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魔王城

 形をかろうじて残しているビルの屋上から、雄叫びを上げながら外に向かって駆ける(オーガ)を何もせずに見送ると、彌太郎は隣に立つエヴァに視線を移した。


「俺は、聖魔法使えないからな?」


「心配せずとも、私が使える。私は、【聖女】でも(・・)あるからな」


「でもって何だよ」


 瘴気に対しては、強い浄化の力をもつ聖魔法による護りが必要なのは、二人にとって共通の認識だった様子で、今しがた起きた眼下の惨劇に特に触れもせず、会話を続けていた。


 魔素が当たり前に存在し、魔に属する者が跋扈した世界では、瘴気による肉体の変質は当たり前の光景だった。


 だからと言って、それを目の前にした時に、あっさりと流す時点で、二人ともやはりこの世界の〝普通〟とは、既にかけ離れた存在になっていることが伺えた。


「つまりは、こういう事だよ」


 不敵な笑みを浮かべ、エヴァは両手を広げると、右手からは聖なる光を、左手からは闇なる焔を顕現してみせた。


 完全に相反する力、それどころか聖なる魔力は、彌太郎の知識の中では〝勇者〟か〝聖女〟しか扱うことが出来ないと認識していた為に、流石に驚きを隠せなかった。


 特に、闇の魔力を扱える時点で、聖なる魔力と反発する筈であり、体内でその力を両立させることなど、普通では発想自体がなかったのだ。


「聖魔法と闇魔法の両方使えるとか、チートすぎるだろ……何なんだよ、あんたは……」


「私は【始祖たる魔女】と【聖女】の、二つ持ち(ダブル)だからな。全属性を極め、保有魔力もスキルも、全て二倍なのだよ。そして私のボディの魅力は、倍じゃ効かんがな」


「ボディの事なんて、これっぽっちも聞いてねぇ、興味もねぇ……だが、全てが倍って、そんな事ありえるんだな。あんたの異世界では、あり得る事だったのか?」


 右手から発せられた聖なる光は、やがて二人を包み込み、そして左手から溢れ出す闇の焔は、聖なる光の上から、まるでオーバーコートでもするかの様に、聖なる光が漏れ出さないように覆い被さっていた。


 当たり前の様にエヴァは無詠唱で行使しているが、本来であればそれすらも異常なのである。


 聖なる魔法は、祈りの力とも言われ、詠唱とも祝詞ともいえる言葉が必要な筈だが、エヴァは【始祖たる魔女】のスキルである〝完全無詠〟を習得している。


 結果として、本来であれば魔法というより祝福の力である聖魔法を、祝詞すらも省略しているのであった。


「そんなことはないさ。私が召喚された世界においても、神話級職の二つ持ち(ダブル)など、先ずもってあり得なかった。この力は、あの馬鹿者を止めるために、友人が私に託したものなのさ」


 何処か遠い目をするエヴァを見て、彌太郎は数秒の沈黙の後に口を開いた。


「このまま二人で、あの魔王城に突っ込むつもりか?」


「清々しいまでに、私を憂いを帯びた魅惑の表情を無視するとは、生物の風上にもおけん男だな、君は」


「そういう反応が、一々面倒なんだよ。早くしろよ、俺は別に魔王になんかに用も無いし、特別挨拶もしたいとおもってないんだから。それよりも、さっさと俺は日本に帰りたいの」


「新しきことに興味を示さぬとは、彌太郎君は枯れた男だな。それでは、愛しの君に再会したときに、使い物にならなくなっていたら、相手が悲しむじゃないか」


「なんでそんなに、セクハラオヤジ臭いんだよ……残念すぎるわ」


 絶世の美女と言っても過言ではない上に、今はさらに聖魔法も片手で行使しているため、清らかな魔力を感じるエヴァから、下世話な言葉を聞かされ、心底呆れる彌太郎であった。


「魔王城に乗り込むには、少なくとも帰還者(オリジン)でなければ、所謂レベル不足なのは君も知っているだろう? そして帰還者(オリジン)というのは、本当に希少な存在なのだよ。私のギルドで帰還者(オリジン)なのは、私と君の他には三名しかいない。東京支部の土生(はぶみ) 源矢、英国支部のエイダン・マーティン、それにブラント・カーターだ。そして全員が今、此処には来られなくてね」


