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記憶と記録と舞台

 都内の雑居ビルの屋上で、BAR『onlooker』オーナー兼バーテンダーの日色(ひいろ) みやびは、缶ビール片手に、上空で行われていたショーを観た余韻に浸っていた。


「まさか、鑑定出来ないとはなぁ。二人とも少なくとも僕とは、位階が異なる存在ということだね」


 穏やかな笑顔で呟く日色は、缶ビールを飲み干すと両手の掌を合わせるようにして、缶を潰した。そして広げた掌の中には、潰した筈の缶は無くなっていた。


「しかしまぁ、あんなのが二人も居るとか、この世界……面白すぎでしょ」


 自然と日色の顔には、笑みが浮かんでいた。都内上空であれ程の存在感を示した戦いが、少なくとも東京に住む能力者達の目に止まらない筈がないと、日色は確信していた。


 帰還者(オリジン)でさえも、あの二人が発した魔力と神気に、戦慄を覚えているに違いなく、その結果として生まれる動きは、更に世界に変化を与えるだろう。だからこそ、その事を理解している日色の機嫌は上々だった。


 一人で呟く言葉も、自ずと饒舌になっていく。


「さて、この国の最高戦力であった(・・・)勇者殿は、どう判断するか楽しみだ。そして、現場を仕切る八咫烏は、落下していった方を見つけることは出来るかな? それと闇堕人(アビス)と、彼らを狙う宿り木(ミスティルテイン)は? 有象無象の輩は、怖気付いて闇にまた隠れるのかな?」


 日色は楽しそうに語りながら、右腕を水平に振り空を切った。そして、宙に浮かび上がる幾つものディスプレイ映像は、彼を楽しませるのだった。


 しかし、一つのディスプレイは映像を映す事なく、砂嵐の様な画面になっていた。


「あらぁ、風神のお爺ちゃん逝っちゃったかぁ。ちょっと、彼らの余韻に浸り過ぎちゃって、LIVE(生中継)を見逃したか、残念」


 宙に浮かぶディスプレイの上に表示されていたのは、【風神 永新】の文字だったが、周りが黒文字であるのに対し、風神の名は灰色になっていた。


 砂嵐が吹き荒ぶ【風神 永新】のディスプレイに手を伸ばした日色は、画面を指で触れた。そして触れた指を横へとスライドさせると、それに合わせてまるで画面の中が巻き戻されていく様に動くのだった。


「この辺りからかな。結末が分かっているものは、面白みが半減するんだけど、それでも宿り木(ミスティルテイン)屈指の武闘派、“銀狼“の風神 永新の最後は興味あるなぁ」


 そして動き出す画面の中の時の流れは、風神の最後を映し出す。


 命燃え尽きる瞬間まで、日色は一切のまばたきをせずに見届け、そして画面が先程の砂嵐へと変わると、自然と拍手を贈ったのだった。


「素晴らしい! 先程の二人に劣らずの、殺し合いだったよ。やはり魔力が存分に扱える状態での命のやり取りは、輝きが段違いだ」


 愛おしそうに灰色となっている風神の名前に触れると、ディスプレイは光の粒子となり消えていき、その輝きは日色の身体へと吸い込まれていった。


「貴方の最後は、私が見ていたよ。そしてその記憶も記録も、私が保管するから安心して眠ってくれ」


 身体に光の粒子が吸い込まれていく数秒、日色はまるで黙祷するかの如く、瞳を閉じていた。


 傍観者は、ただ見ているだけ。


 しかし、最後まで見ている。


 そして、記憶と記録を保存する。


「夜船 一之進か。画面越しだと、名前しか分からないのがなぁ」


 瞳を開けた日色の興味は、既に次に移っており、それは風神を葬った夜船であった。


「新たな帰還者(オリジン)の登場かぁ。視たいなぁ、観たいなぁ。でも、見た感じは執事だったし、うちの店に誘われることはないしなぁ……あの屋敷の場所は、すぐに分かるだろうから、こっそり覗きに行こうかな」


 風神の遺した映像記録を調べ直せば、日色が夜船が仕える天真 桜花の屋敷を突き止めるのは、そう時間はかからないだろう。そして、数少ない帰還者(オリジン)の存在を目にした日色の興味が、それを放置ということはありえない。


