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居眠り魔女は平穏気ままに眠りたい

作者: 夜兎

 これは、一人の勇者の誕生譚──



 とある辺境の村。

 その片隅には、少々異彩を放つ家屋がある。

 

「居眠り魔女さん、おーきーてくださーい!」

「んん……」


 屋内には子連れの若い女性と、その目の前でカウンターに突っ伏するとんがり帽子の女性が居た。

 

「……はぁ。フィオナ様? 仕事しないなら村長に言いつけますよー?」


 子連れの女性に指摘され、フィオナと呼ばれたとんがり帽子の彼女は一瞬体を反応させる。

 かと思えば、(おもむろ)に右手を上げ、人差し指を立てて後方へと向けた。


 彼女の後ろ、店の奥には薬棚が並べられており、その中の一つの引き出しが無造作に開いたのだ。

 フィオナが更に指を回し、女性の方へと向けると、薬包紙に包まれた薬が宙を飛び、女性の下へと一人でに飛んでいった。


「あ、ありがとうございます。……ていうか、起きてますよね、これ」

「……うむ、おはようカナ」


 フィオナは伏せていた顔を上げ、悪びれもなく挨拶する。

 しかし、女性に視線をむけることはなく、その足元で彼女と手を繋ぐ少年に目をやった。

 少年の方もそれに気づき、背伸びしてカウンターへと顔を出す。


「おはよう、お姉ちゃん!」

「ああ、おはようハル君。また一段と大きくなったんじゃないか?」

「誤魔化さないで下さい。大きくなるわけないですよね? 昨日会ったばかりですよ」

「いや、子供というのは毎日成長しているものさ。……まあ、私としてはそのままの姿でいてくれる方が嬉しいのだが」

「フィオナ様?」

「いや、ほんの冗談だ! 子供は成長してなんぼだな、うん」


 カナの疑心に満ちた笑顔に、フィオナは冷や汗を流す。

 話題を変えるために何かないかと周囲を見渡し、とある事に気づいたフィオナが首を傾げた。


「今日は彼と一緒じゃないのか? ここに来る時はいつも一緒だっただろう」

「……旦那は仕事です。こんな辺境の村では、自分たちで身を守らなくちゃいけませんからね」

「確か警備の仕事だったな? なるほど、周囲の調査か。……彼も大変だな」


 フィオナの視線は虚空を眺め、何やら考え込んでいる。

 そんな様子にカナも気付き、首を傾げていた。


「どうかしたんですか?」

「いや……今日は少し肌がぴりぴりすると思ってな」

「乾燥肌ですか? 私の保湿剤、お貸ししますよ?」

「……調剤したのは誰だと思っているんだ。──すでに使用済みだ」

「さっすがー」


 気のないカナの返事に、フィオナはため息を漏らす。

 暇そうに室内を歩き回るハルを眺めながら、その表情に真剣みが映った。


「彼が何事も無く帰ってくることを祈るよ」

「不吉なこと言わないでくれます? 本当に怒りますよ」

「いや、そういうつもりで言った訳じゃ……すまない」


 わずかな沈黙。

 室内を歩き回っていたハルが母の下に戻ってきた頃合いで、カナが軽くため息を吐いていた。


「冗談ですよ。心配してくださってありがとうございます。……いつも祈願は欠かしていないので大丈夫です。お薬ありがとうございました。今日は帰りますね」

「ああ──いや、ちょっと待て」

「なんですか?」


 カナが足を止め振り返ると、フィオナはなにやらカウンターの下でゴソゴソとしていた。

 彼女が顔を出すと、その手元には一冊の本となにかの動物らしきぬいぐるみが持たれていたのだ。

 フィオナはカウンターを乗り出して、ハルに笑顔を向けた。


「君へのプレゼントだ、受け取って欲しい」


 二つの内、一人の男と竜が対峙しているイラストの描かれた本を渡す。


「ありがとう!」

「ありがとうございます。……えっと、この本は?」

「ああ。著者が私の友人でね。私には良さが分からなかったが、子供にはどうにも人気があるらしい。是非読み聞かせてやってくれ」

「はぁ。まあ、今度一緒に読んでみます」


 カナの返事も気にした風はなく、フィオナはもう一つのぬいぐるみの方もハルへ手渡した。


