笑顔の効能
高校を中退したのはクラスメイトからの馬鹿にされたような態度に耐えられなかったからだ。
いじめ、だったのだろうか?
そこらへんをはっきりさせるほど、彼らに対して思考能力を使いたくなかったので、さっさと退学した。
高卒認定試験はあっさりと合格してしまい、これからどうするか大学受験まで考える時間はたっぷりあった。
親からバイトして金を貯めておけと言われ、ほかにやりたい事もなかったのでしぶしぶコンビニのバイトを始めたばかりだ。
店長はいちいち小うるさいが、仕事内容はすぐに覚えられた。
目下の目標は愛想をよくすることと、小さなミスを減らすこと。
愛想は苦労しそうだが、小さなミスは落ち着いてやれば大丈夫そうだった。
休日でない限り、あまり混雑しないコンビニだったので体力的にも余裕がある。
順調と言えば順調だ。
空調の効いた店内で繰り返される音楽とアナウンス。
常連の客やそうでない客。
当たり障りのない同じバイトの人たち。
自分の人生のハイライトって退学した所だったのかもしれない。
そんなことをここ最近毎日ぼんやりと思っていたら、視界に馴染みのあるキャラクターが飛び込んできた。
それは大好きなゲームの主人公だった。
商品をレジに持ってきた女性のTシャツの胸元に刺繍されていた。
激しく動揺しながらもバーコードを読ませて商品の値段を告げる。
「あ、あの!そのゲーム僕も大好きで!」
お釣りを渡す時、勝手に口が喋っていた。
「え?あ?あ!はい」
女性が困惑しながらもすぐにTシャツのキャラクターのことだと気づいて、嬉しそうに笑った。
その笑顔に弾みがついたように僕は言葉を続ける。
「初代バージョンが一番好きで!その後のシリーズもなかなか良かったですよね!」
「あ、私、初代しかやったことなくて……」
女性の恥ずかしそうな少しくやしそうな表情に胸が熱くなる。
「いや、初代が素晴らしいです!」
そこで女性の連れらしい男性が目配せをした。
「あ………ありがとうございます!またお越しくださいませ!」
しまった、と慌てて話を切る。
「あ、はい」
女性は申し訳なさそうに微笑んで去って行く。
名残惜しく思いながらも商品の補充をしに行こうと振り向くと、店長がジッと見ていた。
「すみません、無駄話してしまいました」
「ああ、うん。気をつけて。でも……」
「え?」
「やっと笑ったな」
店長が明るく言って僕の肩を軽く叩く。
熱くなった胸が、一瞬でも楽しかった高揚感が、店長に少しだけ認められたような気がしたことが、僕の頭を軽くクリアにしてゆく。
今まで抑え込んでいたものが、ぐぐっと戻って来るのがはっきりと分かった。
明日からどうしようか。
明日からどう生きようか。
またゲームにハマってもいい。
あの女性が来るのを心待ちにしてもいい。
やりたい事を探すのもいい。
バイトをもう少し頑張るのも悪くない。
どうしようかもっと、もっと考えるのもいい。