 矢那と嗤う男(レイジ)という、特級傍観対象の所在がすぐに掴めない以上は、居場所が判明していると言って良い夜船の存在は、とても魅力的だった。


 好奇心は、猫をも殺す。


 日色にとって好奇心は、行動の原動力であり、生き甲斐であった。風神の最後を観て、夜船が手練れであることは明白にも関わらず、彼は危険を冒すのを躊躇わない。


 例え、其処が命の危険すらある場所だとて、彼の歩みを止める理由に成りはしないのだった。




 首相官邸の屋上にて、狩川正一は背中に冷や汗が流れるのを感じていた。


「化け物か……いや、そんな話ではないな。あれは、神の領域だろう」


 日付が変わってから、都内で頻発した能力者による乱闘騒ぎが、八咫烏達の到着を前にして、謎の美少女達に尽く鎮圧されていると報告上がった時は、どんな顔をして良いか分からなかった正一だった。


 しかし、被害が最小限に収まっている事実に、少なくとも今は敵ではないと判断するしかなかった。問題は、都内上空、具体的には東京ブルースカイタワーの頂上付近に突如として発生した、有りえない程の清浄な力と、禍々しい力のぶつかり合いだった。


 異常な力の出現を感じた瞬間、執務室からすぐさま飛び出した正一は、屋上へと出ると空を見上げた。


 それは、まるで聖なる龍が天へと昇るような光だった。感じる力としては、自分とほぼ同等ではないかと思える程だった。


 感動と共に、全身に鳥肌が立っていた。そして、更なる衝撃が彼を襲った。禍々しい力が上空から地上へと放たれたのだ。


 間違いなく自分の力を完全に超えた力の奔流が、地上に向かっており、正一は多大な国民の犠牲を覚悟した。それほどまでに、アレは止められる訳がないと思う程だったのだ。


 しかしである。結果として、それに拮抗する力により大惨事は防がれた。その時に感じた魔力は、完全に自身の最大力を、明らかに超えていたのだった。


「何者か分からんが、感謝せねばな。アレが都心にそのまま落ちていたら、何百万人が犠牲になったか計り知れん」


 首相官邸から東京ブルースカイタワーまでは、本来肉眼で確認出来るような距離ではない。しかし、魔力や神気は異なり、あれ程巨大な力であれば感知できない筈もない。当然、それは正一だけに言えることではなかった。


「総理! もとい我が主! 先程の力の奔流は、何事なのですか!」


「もとわなくていい。何が“我が主”だ」


 屋上へと駆け込んできたのは、須田島官房長官であったのだが、正一は自身を“我が主”と大声で叫ぶ須田島に対して、遠慮することなく渋面を作りながら、ドスの効いた声を返した。


「呼び名など、この状況に於いては瑣末なことでしょう! 我が主よ、能力の低い私でさえも、背筋が寒くなるほどの悍ましい力と、その全く反対と言って良いほどの聖なる力を感じたのですよ!」


 呼び名以外は、まともな事を言ってくるので余計に額に青筋が浮かぶ正一だった。


「少なくとも、俺がこの国においての“最強”たる自信が揺らぐ程には、あの異なる二つの力は強大であり、異質だったな」


「な……⁉︎」


 淡々と告げる正一の言葉に、正反対に驚きのあまりに須田島は絶句した。その反応に、嘆息する正一だったが、既に頭の中は現状を受け入れた上で、これからどのように動くかを考えていた。


 どちらとも敵か味方か確認出来るまでは、少なくとも“両方共に敵である可能性”を元に、覚悟をしておく必要があると、その端正な顔立ちが歪むほどの鋭い眼が、決意の強さを物語っていた。


「おぉ……なんと強き者の眼……流石、我が主……ん? どうされたのですか!?」


 惚れ惚れする程の鋭い瞳に、心躍らされる須田島だったが、突然正一が胸を押さえてよろめいたのを目にして、動揺しながら自らの肩を貸し、正一を支えた。近くで見る正一の額には、先ほどまでなかった大量の脂汗が浮かび上がっていた上に、正一の表情が明らかに困惑した様子なのに驚いていた。