「こっちは私の手作りのお守りだ。可愛くできたと自負している」


 なんの動物かは分からないが、あまりに歪な作りのせいで不細工なものだ。

 ハルも少し不満気な様子で受け取った。


「……かわいくない」

「そ、そうか? ふむ、私としてはそれなりに自信作だったのだが、やはり縫い物というのは上手くいかないものだな」

「でもね!」

「こら、ハル⁉︎」


 母親の下を離れ、ハルはカウンターの内側へとやってきた。


「どうした?」


 フィオナは視線を合わせるようにしゃがむ。

 ハルは彼女に笑顔を向け、その頬に唇を当てたのだ。


「なっ──」

「お姉さんは美人さんだよ! ぼくが大きくなったらお嫁さんになってね!」

「────っ⁉︎」


 顔面を赤く染めるフィオナをよそに、ハルは母親の下へと帰る。

 最初は驚いていたカナだが、固まるフィオナの様子に笑いを堪えていた。


「──おいカナ! お前のとこはどういう教育をしているんだ! 私でなければ本気にしていたところだぞ! 式はいつがいい⁉︎」

「いや、結婚なんて認めませんよ⁈ 子供の言うことなんて間に受けないでください!」


 「ま、まあ? うちのハルがイケメンなのは認めますが〜」と続けて(うそぶ)くカナを、フィオナは色んな感情の混ざった表情で睨んでいた。

 赤面が治ることはなかったが、とりあえず取り繕うように一つ咳払いをする。


「私は眠いんだ、早く帰れ!」

「なんですかその言い方。引き止めたのあなたじゃないですか。……まあ、それじゃ帰りますよー」

「またね、お姉ちゃん!」


 元気よく手を振るハルに、フィオナも小さく手を振り返す。

 彼を見つめる表情は穏やかなものだったが、すぐに若干の暗さを伴った。


「お前には感謝しているよ、カナ」

「何か言いましたー?」

「いや、何でもない」


 怪訝(けげん)に眉を歪めるカナだが、すぐに振り返りその場を後にした。

 フィオナは一人、ハルにキスされた頬に手を当てていた。


「……ちょっと卑怯だよな、ハル君」


 再度赤面し、羞恥心を隠すためにうつ伏せになったフィオナは、そのまま眠りについていた。



 小さな村に警鐘(けいしょう)が鳴り響く。

 いつも穏やかな空気は、慌ただしく震えていた。


「警鐘……? もう何年も聞いてないのに、何があったの?」


 村での警鐘は避難の合図。

 最低限の資産のみを持ち、すぐに避難しなくてはならない。

 カナも、フィオナからもらったぬいぐるみで遊んでいるハルを連れ、家を出る。

 そこここから聞こえてくる避難の合図に、村人も大移動を始めていた。


 避難の誘導に数人。その内の一人の男性にカナは近づく。


「ガイさん、何があったんですか?」

「ああカナか。魔獣が現れたんだ。警備の話ではまだ距離はあるが、こちらに向かってきているというのは間違い無いらしい」

「魔獣……⁉︎」


 魔獣は普通の野生動物とは異なり、巨大な体躯(たいく)獰猛(どうもう)な性格を持つ、特別変異種の獣である。

 滅多に姿は確認されないが、過去最大級のものであれば、国位の魔法使いが数人集まってやっと討伐可能な程だ。


 その出現原因は分からず、しかし王都付近でしか確認されていない。

 故に、本来であれば、辺境の地とも呼べるこの村でその姿を確認することなどあり得ないことなのだ。


「お父さん……」

「ハル……。そうよ、あの人──カインは⁉︎ ガイさん、カインはどこ⁉︎」

「あいつも無事──とは言い難いが、生きてはいる。怪我したっていうのに、自分が時間を稼ぐといって聞かなかったんだ。俺も皆を避難させたらすぐに戻るつもりだ」

「そうですか……あの人らしいですね。──ほんと、バカなんだから」


 納得したように呟いてはいるが、カナの表情は今にも夫の下へ走り出しそうなほどに強張っていた。


 ──あの人なら大丈夫だと思うけど……魔獣が相手じゃまだ命があるかどうかも……。


「カナ。俺は誘導に戻るが、くれぐれも無茶はしてくれるなよ。あいつが一番守りたいのは誰か分かるだろ?」

「……はい」


 納得はいかないが、理解はしている。そんな様子で、カナは村人が避難する方へと体を向ける。

 

