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熱血

 不夜城の光の渦へと、ゆるりゆるりと落ちてゆく。


 腹に風穴を開けられ、服が破れ露わになっている上半身は裂傷と火傷により、一目で重傷と分かる。


 気を失い、魔力も封じられ、富東 矢那は東京ブルースカイタワーの頂上から、自身のスキルであるヤナビに抱きしめられながら、地上へと向かって落下していた。


 自身の主人である矢那を抱えるヤナビは、今は黒髪ストレートロングに、可愛いと言うより大人びた美しい顔立ちに、ジーパンにTシャツといういラフな格好をしていた。


 すらりと伸びた手足に、出るとこは出ているスタイルの良い身体付きは、美しい顔と相まって、普通に歩くだけでも人の目を惹く事になるだろう。


「“永遠の献身(エターナルボディ)”として創ったこの身体が、マスターの真なる今の好みなのですね」


 マスターである矢那に対して、頬を赤らめるヤナビだったが、矢那の状態は正に虫の息であり、非常に危険な状態であった。


「マスターとの【接続(コネクト)】が切れている状態では、マスターのスキルを私が流用すると言うことも出来ない様ですね」


 嗤う男(レイジ)に魔力を呪印により封印された矢那は、ヤナビとの関係も“スキル保持者(矢那)スキル(ヤナビ)”という関係性までもが封印されたと状態だと、ヤナビは今の状態から推察していた。


「元の世界に帰って来て無双どころか、振り出しに戻るなんて、本当に何をしているのやら……まぁ、そんな無茶なところが、マスターの良さなのですけど」


 呆れているような言葉ではあるが、ヤナビの声色からは、自身の主に対する愛おしさが十二分に表れていた。


 だからこそ、絶対に死なせない為にどうするかを、手段を選ばずに考えていた。


「先ずは、目立ちたがり屋のマスターを隠す必要がありそうですね」


 先程の戦いは、最高に目立っていた筈であり、能力者であれば、余程立て込んでいない限りは、矢那と嗤う男を注目せざるを得ないだろう。そしてそれは、矢那が上空から落下している今も尚、継続しているということである。


「スキルに頼る感知は、出来ないのであれば、他の方法で“強くなる”必要がありますね」


 矢那と【接続(コネクト)】している状態であれば、矢那の取得していたスキルを呼吸するかの如く、ヤナビも自由に使用する事が出来ていたが、一個体として存在している今はそれは不可能となっていた。


 しかし、ヤナビ自身が記録している矢那の記憶や経験までも失っているわけではなかった。更には女神の分体であるヤナビには、正真正銘の神核を持っている。


 女神の神核の一欠片であった為、矢那の魂の存在に隠れ、嗤う男はヤナビもまた“神に近い存在”である事を、気付くことが出来なかった。


 ヤナビがこれまで経験してきた記憶も、盗み見た矢那の魂に刻まれた記録も、全て自身の神核に保存している。


 だからこそ、その記録中からヤナビは、“剣と魔法”以外の知識を参考に、自らの“強さの再構築”を目指した。


「この身体は、マスターの創世(始まり)の火で構成されている。重要なのは、想像力と創造力の両立」


 主を守る為。


 主の敵を討つ為。


 主の願いを叶える為。


 あと数秒もかからずして、地面に激突する状況の中で、ヤナビの心は明鏡止水の心持ちであった。


「扱うは魔力。魔力を膂力へと変換。魔力及び生命力を感知は、感覚優先にて対応。この世界における最適解を検索、構築……完了」


 機械的な音声は、まるでシステム構築を行う人工知能の様であった。そして、数秒の沈黙の後、“完了”の言葉と共に地面へと二人は激突するタイミングだった。




 深夜の公園、梅雨でなければ、酔っ払いや元気の有り余っている若者等が、まだいたかも知れない。ヤナビが矢那を両腕に抱えて、音もなく降り立ったその公園には、小雨の影響もあったのか、誰も居なかった。


