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そして序章は終わる

 遥か高き空の上、何を燃料にしたらそこまでの炎が現れるのか、そこにはまるで太陽の様に燃え盛る炎塊が、確かに存在していた。


「おい、奏雲。見ているのなら、さっさと俺と(とう)を回収しろ」


 (あまね)の着ていた最上級の着物が、ただの布切れの如く焼け焦げている。しかし、ボロ雑巾のようなそれが包む肉体には、一切の傷は見られなかった。


 天ヶ崎 刀四郎を片腕で抱えながら、海面に向かって落下していく天真 (あまね)は、二人の周囲を旋回する球状の物体に対して、それが当たり前だと言わんばかりな態度をとっている。


 その言葉を受け、その球体は二人が落下するであろう空間に向かって回り込むと、形状を変化させ、丁度二人が通れるほどの転移陣を創り出した。


 そして、そのまま(あまね)と刀四郎は、上空に激しく燃え盛る炎塊を残して消えたのだった。




「奏雲、あの二人は何処に飛ばしたんだい?」


「我が君、あの座標からですと、天真の屋敷まで飛ばすのが精一杯というところです」


「本当のところは?」


 色という色が、白一色しかないのかと思えるほどに、壁も床もソファーも、テーブルの上に並ぶコーヒーカップも、全てが真っ白の部屋にレイジ(嗤う男)奏雲(前研究所所長)リリス(本名:珠緒)は居た。


