さんは来ないし補助労働力として奴隷の様に働いた。

 そして嫌がる兄の嫁さんの代わりに両親の世話をして2人を看取った後で、流行り病にかかって呆気なく死んだ。享年40歳だった。


 2度めの人生も波乱万丈とは言えないが、幸せや華々しさとは無縁に終わった。誠実に生きたと言えるのがせめてもだ。


 私は今度は地方領主の家に次男坊として生まれた。また次男だ。

 もちろん後取り息子ではなかったので継げる領地は無いし、縁談だってもちろん無かった。

 そして面倒くさがる兄の代わりに父の内政を補佐しこれまた奴隷の様に働いた。


 最後は戦場で兄を(かば)って太矢(クォレル)が鎧の胸を貫通し、戦の行く末を見ぬままに息絶えた。享年28歳だった。









「神よ。何と言うかどうにかなりませんか? 人として生まれようとも、これではあんまりです。それも今思い出したんですが……」


『それなりに限られた中で良い生き方をしてると思うがな。次男が不味いのであろうか? それにしてもとことん己の幸せと縁の無い人生よな』


 2度目の人生が終わった段階で、私は神のみもとに送られ2度目の愚痴を聞いて貰っている最中である。

 目の前におわす神に「本当に良いんですか」って聞いたところ全員に行っているから気にするなとのこと。


「そうですね! 貴族の次男坊の時にちゃんと遊んでおくべきでしたね! と言うか前回そう言って貴族にしていただいたのを()思い出しましたよ!」


『家庭教師が厳格な人であったからな。良い教育であると思うぞ。しかし厳しい先生じゃないと()()()()性癖になってしまっておったな。趣味は悪くないぞ』


「サラッと言わないで下さい。年上で厳しい女性にときめいてしまうのは反省してます。1回目の人生では普通でした」


『案ずるな。私は同性愛から歳の差結婚まで守備範囲が広い。法的問題や遺伝的な疾患がクリア出来ればもう何でも良いぞ。私は罪に問わない。それを行うのは人間ではないかね?』


「それは地上の聖職者たちに聞かせてやって下さい。もう私は人として生きることに自信がありません。ウンザリしているのです。もうどうしたら良いのか……」


 私としては、もう人として生きることにウンザリしていた。ここで神に(つか)えて暮らせないだろうか?


『ここで私に仕えるとな、漏れなく終わり無い奴隷の様な労働が待っておる。お主もそれは嫌であろう?』


 ここでも奴隷募集中なのか! それは流石に不味いので別の人生を選ぶしかないらしい。

 そう言えば周囲で働いているのは、どう見ても危険な雰囲気の人間だ。生者では無いが、別の意味で目が死んでる。ここは天界らしいが、同時に地獄でもあるのだ!


『不安にならずとも良い。今回はちょっと多めに盛ってやるぞ。大盛でも良いかも……いっそ()()()()()特盛にしておこう。希望を言うが良い』


「でしたら……風! 風か雲でお願いします」


『残念。精霊枠は人気が高くてな、空きが出るまであと1000年くらいかかりそうだ。それまであいつらと一緒に労働して待つか?』


 後方で書類に埋もれた亡者の目に、一瞬だが生気が宿ったのを私は見過ごさなかった。危ない!


「いえ、それだけはご勘弁下さい。でしたら……まずは親類に縛られない生を送りたいです」


『分かった。親類に縛られないだな』


「それから、色々な才能が……能力が欲しいのです。容姿は贅沢は申しませんが、生きて行くのに楽できる能力があれば何も申しません」


『様々な能力だな? 最初は1個で良いか?』


「もちろんでございます。最初は……布を織る才能が良いです!」


『布じゃな。良いだろう。他には無いのか? この際であるからもっと贅沢に願うてもかまわんぞ。生きるのはお主なのだ』


「では……病気でも剣でも矢でも死なぬ運命でお願いします。自分の為だけに自分の力を使って、それから出来れば良い女性と出会って幸せに暮らせると良いですね……」


『大きく出たな。だが不可能では無い。良いだろう。病気でも剣でも矢でも死なず、己の幸せのために生きて、女性に縁のある運命だな。他には無いのか?』


「これ以上は申しません。よろしくお願いいたします」


『今まで楽しさとは無縁の人生であったからな。私からオマケも付けてやろう。食うには困らぬから安心せよ。では後悔の無い生き方をするが良い。お主の望みは全て叶えられるであろう。人として生きるのはウンザリっていうのもあったな……』


 こうして私は、3度目の生を開始するべく地上に送られたのだ。

 もうちょっとよく考えて、細かいところまで全部、余すところ無くきちんと神に申し述べるべきであったが、私の3度目は人生では無かった。人として生きるわけではなかったのだ。








 神はある意味において慈悲深い。


 まず今回の私は記憶を失っていなかった。つまり前2回の人生と、神に何を願ったのか忘れていなかった。


 だが同時に神は試練を課すことがある。


 私が目覚めたのは、どこか暗く湿った場所で少しだけ冷たかった。ただし凍える様な寒さが無いのはありがたい。それにしても灯りが無いのは不便でしょうがないな。


 それに自分の声が出ないことに今気がついたぞ。ひょっとして赤子だからであろうかと思ったが、何か息もしてないし自分はそれなりに大きいかもしれない。目の前を触ると石積の壁がある。石の幅がどれだけか正確には不明だが、石の幅4個分と同じ大きさの体であるように思う。結構でかいかもしれない。


 それと自分の腕と脚がどうやら無いらしい。暗くてハッキリと見えないが、這いずったり、体の一部を伸ばして何かに触ったり掴んだり出来るな……うん! 人間じゃないな!