「お父さん……!」


 しかし、二人の意思に反して、ハルが反対方向──魔獣が来ると言われている方角へと走り出していたのだ。


「! ──ハル⁉︎ 待ちなさい‼︎」

「なっ──待て、ハル君!」


 制止虚しく、ハルは幼い体に似合わないほどの走力で走っていく。

 

「もう! あの人に似すぎなんだから、ハルは!」

「ハル君は私が──」

「ガイさん、手伝ってください!」


 ハルを追いかけるカナを追おうとしたガイだったが、他の家族に呼び止められてしまう。

 悔しそうにはするが、カナにだけ肩入れするわけにもいかない。


「カナ! ハル君を捕まえたらすぐに避難しろ! カインの望みを忘れるなよ⁉︎」

「分かってます!」


 村の喧騒は増すばかりである。



「たくっ、本当に化け物だな、魔獣ってやつはよ!」


 村の入り口。大移動のために今は静寂に包まれている。

 そんな入り口の門に、背を預けて腰掛ける男がいた。

 息は荒く、全身に傷痕を負っているが、その表情からは疲労の様子を見せない。

 しかし、本来あるべき左腕は存在せず、まともな治療もできなかったのか、雑な止血が施されているだけだ。

 満身創痍(まんしんそうい)であることは誰の目にも明らかと言っていい。


「……あいつらはうまく逃げてくれたか?」


 家族のことを想い、表情が曇る。

 しかし、遠くに敵対生物の姿を捉え、顔を引き締めた。


「もう少し休ませてくれよな……はぁ、たく。せめて後一度でいいから、家族に会いたかったぜ」

「お父さん!」

「待ちなさいハル!」


 引き締まっていた男の顔が緩み、驚きに満たされる。

 振り返ると、最愛の妻と子が走ってきていたのだ。


「カナ、ハル⁉︎ なんでここにいるんだ!」


 前方の敵と後方の家族を交互に確認すると、焦燥からか冷や汗と、最悪の事態を想定したためか、蒼白の色合いへと変化していく。


「カイン! ごめんなさい、ハルが思った以上に速くて──って、どうしたのその腕⁉︎」

「いや、これは少しドジって……じゃなくて! ガイがお前たちを避難するように動いたはずだ。どうしてここに……!」

「お父さん、一緒に逃げよ!」


 今にも泣きそうなハルの顔にカインがたじろぐ。

 しかし、少しずつ近づいてくる魔獣を一瞥(いちべつ)し、首を横に振る。


「だめだ。お前たちはすぐに避難しろ! 俺が足止めする!」


 自分の名前を呼ぶ家族の声を背に、見た目からは想像もできないほどの強い表情で魔獣を睨みつけた。

 しかし、魔獣の姿はすでにそこまできているのだ。


 虎。一言で表すならそうなるだろう。

 しかし、その大きさは標準のそれよりも数倍はあり、爪や牙の鋭さは比にならない。

 なによりも、獰猛に標的を見据えるその目に白目は無く、踏み込む地面には必ず地割れを起こしている。


「くそっ。まともな足止めすらできるか怪しいな。少しくらい役に立ってくれよ、俺の体よぉ!」


 カインの自己鼓舞の声に応えるかのように、魔獣が雄叫びを上げた。

 その声量は村全体まで響くかと思われるほどで、当然目の前で受けている三人は鼓膜を破かれるような衝撃を受けている。

 反射的に耳を押さえて一瞬、目の前の相手から目を背けてしまう。


 ──刹那(せつな)、その動作を仕向けたかのように、魔獣はカインの上方から巨大な鉤爪を叩きつけてきたのである!


