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道標

 東京都内の上空一万メートルに浮かぶ高高度飛空艇の内部で、けたたましく警戒音(アラーム)が鳴り響く。


 高高度飛空艇『天乃(アメノ)虚舟(ウツロノフネ)』は、リリス(伊武 珠緒)が創り出した張りぼての飛空艇である。


 珠緒の【画竜点睛】は、創り出すモノの内部構造を含めた立体的なイラストを術式に組み込まなければ、完全な形で発動させることが難しい。しかし、高高度飛空艇なんてものを、リリス(珠緒)が内部構造も含めたイラストを描くことは不可能であった。


 しかし、彼女は創りたかった。


 見てくれだけでも創った事に意味が有り、それはまさに彼女にとっての浪漫であった為である。ではどうして、張りぼての飛空艇が高高度まで飛行出来ているのか。それは、船体の内部から飛行能力のある創造(クリエイト)魔物(モンスター)が、力技で浮かしているだけであった。


 そんな『天乃(アメノ)虚舟(ウツロノフネ)』であったが、内部に設置されている魔導具は、本物の能力を有する物が数多く設置されており、これらもまたリリス(珠緒)の【画竜点睛】で創りだした、創造魔導具(クリエイトギア)であった。


 そしてその創造魔導具(クリエイトギア)の一つである広域魔力感知レーダーが、異常な魔力値を検知し、船内に警戒音を響かせた為、リリス(珠緒)は慌てて半球体の装置へと向かい、魔力測定箇所の座標を割り出した。


 そして座標位置の魔力を測定した数値を見た時、元々大きい瞳が更に見開いた。


「推定魔力値が、五十三万だと……って、そんなネタを現実に言えたことに、喜んでいる場合じゃないのよ!」


 実際は、リリス(珠緒)の作り出した魔力測定値機は、魔力を数値化する事には成功しておらず、魔力の大小を色で判別するのみの設計になっていた。そして、今この飛空艇の真下に示された光は、濁りなき白銀の光であり、同じ反応を示した人物をリリス(珠緒)は、一人だけ知っていた。


「正一……? いや、でも表記が未確認(unknown)……正一なら、名前が表記される筈だし、一体どういう事? 正一みたいな“化け物”が、他にも居るってことになるけど……くくく、それは痛快無比(つうかいむひ)! 貴様と直接相見える刻が、一刻(いっこく)千秋(せんしゅう)だ!」


 現職の内閣総理大臣であり自身の幼馴染、そして共に異世界で魔王と戦った戦友【勇者】狩川正一の事を思い浮かべると、自然と珠緒(リリス)は動揺が収まり、再び自分の中での格好良いキャラに成る事が出来た。


 敵同士として今は袂を別つ二人、というのもリリス(珠緒)を酔わせるのだが、何故そのシチュエーションに酔うのかは、認めたくなかった。


 男女が敵同士と成ることで萌える展開など、そこに愛があるからこそ成り立つという事を、断じて認めない天然ツンデレむっつり中二のリリス(珠緒)であった。


 リリスは直接見てはいなかったが、天乃(アメノ)虚舟(ウツロノフネ)が検知した魔力は、雨を切り裂くように天に昇る光となり、それはまるで光の矢のようで、そして龍のようでもあった。


 更にはそれを見た者を、不思議と魅了した。


 そして特に力のある者の瞳には、強烈に鮮烈な印象を残した。


 「綺麗……」


 富東 伽夜の瞳からは、一筋の涙が頬をつたって落ちた。


 天に昇るそれが、人かどうかも分からないのにも関わらず、彼女の心は激しく波打ち、酷く動揺していた。


 どうして涙が出たのかなど、一切として言葉で説明することは出来なかったのだ。


 ただただ、その光景に心打たれたのだった。


 


 東京ブルースカイタワーの頂上付近では、矢那と嗤う男の戦いの火蓋が切って落とされていた。


 高高度上空でリリス(珠緒)が、再びキャラを演じ始めた時、既に東京ブルースカイタワーの頂上付近では、矢那と嗤う男の火蓋が切って落とされていた。


 闇より深く暗い漆黒を纏う男と、光というより閃光と表すに等しい輝きを纏う男が、互いの刃を幾度となく重なり合わせ、その度に雷鳴と思えるような轟音を鳴り響かせていた。


 刹那の緩みも赦されぬ緊迫した空気の中、今は矢那の振るう大太刀に宿っているヤナビ(ナビゲーター)が冷静に、主人に告げる。


「マスター。何ですか、さっきの詠唱っぽい叫びは? これまで向こうの世界でスキル使用する際は、スキル名だけ口にしてましたよね? そもそもマスターは、“無詠唱”を取得してるんですから、スキル名すら言う必要なかったですよね? ねぇ、何でですか? 何でちょっと自分の事を“(われ)”とか言って、詠唱っぽい感じにしたんですか? ねぇ、ねぇ、何でですか、教え下さい、私のマスター」