「ここに近づいてくる魔力持ちが……五体ですか。魔力の大きさからは、大した事なさそうですが、マスターの容体が一刻も争う状況です。ここは一つ、ぶっちぎりますか」


  今もなお、傷ついた身体から血が流れる矢那を抱えるヤナビにも、主の血でシャツが朱に染りつつあった。それでも焦る事なく、ヤナビは矢那を抱えたまま、音もなくふわりと浮かび上がった。


「誠にこの世界、いやこの日本という国は、創造力の具現化への情熱が素晴らしい。マスターが目を覚ましたら、是非見せてあげたいものです」


 そして、全身に力を込めた。


「はぁああああ!」


 気合の叫びと共に、ヤナビの身体からは魔力が炎の様に燃え上がると、凄まじい衝撃と共に、ヤナビは南西の方角へと、彗星の如く飛び去っていったのだった。




 この日、矢那が通う高校は、新米教師が宿直で泊まっていた。


 新谷(しんたに) 米子(まいこ)、二十四歳。今年の四月に大学を卒業し、運よく地元高校の教員採用に受かった新卒教員だった。


 髪は茶色で、肩までの長さの髪は、毛先に少し猫っ毛のような天然パーマだった。


 瞳は普段から、やや鋭く、眉間に皺を寄せた顔を、本人は気に入っており、元気の余っている生徒達に対しては、態とらしく凄んで見せていた。


 何故なら彼女は、昔見たテレビドラマの熱血教師に憧れ、両親の反対を振り切り、夢を叶えたからだった。


 そこまで張り切っているのにも関わらず、彼女の生徒の中での渾名は、そのまま“新米ちゃん”だった。


「宿直って、案外暇よねぇ」


 既に午後三時を回ろうとしている時間だというのに、彼女は眠っていなかった。否、今だに一昨日の事が忘れられずに、何か起きないかと興奮して眠れていなかった。


 彼女は、世界の理が一昨日改変されたであろう事を、昔馴染みから聞かされていた。それまで、持たぬ者(ゼロ)の前では、一切扱うことのできなかった魔法やスキルが扱えるようになった事と、実際に目の前でゴーレムが暴れ出そうとしているのを、その目で見てしまえば信じる他ない。


「私の勘が、まだこの場所では何かが起きると言っているのよね」


 完全なる独り言であるが、気にせず彼女は机の上に置いてあるペットボトルのお茶を飲む。


 教頭は、彼女の宿直にはやんわりと反対したのだが、米子(まいこ)は頑として、それを受けれなかった。その理由は、何かが起きそうだからという“勘”であった。


 しかし、その勘に彼女は、過去の経験から自信を持っていた。


 一昨日、高校の屋上にゴーレムが召喚された時、授業の為に既に受け持ちの教室の教壇に立っていた。当然、自身の魔力探知に屋上のゴーレムが引っかかり、教室を飛び出し駆けつけた時には、ゴーレムは破壊されていた。


 まるで闇のように黒い、漆黒の騎士の手によってであった。


 米子(まいこ)は、屋上の更に上に浮遊しながら、漆黒の騎士と目があった気がした。お互いに顔を完全に覆い隠す仮面をつけているのにも関わらず、間違いなくそんな気がしたのだ。


 互いに戦闘態勢のまま、数秒経ったところで、漆黒の騎士側から突如として黒い煙幕が噴き出した。その結果、米子(まいこ)は漆黒の騎士とは、そこで分かれる出会いとなってしまった。


 だからこそ、米子(まいこ)は此処に居たのだ。


 その時に、そう遠くない未来に再会する様な予感があったのだから。


「ん? 誰か入ってきたわね」


 米子(まいこ)が、校内に施した侵入者を発見する索敵術式に反応があった。米子(まいこ)の術では、対象の詳細は分からなかったが、確実に対象が二人である事を、彼女に術式は伝えていた。