「何でだウェェェェェェイ!!!」


 と叫んだつもりだったが、実際には何か「ブウゥゥゥゥゥン」とでも言うような振動が全身から放射されたらしい。少しだけ遠くで、驚いたネズミらしき小動物がキーキー鳴きながらあわてふためく有り様が知覚出来た。反響定位〔音の反射から対象の位置や様子を知覚する方法〕がどうやら使える体であるようだ。


 28歳であえなく死んだ2回目の人生において私はそれなりの教育を受け、おかげで地上の聖職者が神の教えをどう説といているか知っている。


 それに私は天界にあって、神の傍らで罰を受けるその者達を見ている。


 今の生に不満を抱き、これを自殺などで強引に終わらせることは、罪人の列に加わりいつ終わるとも知れぬ奴隷労働に従事する結果しかもたらさない。


 もうどうしようかと思ったが、しょげ返っていても仕方がない。そんな感じでズルズルと移動を開始することにした。








 神は少なくとも、私の出した希望はほとんどかなえてくれていた。それに気がつくまで10日間ほどかかった。


 先程のネズミが、パニックの所為なのかこちらに襲いかかって来たので、迎撃〔と言うか捕食〕したところから最初にいくつか判明した。


 私の体は噛みつきや引っ掻きによるダメージを受けない。傷口は一瞬開いても瞬時に塞がり、もちろん化膿などもしないらしい。病気にもならないらしく気分も悪くならない〔通常ネズミに襲われると1日以内に体に変調をきたすのが普通なのだ〕。

 つまり私は剣でも矢でも死ぬことが無く、病気にもならない体であるらしい。そしてネズミでもそのまま食えるために食事に困らない。


 さらにネズミを食うと〔体内に取り込んで消化する形式の食事だった〕体の動きが素早くなってきた。ついでに「チュー」とか「キー」という鳴き声まで出せる様になったのだ。すごい!


 ここから言えることは、私は食べた対象の能力の一部を自分の物に出来るということである。色々な能力を後天的に得ることが出来るというわけだ。


 そして私は得体の知れない生物であり、親類に縛られない生活を送ることが出来る。というよりは誰にも頼られない代わりに誰も頼ることは出来ない。


 自分がどういう姿をしているのか判明したのは、ほの暗い灯りが(とも)る通路に出たところであった。


 ここは石積(いしづみ)の壁と床で造られた通路が続く、噂に名高い迷宮(ダンジョン)の様な場所だ。実際に以前の人生では行ったことが無いので迷宮について詳しいことは分からない。

 真ん中は水路になっていて、汚いゴミの混じった水や逆にきれいな水が流れている。

 2回目の貴族人生では、割と豊富に生活インフラなどの知識は得られた。おそらくここはどこかの都市の下水道であり、面積や長さ共にかなり巨大な場所であるはずだ。ゴミの種類と分量が莫大なことからそれはうかがえた。


 話を元に戻そう。自分の姿のことだった。こうして日記風にでも考え事をしていないと、私は原始の時代の下等生物のようになってしまいそうで恐ろしい。


 光源不明の灯りに照らされた水路に映ったのは、スライム状の粘塊に包まれた球状組織と、そこから伸びてスライム質の体内を走る紐状組織からなる生物だった。現実逃避はすまい。これが私だ。こちらの方が現実逃避的な造形なのはアレなのだが。


 容姿について贅沢は言いませんなどと言うのではなかった。ちゃんと言っとくんだった。ついでに、人として生きるのもウンザリしましたなんて余計な事も言わなければ良かった。


 この手の粘塊生物を『スライム』と呼んだのは、貴族であった前世において仕えた帝国の初代皇帝陛下であった。言い伝えによると閃光帝(せんこうてい)ドマイケル陛下は、異世界からこちらにいらした御方(おかた)であったらしい。


 ちなみに布作成の能力であるが、これもちゃんとある。念じると『たんぱく質』〔※〕の繊維がより集まり、それが糸になって()()()、最後は布になって体の下の方からジャジャジャジャジャっと出てくるのである。ただしすごい勢いで腹が減る。


〔※この世界では、動物や虫の肉体を構成する物質のことを『たんぱく質』に相当する言葉で呼んでいるとお考えください〕


 絹みたいな光沢の、割と上等な布が出来たりする。他にも綿のような布が出来ないか、ただいま能力開発中である。


 それはそれで良いんだ。そこは良しとしよう。もうやり直しが利かないっぽいし。


 しかし、布なら高く売れるし安定しているだろうと思ったのに、誰がこんなネットリした者から買ってくれるというのか。


 かつて読んでいた人外恋愛官能小説の様なことだって、普通に考えたら絶対に無理であるしどうしようか……。


 神よ(涙)!








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