 矢那の精神に、ヤナビから防御無視の貫通攻撃が放たれる。そして、見事に被弾。その隙を見逃す嗤う男でもなく、黒き稲妻が矢那を直撃した。


「ぐぁあああああ!?」


「マスター!? 大丈夫ですか!」


「お前のせいだぁああああ!」


 神火の鎧の中の肉体が焦げており、嫌な臭いが鼻についた矢那は、一度大きく嗤う男から距離をとった。


「もしかして、僕舐められてる?」


「舐めてませんぅ! むしろ、強敵どころかラスボス認定ですぅ! だけども、今の(黒き稲妻)をくらったのは、お前の力じゃなくて、うちの相方の精神攻撃のせいですぅ!」


「相方って、その喋ってる刀のことだよね?」


「はい、今の私は大太刀です。しかし、ある時は人型となり、マスターの性的思考を文字通り体現することで、欲望の限りを……」


「うるせぇ! 黙れ!」


「自分のスキルを使って、そういう事を致すとか……神をも畏れぬ男なんだね、君は……」


「やめろ! 変な空気になるだろうが! ただ……そうだな。後半のそれは同意だ。俺は神を畏れぬ男、“神成り”にして“神殺し”だからな」


 緩んだ空気を無理矢理軌道修正するかのように、矢那は鋭く嗤う男を睨みつけながら、両手に持つ大太刀の柄を強く握り締める。再び激烈な剣激戦になるかと思いきや、嗤う男の口が開いた。


「ねぇ、君、なんで人間みたいに振る舞えるの? 何で自我が保てているの? 何で、どうして……神核に取り込まれていないのさ」


「!?」


 嗤う男の顔が更に歪んだ笑顔を見せると、背筋にまるで百足でも這いずり回ったかと錯覚するほどの、酷い悪寒が矢那を襲う。


 此処から去りたい、逃げ出したい、そんな恐怖が矢那を襲う。そしてそれは死ぬことへの恐怖ではなく、何か心が狂っていくかの様な……


「マスター!」


 ヤナビの叫び声と共に、矢那は優しく誰かに抱きしめられていた。そして同時に左手に握っていたはずの大太刀が消えていた。


「……また勝手に、自分で形状変化(デフォルマシオン)しやがって。それに、何で格好がお姉さん系メイドなんだよ」


主人(マスター)を労るのは、やっぱり戦闘メイドでなければなりません……まだ、“死中求活”は使えませんか?」


 金髪ボブの美女メイドへと大太刀から形状変化(デフォルマシオン)したヤナビは、矢那を抱き締めながら耳元で呟いた。先程のわざと隙を作った際に受けた黒き稲妻で負った傷だけでは、“死中求活”の発動条件を満たしていなかった。


(るい)がいれば、もっと無茶して傷を負えるんだが、そんなこといっても意味ないしな。ギリギリでもう一度、奴の攻撃を受ける必要があるんだが……おいおいおい、あれはヤバいぞ!」


 嗤う男が手に持つ大太刀が、周りの夜さえも飲み込みそうなほどの闇を纏い始めていた。空間が揺らぎ、刃も存在が曖昧なものになり始め、視認するのも難しくなっていく。


「君がどこの誰かってのは、実はそれ程に興味がある訳じゃないんだけどさ。神の位階に昇っているのにも関わらず、人としての自我を持つ存在は、まさしく反則(チート)だよ。神気を感じないことから、大方は自分の神気を使って、この世界にやって来たんだろうけど。それはちょっと、公平(フェア)じゃないよね」