「──っ⁉︎」

「ダメ‼︎」


 魔獣の攻撃を防ごうと上段に構えるカインの(ふところ)から、魔獣めがけてハルが走り出す。

 両親は驚くが、その突然の行動に面食らい反応できなかった。


 しかし、魔獣は目障りと言わんばかりに小さく唸ると、器用にもカインに向けていた爪をハルの方へと方向転換させたのだ。


「「ハル⁉︎」」


 両親の悲痛の叫びが(とどろ)き、直後──鈍重な音と共に周囲には大量の砂煙が舞い、全員の視界を奪っていた。


「ハルはどうなった! 無事なのか⁉︎」

「分からない! でもこんなの……」


 カインの空元気混じりの大声も、カナの今にも途切れそうな小さな声も、ハルには届かない。


 魔獣とハルの接触した空間。

 砂煙に覆われた周囲の中、その空間だけが切り取られたかのように見通しが良くなっていた。

 

「……うぅ」


 今にも号泣しそうな程に顔をぐちゃぐちゃにしたハルの前、一メートル程の間を空けて、魔獣の爪が虚空で止まっていた。

 

 ──魔獣が寸止めしたわけではない。その爪の付け根には、今もなお力んでいる証として、ハルよりも太い血管が浮かび上がっているのだ。

 その状況に苛立つように低く唸り声を上げていた。


「──まったく、人の眠りを(さえぎ)るだけならいざ知らず、この天使に手をあげようなどとは、万死では足りんぞ? ケダモノ」

「お姉……ちゃん?」


 砂煙の中、虚空にとどまる魔獣の爪に手を置くフィオナの姿があった。


「ハル君、怖かっただろう? すまなかった。村の中の出来事ならば、もっと早くに駆けつけるべきだった」


 フィオナはハルに優しく微笑みかけ、すぐに魔獣を鋭く睨みつける。


「さて、未来の私の旦那様に手を上げた以上、貴様に生きる未来はないのだが──せめてもの情けとして一瞬で(ほふ)らせてもらうとしよう」


 未だに唸る魔獣の爪に触れているその細やかな指をまっすぐと下に引く。爪の先まで引き切ると、フィオナはニヤリと口角を上げた。

 

「さようならだ、哀れな小さき獣よ。──彼我(ひが)偏雷(へんらい)


 誰も動かず、魔獣の唸り声だけが響く砂煙の中、周囲の空気が乾燥する。

 空気の変化にも特別反応を示さないフィオナだったが、「あ、そうだ」と振り返り、唖然と立ち尽くしているハルの視線に合わせて姿勢を低くした。


「ハル君。これは君とお姉さんの二人だけの秘密だ。君のお母さんも含めて、他の誰にも言わないで欲しい」


 人差し指を唇に当て、ウィンクをして見せる。

 直後、青白い光が周囲を覆っていた。

 ハルやフィオナも、砂煙やハルの両親、魔獣までも含めて光が飲み込む。

 ──耳を(つんざ)轟音(ごうおん)がその場の全員を襲ったのだ。


 悲鳴を上げたところで聞こえないほどの轟音の中、周囲は一瞬青い炎に包まれ──すぐに晴れ渡っていた。


 砂煙すら消え去った村の入り口、()()が恐る恐る目を開くと、何事もなかったかのように静かな村が視界に映った。

 魔獣の姿も、フィオナの姿もそこにはなかったのだ。ただ一つ、ほとんど正常な地面に大きな焦げ跡のみを残していただけである。


「ハル……? ハル!」

「何が起こったんだ……?」


 カナはハルの姿に安心と歓喜に満ちた声を上げながら抱きつく。

 カインもはしゃぎたい気持ちはあったが、目の前で起きた不思議な現象を冷静に考えていた。

 

「ハル、怪我はない⁉︎ 魔獣はどうしたの⁈」

「……わかんない。大きな音がしたと思ったら、いなくなってたんだ」


 ハルは母親の抱擁(ほうよう)を受けながら、先ほど落としてまったフィオナからもらった本に目を向ける。

 本は落ちた衝撃で一つのページが開かれていた。


 剣を持った男の子が、魔法使いの女の子と一緒に巨大な龍を倒すシーン。

 この時、彼の心では一つの夢が生まれていた──。


 その後、両親の前に出て守ろうとしたハルは怒られ、心配され、そして称えられた。

 後に彼は大きな物語を生み出すのだが……それはまた別のお話。



 村の片隅、魔女の住む家。

 今なお心地良さそうに眠るフィオナの望みはただ一つ。

 平穏気ままに眠りたい──ただそれだけ

「──ハルきゅん、わたしはいつでもうえるかむぅ……」

 

 ……それだけなのである。多分。

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