 カバンの中に予め用意していた組み立て式の槍を、素早く準備すると、米子(まいこ)は職員室へと向かって、忍び足で歩き出したのだった。




 深夜の校舎の硝子窓を丁寧に破壊し、そのまま矢那を抱えたまま侵入したヤナビは、生徒の住所データがあるであろう職員室に向かっていた。


 そこで、自身が探知系術式に感知された感覚に気付き、嘆息を吐きながらヤナビは呟いた。


「流石に、高校に索敵魔法が施されているとは、思いませんでした。一体、マスターの高校は、どうなっているのでかねぇ。本当に、普通の高校だったのか、疑いますね」


 富東 矢那の除き、少なくとも他にも共に異世界へと召喚された勇者達四人が、この高校には在籍している。しかし当人達は、その事を思い出していない。


 矢那を優しく背中に背負い直すしたヤナビは、矢那の記録から読み取っていた御楽(みらく) (るい)の担任教師である“新谷 米子”のデスクへと向かった。


 生徒の住所録などという個人情報を、紙媒体で保管しているかどうか等、ヤナビは知りもしなかった。


 思案した結果、(るい)の家を矢那が知らなかったのだから仕方がないと、色々ヘタレな主に対し嘆息しながら、鍵の掛かった米子(まいこ)の教職員用デスクの引き出しを、力尽くで引き出した。


 当然、小さくない音を立てながら、米子(まいこ)の机は、割と派手に破壊された。


「何してくれちゃってんのよぉおお!?」


 折角気配を消して、職員室の扉の前まで近づいてきた米子(まいこ)だったが、いきなり自分の机が破壊された為、思わず職員室の扉を乱暴に開き、ヤナビに向かって怒鳴ってしまっていた。


「……貴方は……丁度良かった。塁様の担任教師の新谷 米子先生ですね。隠れるのが上手ですね、新米先生?」


 事実、ヤナビは、米子(まいこ)がここまで近くに隠れていたとは見抜けていなかった。慣れない力の使い方に、気配を消している者まで未だ今の段階では、察知することが出来ていなかった。


 心の中で舌打ちしながらも、目の前で槍を構える米子(まいこ)に向かって、ご挨拶と言わんばかりに、嗤ってみせたのだった。


 そして、これが悪手だった。


 あまりにもヤナビ歪んだ笑顔に、 米子(まいこ)の背筋は寒くなり、目の前の不審者に対する警戒が最大へと引き上がった。そして、天の悪戯か、雨雲に隠れていた月が、雲の切れ目から顔を出した。


 米子(まいこ)の職員室の席は、窓際の席であった為、月明かりが矢那に当たり、米子(まいこ)の目が見開いた。


 死相が見える顔、ヤナビに背負われている状態でも分かる身体の傷、そしてよく見るとヤナビの着ていたシャツの赤い色は、背負っている矢那から流れでた血であると、気がついた。


「その子は……富東 矢那君……うちの生徒に……何をしたぁああ!」


「はい?」


 矢那は、米子(まいこ)の担任をしているクラスの生徒ではなかったが、彼女は顔と名前を記憶していた。


 着任してすぐに、全校生徒の名前と顔を彼女は記憶していた。


 何故なら、彼女は“生徒を絶対に守る熱血教師”に憧れていたからだ。


「吼えるは獅子の如く 穿つは水の如く 己の刃に命を重ねよ 【守護者(ガーディアン)】!」


 ブチ切れた米子(まいこ)の詠唱を聞いて、今度はヤナビが目を見開いた。


 ジャージ姿だった米子(まいこ)の身体が光だすと、周囲の魔素を取り込みながら、米子(まいこ)の身体が甲冑に覆われ、手に持っていた簡易槍も光り輝くと十字槍へと変化した。


 その姿、その覇気、その威圧感は、まさに鎧武者のツワモノのそれだった。


「全く……マスターの世界は、本当に“普通”の世界だったのですか?」


 異世界の住人である筈の女神の分体は、自身の世界を救った愛しの男が住む“普通の世界“について、呆れるように盛大に嘆息を吐いたのだった。


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