 嗤う男は浮かぶ高度を徐々に上昇し、矢那と街を完全に見下ろす位置を取った。


「改めてもう一度言おうか、君はここで退場だ。チーター(不正者)がいたんじゃ、ゲームは面白くないだろう?」


「ゲーム……だと?」


 軽口だと分かっているとしても、ただの煽り文句だと理解していたとしても、人には受け入れ難い言葉がある。目の前の不気味に嗤っている男の目的など、矢那は知りもしない。


 知りもしないが、気に食わない。


「神の気配を漂わせる奴が、ゲームって言葉を吐きやがった。これは、確定だな?」


「はい、マスター。これは確定です」


 互いに距離は百メートルほど離れている筈であるのに、不思議と矢那と嗤う男には互いの声がよく届いた。だからこそ、嗤う男は矢那の言葉にわざとらしく首を傾げて見せる。


 まるで、何か可笑しいことでもあったのかい、と言わんばかりに。


「クソ神確定っつったんだよぉおお! クソッタレがぁああ!」


「あぁ、知ってるよ!」


 矢那の咆哮に、嗤う男は笑って応えながら、大上段に振り上げた闇そのものと化した大太刀を振り下ろしたのだった。


「避けないよねぇええ!」


「あったり前だよコノヤロウ!」


 矢那に向かうは斬撃というより、黒き閃光といった方が近かった。魔力ではなく、嗤う男の神気そのものをレーザーの様に放射したのだった。自分の真下に広がる大都会を人質に取られ、避ける選択肢はなかった矢那の取れる行動は、受け止めるか跳ね返すかしかない。


 だからこそ、矢那は武装を解除した。


「は?」


 予想外の矢那の行動に、嗤う男は思いがけず間の抜けた声が漏れた。


 迫る死の閃光、自分が負ければ何万人が命を落とすというのか分からない。矢那と初対面で、彼の中に存在する神核を見破った嗤う男は、見事な観察眼を持っていると言える。しかし、ここで致命的な悪手を指してしまった。


 おそらく嗤う男が、もっと何か訳有りの様な態度や仕草をしていたら、更に上位の存在に操られている素振りを見せていたりしたら、矢那は決意しなかったかもしれない。


 矢那は、鈍感ではない。この世界において異世界での力と記憶が戻ってからというもの、他人に対しての自分の中の価値観が揺らいでいた。あれほど異世界で戦っていた時は、全てを守ろうと、その命をも天秤にかけるほどであったと言うのに。


 どこか、一線を引いている感覚。


 自分らしくない。


 しかし、それはもう覆ることのない感覚であり、あの誰かを守りたいという感覚が戻る事があるのかどうか、彼にしては珍しく諦めかけていた。


 今日とて、街中に偵察の為の火鼠や火鴉を放ち、獄炎の人形を用いて、湧いてくる魔物擬きを倒させた。それでもだ、心が熱くならなかった。何かが足りなかった、それが分からなかったのだ。


 しかし、今この瞬間に矢那の心は熱く燃え上がる。


 理不尽な存在による、無慈悲なまでの絶望の拡散。


 許せるのか、それを彼が許容出来るのか。そんなこと、彼が出来る筈もない。


 何故なら、彼はヒーローに憧れていたのだから。そして、目の前には疑う余地が無いほどの“悪役“がいる。


「ぬぅうあぁああ!」


 レーザービームとも言える閃光が、神火の鎧を消した生身の矢那の身体を焼き焦がす。先程の稲妻とは比べ物にならない程の傷を、一瞬にして与える。だからこそ、矢那は吼えるのだった。


「クソ神モドキ野郎! テメェを悪役認定だ! 知ってるか、“悪役“がいるってことは、”ヒーロー“もいるって事だよ! 今この刻 己の生きる道を切り開かん “死中求活(死地覚醒)”!」


  そして、ヒーローには相棒が必要と言わんばかりに、今度はヤナビが主人の代わりに叫ぶ。


「我が主は、これより天下無敵(筋力魔力激烈激増)にて完全無欠(全耐性適応)成り。

 その身は完全支配(能力完全制御)にて、神速(最速)に至る。これ即ち、神成り(限界無効)である」


 ヤナビの口上とともに、矢那の身体は創世(始まり)の火に包まれる。そして、そのまま嗤う男の放つ黒き閃光と、全く同じに見える閃光を突き出した両手から放つ。しかし、一点だけ異なる点があり、それは黒に対し矢那の閃光は黄金色だったのだ。