「この感覚は……そんな馬鹿な……ある筈がない……どうなっているんだ!?」


 酷く困惑した様子の正一だったが、自身の魂が騒めく感覚を確かに知っていた。


 遠い記憶と言うには鮮烈に、懐かしい思い出と言うには残酷で、【勇者】にとっての存在意義とも言える相手。


「何故……“魔王“の気配を感じるんだ!」


「は? 魔王ですと? 何を言って……」


 正一の眼は、何処を見ているのか分からなかった。先ほどと同じように空を見ているのだが、須田島には、自分には見えない何かを見据えているかのように見えていた。そんな正一の様子から、尋常でない事が起きているのではないかと、須田島の背筋が寒くなった時、屋上の扉が乱暴に開かれた。


 全くそちらに目線を向けない正一と異なり、須田島はすぐさま扉へと目を向けると、血相を変えてという言葉が可愛らしく感じる程に、そこには顔面蒼白になりながら屋上へと飛び出してきた、自分の秘書がいたのだった。


「何事か!」


「何と説明すれば……良いのか……これを……見てくだ……さい」


 よほど慌てて走り回ったのか、須田島の秘書官は息切れ激しい状態で、脇に抱えていたタブレットを操作した。秘書官が映し出したのは、四分割にされた画面であり、すべてがほぼ同じ映像を映し出していた。


 午後の日の高い時間帯であるにも関わらず、その国の象徴とも言えるような女神の巨像が、黒煙に覆われていた。


 隣の画面では、何度も見たことがあるような高層ビルが、音を立てて崩れ去り、逃げ惑う人々の様子が映し出されていた。


 そして何より、須田島が言葉を失ったのは、残りの画像に映っている者達だった。


「これは……この化け物共は、一体何なんだ!?」


「駐在員とも連絡が取れず、この映像は現地テレビ局で流されている生中継の様子です! おわ!? 総理!?」


 騒ぎ立てる二人の顔の間に、自分の顔を割り込ませた正一が、タブレットの映像を目を見開き凝視していた。そして、拳を強く握りながら、隠しきれない怒りが身体から魔力となって溢れ出す。


「こいつらは、おそらく魔族、それに魔物だろう。それに、こっちに見えているのは、魔王城に見えるな」


 正一は、画面越しからでも伝わる負の力を纏う異質な城を睨みつけていた。


 半世紀近くも前だと言うのに、今でもしっかりと脳裏に浮かぶ光景。


 異世界へと召喚される元凶。


 “魔王”


「この魂の騒めきは、あの世界の比ではない。至急国内及び国外の状況を確認し、逐次報告しろ。他にも、同様のケースが起きているだろう」


 正一の言葉とともに、秘書官は慌てて駆け出し、屋上を後にした。


「一昨日から予想外の連続だったが、これは流石に想像すらしない事態だ。このプレッシャーは、何体の魔王が現れたというのだ……果たして、“勇者“はこの世界に、俺の他には何人いるのだろうか……」


 “勇者“にして現職総理大臣の呟きは、武者震いなのか、僅かに声が震えているようだった。




「我が君……自らが動くとは、それ程の相手だったという事なのか」


 (あまね)は、天真本家屋敷の中庭で呟いた。直接二人を見ていた訳ではないが、正一と同じく(あまね)もまた力を感知していた。その上で、正一と異なり巨大な力の一方が“嗤う男”である事は、神気に触れたこともある(あまね)には分かっていた。


 問題は、その相手である。おそらく都内に居る者であれば、殆どの能力者が感じる事が出来る程の魔力を放っていた。


「秋風、我が君と相対した者を探し出すのだ」


「畏まりました」


 廊下の影から音もなく現れた天真家(あまね)専属執事長の秋風 (はる)は、(あまね)からの指示を受けると直ぐに動き出した。


 黒髪のボブを揺らしながら、屋敷の中を進む秋風は、そのまま廊下を奥へと進んでゆく。そしてその顔は、憤怒の感情を一切隠していなかった。


 抑えきれない感情は、魔力となって身体から溢れ出す。秋風は、主人である(あまね)に“あんな顔”をさせた人物を決して赦すつもりはなかった。


 矢那と嗤う男の争いは、当然秋風も把握しており、万が一に備え(あまね)の近くに待機していた。そして、巨大な力の衝突の後に、同時に上空から力が消滅した際に、(あまね)は一瞬だけ悲壮な表情を見せた。