「……(あまね)殿の気配が、魔導具越しであるにも関わらず不穏でしたので、念の為にここには飛ばしませんでした」


「まぁ、そうだね。今の(あまね)だったら、僕を滅しかねないだろうね」


 ソファーに寝転びながら、レイジは楽しそうに嗤いながらそう告げた。


 その言葉に奏雲は渋面をつくり、リリスは目を見開いた。


「奏雲! 貴方、映像記録もどうせ撮っていたんでしょ! それを、ここで見せなさいよ!」


 額に青筋を立てながら、ソファーの前に立っていた奏雲の胸ぐらを掴みながら、リリスはその可愛らしい顔を怒りで歪ませ大声で、奏雲に詰め寄った。


「リリス嬢、そんなに私が中二的な魔導具の説明台詞を言わなかったことを怒っているのかね?」


「な!? そそそそんな事は思っていないわよ! そうではなくて! 早く映像を見せなさい!」


 奏雲の指摘も間違いではなかった為、一瞬たじろぐもリリスは、その細腕からは想像出来ない程の力で、奏雲の首を締め上げようとしていた。


「全く、生産職系統だと言うのに、知性を感じさせぬ脳筋中二ロリばばぐぎげげぇ!?」


「……良いわ。貴方の首を一回へし折ってから、ゆっくり身体をばらして魔導具を探すことにするわ」


 リリスの額に浮かぶ青筋がもう一本増えた瞬間、本気で奏雲の首を折にかかる様子を和かに見ていたレイジが、ソファに座り直し、その口を開いた。


「奏雲、僕にも見せてくれるかい?」


「きゃ!?」


 レイジの声が聞こえると同時に、リリスの腕を掴み上げ、首元から引き離した奏雲が

 、靴のつま先で軽く床を蹴ると、球状の魔導具が奏雲のズボンの裾から現れた。


 そして、部屋の壁に映像を映し始めた。


「いつまで掴んでいるのよ! 私が見えにくいじゃない!」


「全く、もう少し知性を感じさせる態度を、淑女にはとってほしいものだよ」


 嘆息を吐きながらリリスの両腕を離すと、二人ともに映像が映し出されている壁を見るのであった。


 (あまね)達の映像を記録していた魔導具と視覚共有していた奏雲は、この映像を見るのは二度目である。


「本当に……理解しかねる」


 それにも関わらず、奏雲の額には汗が滲んでいた。


 (あまね)の身体の変容、そして身体から迸る力の圧倒的な存在感は、見るのが二度目の、しかも映像であるのにも関わらず、十二分なプレッシャーを与えていた。


 何が起きたのか分かっているのにも関わらず、これである。初見でこの映像を見るリリスは、当然その比ではない衝撃を受けていた。


「何……これ? まるで、あの時のアイツみたいじゃない……」


 神の気を纏い佇む(あまね)を見たリリスは、ある青年の姿を自然に脳裏に浮かべながら呟いていた。


 視線は映像を見ながらも、今のリリスの様子も視界に収めているレイジ(嗤う男)は、心を弾ませていた。


 今にも踊り出しそうなほどに高鳴る胸は、自然と彼を饒舌にさせる。


「神の力を携え、生まれ変わった世界の理からも逸脱することを決断した彼の存在は、神に属する者にとっての敵。文字通りに、彼は〝神敵〟となった。それは当然〝混沌〟を権能とする僕も、彼にとっては〝敵〟となるだろうね」


「やはり……そうなりますか」

「な!?」


 レイジの楽しげな様子と違い、奏雲は眉間に深い皺を刻み、リリスはこれでもかと言うほどに目を見開き絶句していた。


 しかし、一瞬取り乱しそうになったリリスだが、自身の神を裏切るという(あまね)の行動に、急速に頭が冷えていく。


「我が君……それは、(あまね)が我が君を裏切ったということでしょうか?」


 そしてその口から発せられる言葉には、侮蔑以外の感情が入る余地のないほどに、抑揚がなかった。


「君達を拒絶するだけだったこの世界は、君達の存在を認める世界へと変わった。それはこれから僕の望む混沌へと進むだろう。だけれども、それは〝僕〟の望む、言うなれば楽しみなだけなのであって、君達も同じである必要はないんだ」


「はい、それは存じております。我が君は、ご自身が楽しめるような〝舞台〟を創って下さいました。だからこそ、そんな我が君に対して反旗を翻すなどあってはならぬこと……」


 さらに言葉を続けようとしたリリスは、ハッとした表情を見せた。


 リリスが見つめる自身の神たる存在は、楽しそうに嬉しそうに嗤っていた。


「そう、何でも良いんだよ。もうこの世界は、自由なのだから。(あまね)が覚悟を決め、神の力を人の身で示し、この世界のシステムに〝神敵〟として認定されたことで、最後の歯車が噛み合い、この世界は僕が望む世界へと、完全に生まれかわったのさ。それを、彼は〝理解〟したのだろう」


「〝理解〟ですか……我が君が改変したこの世界で、各々が好きに生きよという事で、(あまね)殿、いや、あの容姿なら(あまね)君と言った方がしっくりきますか。彼が、強者を求めて我が君を狙うという事であれば理解出来ますが、そうではないと言う事ですね、我が君が仰る〝理解〟というのは」


「彼が、最後まで決断を迷っていた神の力の解放は、刀四郎の心に呼応して、決めたのだろうけども、僕が言う〝理解〟はそうではないよ。彼があの神の木偶に〝神敵〟認定された瞬間、おそらく感じたんじゃないかな。この世界が〝安定〟した瞬間を」


 レイジは、いまいち腑に落ちない表情を見せる二人に、優しく微笑む。


「この僕を、今ここで滅ぼしたとしても、元の世界に戻ることはないということさ」


 軽い調子で告げるレイジの言葉に、二人は次の言葉を待つように、静かにレイジの瞳を見続ける。


「世界の理を改変し、この世界に生きる者達を利用し〝魔力〟の存在を認めさせたけれども、それだけではまだまだ不安定な状態であり、僕が神の眷属に滅されることで、限りなく前の世界に近い状態へと戻せる可能性があったことは前に話したね」


「はい。だからこそ、我々(闇堕人)は、真の世界の完成まで我が君をお護りする使命をもっています」


 リリスは誇らしげに胸を張りながら告げ、奏雲は同意という意志を示し恭しく頷く。


「神にとっての〝敵〟は、異世界の神核をもつ僕だけだった。だからこそ、僕を滅ぼせば、多少強引だとして、もとに戻せると考えていたのだろう。それをするにも、改変の楔となっている僕が存在する限り不可能だから、尖兵が僕を狙ってきた訳だけれど」