 とても残念だと大袈裟に頭を横に振るエヴァは、改めて彌太郎を見て微笑んだ。


「君は、暇そうだったし。何より私の式鬼だ。どうしようと、私の自由だろう?」


「なわけあるかよ。言っておくが、今の俺はあんたを〝マスター〟呼びをしなくても良い状態なんだからな」


 緋色の瞳(スカーレット)を鋭く細め、彌太郎はエヴァに対して緋色の魔力を漂わせ威嚇する。その鮮やかな緋色はとても美しく、エヴァでさえ見惚れる程であった。


「相変わらず君の瞳は、美しいな」


「またそれかよ。それに普通、その台詞を言うのは男女が逆だろうよ」


「おや、私の瞳に乾杯とでも言ってくれるのかい」


「このやりとり本当に面倒だから、もういいから先に進んでくれよ……」


 観念したと言わんばかりに、肩を落とした彌太郎を見て、エヴァは再び視線を魔王城へと移した。そして、屋上から躊躇うことなく飛び降りると、ふわりとまるで綿が風に舞うかの如く軽やかさで、ゆったりと地面に向かって下降していくのだった。


「……一人で飛び降りやがった。はぁ……面倒臭い」


 そう呟くや否や、彌太郎もまたビルの屋上から飛び降りるが、彌太郎は隣のビルの壁面を利用して壁を交互に蹴りながら、地上へと降っていくのだった。




 魔王城の玉座に腰掛ける美丈夫は、およそ人間には見えなかった。立ち上がれば軽く三メートルを超える体躯は、鋼のような筋肉で形作られており、その眼光は竜の瞳の様でいて、見る者に死を幻視させるに十分であった。


 しかし、そこに座る者には未だ〝自分〟がある訳ではなかった。意識があると感じた瞬間から、この玉座に座っていたからだ。


 彼は、まさに生まれたてだったのだ。


「この世界の知識、自分という存在、如何にして我が創り出されたかは、理解している。そして、〝勇者〟の存在も感じる事も出来る。しかしだ……理解している事と、納得しているかは別だということだ」


 玉座に座りながら頬杖を付く男は、己が〝魔王〟だと言うことを理解している。創造主達が、自身の糧となっている事も、贄となった者達の魔力を用いて、この城が形成されたことも分かっている。


「我の名は……ルシフェルか」


 静かに目を瞑るルシフェルには、〝創り出された理由〟が、与えられていなかった。与えられていたのは、名のみであった。


 本来であれば、魔王の創造主は魔神や邪神を含めた神の位階に在る者であり、〝生きる目的〟を与える筈なのだが、創造者達は全員が人間であり、既に贄となっておりこの世には既に存在しない。


 その為に彼は、ただ知識を与えられただけで産み落とされた状態だった。


 彼の創造者達も、この事態を全く想定していなかった。何故なら、魔王創造の後は、自分達が配下として、〝世界の管理者〟として君臨すると聞かされていた(・・・・・・・)のだから。


 彼の瞳が、玉座からある一点に向けられると、その虚空な場所に向かって声をかけた。


「すまないが、客人をもてなす準備は出来ておらぬ」


「……構わない。こちらこそ、勝手に上がり込んで失礼した」


 ルシフェルの声に反応するように、玉座の間中央の空間が揺めき、やがて現れた人物は堂々と魔王に向かって立っていた。


 エヴァは余裕を持ってルシフェルに言葉を返したが、内心では自身の隠蔽魔術を看過されたことを感心していた。そして、互いに観察するような目を向け合っている中、エヴァの後に控えていた彌太郎が臆する事なく口を開いた。


「あんた、名前はあるのか?」


「相手に名を尋ねるなら、先ず己から名乗るのが礼儀ではないのか?」


「魔族の親玉に、名を教えるとでも?」


 一度も目を逸らす事なく、彌太郎は魔王の瞳を見続けていた。


「ふむ……そうだな。私の名は、ルシフェルだ。魔王ルシフェル、それが我の名だそうだ」


「そうか……ルシフェルか。エヴァ、俺は名も聞けたし帰りたいんだけど」


「君は全く……本当に、魔王への興味は名前だけか。君も日本男児なら、強い奴が目の前にいたら〝ワクワクすっぞ!〟ぐらい、言えないのか」


「あんたのその日本男児への偏見が、どこから来たのか理解したが、そのノリで言うのであれば、魔王は勇者が相手するのがお約束(テンプレ)だろ。勇者でもない俺たちが、此処にいてもしょうがない」