「何処の誰か知らないが、四肢をもぎ取り、生きていることを後悔させながら、(あまね)様の御前に引き摺り出してやる」


 主人の哀しそうな顔を見せられて、正気でいられる程に秋風は“普通”ではなかった。


 秋風(あきかぜ) (はる)。天真家当主専属執事長に最年少の二十九歳で就任、それより二年間は文字通りに、己の命を賭して(あまね)に仕えている。


 綺麗に切り揃えられた黒髪と、美しい顔立ちから、遠目では女性に見間違えられる事もある。しかし、百八十を超える長身と独特の雰囲気から、彼に近づいた時に女性と見間違えることはない。


 秋風の瞳は、ぞっとする程に見るものに恐怖を与えたのだ。主人たる(あまね)の敵かどうかを、彼は相対する全ての者を見定めているのだから。


 孤児として養護施設に居たところを、中学三年の時に(あまね)と出会った。その結果として“目覚めし血脈(ブラッドライン)“である事を知ることになった秋風は、その後”先祖返り(リボーン)である事も判明した。


 十八歳になった秋風は、天真家の訓練所を卒業する為の試験として課せられる“殺人”試験に対し、これもまた最高人数となる二十五人を殺した。


 その対象だった者達は、彼が養護施設育ちという事を理由に、中学時代に自身を苛めた同級生達だった。


 卒業試験の結果を受けて、彼は天真本家の暗部として活動を始めるところだったが、(あまね)が直接指示し、当主専属執事の一員とさせた。その時より、秋風は(あまね)に付き従ってきた。


 (あまね)の神が“嗤う男”であれば、秋風の神は当然“(あまね)”である。


 そして、秋風は闇へと消えてゆく。


 己の神の憂いを取り除くために、狂信者はその歩みを止めはしないのだから。


 そんな狂信者の気配が完全に屋敷から消えるまで、(あまね)は屋敷の縁側で座っていた。それを見計らうかのように、一羽の隼が屋敷の塀に降り立った。そして嘴を開き鳴くかと思いきや、その口から聞こえるのはリリス(珠緒)の声だった。


(あまね)、我らの君が天乃(アメノ)虚舟(ウツロノフネ)にお越しなったわ。だけど、貴方も見ていたでしょうけど、何者かとの戦闘により神気を封印されたようなの。だから、我らが君の護衛が必要よ。奏雲と刀四郎は、貴方のところに居るのでしょう?』


「手酷くやられたようだ。流石の七々扇君と言ったところか。我らが君は、神気の封印以外は無事なのだな?」


『えぇ、それどころか、とても楽しそうに嗤っていらっしゃるわ。ヤナとか言う者の事から受けた封印術は想定外だったみたいだけど、もう一方の“魔王創生”は、どうやら上手くいったみたいなの』


「そうか……それは喜ばしいことだ。さぞ、奴等も本望だろう。自らが望んだ、悪魔に成れたのだから」


『そうね。“Peace of mind”だなんて、我らが君のお考えとは、真逆の思想なのですから。“安寧”だなんて、退屈なだけなのだもの。奴等を贄に、世界に“十体の魔王”が誕生したとのことよ。これで、魔物の誕生もまた捗るわ』


 楽しそうな口調のリリス(珠緒)に、(あまね)もまた同調するように微笑んだ。


帰還者(オリジン)目覚めし血脈(ブラッドライン)持たぬ者(ゼロ)。勇者と魔王。魔物と人間。国と国。個と個」


 やがて微笑みは、嗤いに変わる。


「舞台は整った。己が命を燃やし、美しく散る世界。瞳を閉じ、耳を塞ぎたくなる、救いのない絶望に身を焦がす世界」


 (あまね)は、闇しか見えない空を見上げる。


 まるで、そこに希望の光が見えるように。


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