 いつの間にか手に持っているコーヒーカップを口に運び、レイジは上質なコーヒーで喉を潤す。


「だからこそ、僕が滅ぼされる前に、この世界を後戻り出来ないまでに、混乱させる必要があったんだよね。だから、すぐさまに〝魔王〟という存在を創り出させたりしたりね。そしてこれから、魔法を用いた大戦へと導き、飲み消すことの出来ない事実を楔に、改変した理を揺るぎないものへと完成させるつもりだったのだけど……これだから成熟し安定した世界を管理するだけの管理神というのは、まったく……」


 コーヒーを飲み干し、目の前のテーブルにカップを置くと、レイジは両手で顔を覆った。


「本当に……くっくっく……斜め上を行く愚かさだったよ! あっはっはっはっは! まさか、いくら異世界の神の気を扱えたとしても〝人の子〟を〝神敵〟として、認定してくれるとはね!」


 笑いが止まらず、レイジはソファーの背もたれに身体を預けると、天を仰ぎ見ながら、涙目になるほどに大笑いしていた。


「人の子が、〝神〟に敵として認識され、人の子もまた〝神〟を敵として、それが存在するものとして確信した。(あまね)が示した〝力〟を、この世界の脅威として認定してくれたんだよ! この世界の神が、〝理〟に対して、正式に彼の力を脅威として登録してしまった! これだから、意志が脆弱なモノは、イレギュラーに対する対応を間違うんだよ」


 レイジは、狂ったように数分間大声で笑い続けた。


 目と口は、絵でも描いたかの様な三日月の形を作りながら。


 リリスと奏雲は、その笑いに合わせる事なく、その場でレイジが笑うのを止めるまで、無表情で立ち続けた。しかし額には、二人とも大粒の汗をかきながら。


 神の本気の嗤う顔を前に、必死に自身の精神が壊れないように耐えていたのだった。


「おや? あぁ、ごめんよ。ここまで愚かだと、笑いが止まらなくてね」


 二人の様子に漸く気付いたレイジの表情が、普段の和かな微笑みと変わると、二人はその場に崩れ落ちるように片膝をつき、息を荒げていた。


「直接、この世界の神が〝力〟の存在を、自らを脅かすモノとして〝認定〟したものは、もう覆ることはない。だから、もうこの世界に僕という楔は必要なくなった。世界の安定感を感じることが出来るのは、神の位階に居るものだけだろうから、(あまね)はその僅かな気配で、全てを察したのだろうね」


「だ……から……我が君を……?」


 リリスが震える身体を無理やり起こし、問いかける。


「僕だけでなく、〝神〟を相手に暴れる事を決めたのだろうね。彼と管理神が、互いを敵として認定したことにより、この世界に〝神〟という存在が、概念としてではなく、物理的に戦える相手として定着した結果、この世界は正に楽園となったんだ」


「楽園……それはどう言う意味なのです?」


 奏雲もまた、震える身体を無理矢理に押さえ込みながら、問いかける。


「そのままの意味さ。これまで想像の存在だったモノ、ただただ信じる対象だったモノ、御しきれない自然現象に名を与えたモノ。もう、何でもありの世界さ。これからは僕も、この世界に存在する一介の神の端くれに過ぎないということさ」


 そして〝嗤う男〟は、その名の通りに口角を吊り上げる。



 持つ者と持たざる者


 勇者と魔王


 人と神


 魔法と科学



 それら幾重にも絡み合う


 戻る道は無く


 進む道も無い



 此処は荒野であり原生林


 破壊と創生は混ざり合い混沌となる



 そして、狂気の笑い声と共に序章(プロローグ)の幕が下りる。




「おや? 早速、彼からだね」


 白が支配する部屋に鳴り響く無機質な携帯の着信音は、新たな物語(クロニクル)の幕開けを知らせる開幕ベルとなるのであった。




 ― 序章 閉幕 ―

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