 魔王ルシフェルを置き去りにして、彌太郎とエヴァが言い争っている中、当の魔王は玉座から全く動かずに、二人を眺めていた。


 ルシフェルの元になった者達は、所謂悪魔崇拝者達であり、その数は千人を遥かに超える人数を贄とした術式の贄となった。


 その組織が、〝Peace of(安寧) mind〟と呼ばれる世界の支配をも目論む一大組織であった事も、その悲願の為に〝魔王創造〟を成した事も、彼は知っている。


 如何に持たぬ者(ゼロ)が要らぬ塵であり、目覚めし血脈(ブラッドライン)が塵共を管理し搾取するべきであり、その頂点にあるべきなのが帰還者(オリジン)という存在だと認識していた。


 そしてルシフェルの目の前にいる二人が、帰還者(オリジン)であることは、魔力の質、魂の輝きから、彼には分かっている。


 数多の魂を贄に、この世界に生み出された魔王にとって彼らは、初めての自分以外の生物である。ただただ、玉座から見下ろすだけでも興味は尽きなかった。


 他者を認識することで、彼は〝自分〟を急速に確立していく。


 世界を統べようとした〝Peace of(安寧) mind〟。その十の氏族が信奉する大悪魔は、それぞれ異なっていた。


「やけに熱い目線を、むけてくれるじゃないか。そんなに、私達のことが気になるのかい?」


 彌太郎と話をしていたエヴァが、不意にルシフェルへと振り返り、台詞は挑戦的でありながらも、表情は微笑でいた。


「この城に訪れた、初の客人だ。興味がないなどと言うことは、決して無い。そして特に君達に対して、敵意を持つと言うことも無いのでね」


 相変わらず玉座にて頬杖を付いたまま、足を組み、二人を見下ろすルシフェルは、本心からそう思っていた。


 自分より弱き者に対して警戒するなど、圧倒的強者は元々知らないのだ。


「エヴァ、俺達ってさ、もしかして羽虫程度に思われてる?」


「君は思ったよりも、卑屈な男だな。そこまでじゃないさ、窓辺にやって来た小鳥くらいの可愛らしさは、私にはあるだろう」


「小鳥は、自分だけかよ。しかし、眼中に無いってところは、さして変わらんと思うけどな。で、あんたの要件だった魔王の顔は見れたわけだし、このまま帰るわけ?」


「そうだな。このまま、素直に帰ることが出来るならそうするが……」


 エヴァは、彌太郎から玉座に視線を移すと、自分達を観察するように見下ろす魔王ルシフェルと目があった。互いに目を逸らすことなく、見つめ合う形となった。


「貴方の名前も顔も見ることが出来たし、そろそろ失礼しようと思うが、よろしいかな?」


「ふむ……そうか、それは残念だな」


 ルシフェルは、エヴァの言葉を受けて、初めて玉座から立ち上がった。


 立ち上がった、ただそれだけの動きである。しかし、エヴァと彌太郎に与えるプレッシャーは、まさに魔王のそれであった。まさに彼は、生まれながらの魔王なのであった。


「我は、まだこの世界に生を受けて間もない。しかし、言葉も知識も、我の糧になった者達から与えられている。〝魔王〟という存在は、どのようなものであって欲しいかという、願いが我の魂には刻まれている」


 頭部から生える二本一対の角からは、稲妻が迸り、一見すると黒いシャツに見える上着の胸元のボタンが膨れ上がる胸筋により弾け飛んだ。羽織る外套は、身体から溢れ出す魔力と瘴気により、まるで風が吹いているかのように、覇王の風格を演出するかの様にはためいている。


「我の魂の礎となった者達の記録の中に、魔王に関するこんな言葉があった」



 〝魔王からは、逃げられない〟



 そう言いながら、楽しそうに初めて笑うルシフェルに対し、エヴァは同じ時ように微笑み返したが、彌太郎はと言うと渋面を作り、頭を思わず抱えていた。


「誰だぁあああ! そんなネタを、リアルの魔王に仕込ませた奴はぁああ!」


 魔王ルシフェルが住まう魔王城玉座の間、彌太郎は人類で初めて、この世界に誕生した魔王に、全力のツッコミをいれた人間と成ったのだった。


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