「マスター! ノリに付き合いましたが、洒落にならないダメージです! 後先考えずに、動くからですよ!」


「なこと分かってるんだよ! だがよ……あんな神気取りが楽しそうに嗤ってやがるのは、我慢ならんよな」


 異世界リンカークルは、他世界から流れてきた神の侵略により滅びを迎えようとしていた。瘴気は、人の心も身体も侵食する。


 クラスメートが召喚されそうになっていた止めようとして、自ら異世界へと渡った矢那と出会ったのは、人からも魔物からも殺される運命にあった巫女達。


「例え神だろうと、俺はそんな顔で嗤う奴は、大っ嫌いなんだよ!」


 矢那から、更に創世の炎が立ち登る。閃光の輝きは、矢那の心の燃え上がりとともに強さを増す。まるで暗闇の中でも道を見失わせない灯台の火のように、闇を祓ってみせると言わんばかりに、閃光は天に向かう。


「ヒーローか……君は、そういう“存在”だったんだね。なら確かに僕は“悪役”だよ。しかも、ラスボスと言っていい。だけれども、僕は自ら手を出すつもりはなかったんだよ? 絶望と希望がぐちゃぐちゃに混ぜ合わせられた世界を、ずっと眺めていたいから。僕は、それを手助けするだけだったんだよ」


 徐々に黄金の閃光が、黒の閃光を押し返し、自分の元へと近づいてくるというのに、嗤う男の顔は楽しそうに嗤っている。


「そうだ。ラスボスに固有名詞がないのも嫌だろう、ヒーロー。僕の人間だった頃の名は、レイジ。さて、ヒーローは、名乗りをあげるものだろう? 教えてくれよ、僕が悪役として直接(・・)対峙するヒーローの名を」


 既にお互いの閃光により、姿など見えない。しかし、明瞭に言葉が矢那に届く。嗤う男が名乗った“レイジ”という言葉に、目を細める。そして自分の自我を保つ為に、要石となった少女達の顔を自然と思い浮かべる。


「俺の名は、“ヤナ”。不撓不屈のヒーローだ」


「ヤナ……勇者の魂と混沌の邪神の神核が混ざり合った魂に、しかと刻んだよ! ヤナ! 君だけは、僕の世界には邪魔だよ! 僕の世界に、神などいらない! あるのは混沌だけでいい!」


「お前みたいなクソッタレの神など要らないという意見には、激しく同意だな。だから、クソ神もここで消えてゆけ!」


 ヤナが吼える。自分の存在を、この世界に示すように。


 レイジ(嗤う男)も吼える。自分の存在こそが、この世界を変える者であると示すように。


 互いの閃光が更に勢いを増すも、やはり黄金の光の天への歩みは止まらない。だが、それでもレイジの嗤う顔は変わらない。むしろ、更に歪んでいく。


「神気がほとんど感じられないということは、君は神力を封じられているのか、あえてそうしているのか。何れにせよ、僕を滅しきるには足りないね。だけど、この力は他の“悪役”達には荷が重いんだよねぇ」


 そう呟くレイジの手からは、いつの間にか大太刀が消えていたのだった。


「このまま押し切るぞ! ヤナビ!」


「勿論ですとも!」


 もしこのとき、レイジ(嗤う男)がヤナの首や頭といった急所に対し即死を狙ったのであれば、いくらレイジが隠形の術により大太刀を黒き閃光に紛らわしていたとしても、ヤナは自身のスキル“我死なず(即死無効)”により回避することが出来ただろう。


 しかし、黄金色の閃光の中から飛び出し、ヤナの腹に突き刺さった大太刀は、命を奪いに放たれたものでは無かった。


「マスター!?」


 背中まで突き抜けた闇を纏いし大太刀は、ヤナの身体に呪印を刻んで行く。腹から紋様が広がるにつれ、大太刀はヤナの身体に吸い込まれ、同時にヤナが纏う創世の火が消えていく。


「クソッタレが……相打ちの上に考え方も同じだったってのが……気にくわねぇな……」


 左手で貫かれた腹を押さえながらも、右腕だけで閃光を維持するが、自分の腹に大太刀が刺さった瞬間、同じ様にレイジ(嗤う男)へも確かにヤナの大太刀もまた到達した手応えを感じており、ヤナは苦痛に顔を歪めながらも微笑んだ。


「やってくれたね……まさか、神核の封印術なんて神術を知ってる上に、扱えるとはね」


 互いが腹に風穴を開けられ、口からは傷の深刻さを物語る大量の吐血。互いに力の封印を掛け合い、奇しくも左右逆の腕を相手に向けて閃光を維持する。


 死神の鎌が両者ともに首にかかる中、互いの存在を賭ける二人。


 一人は、神に至るも仲間の力で、“自分”を救われた者。


 一人は、仲間を救うため神と混ざり合い、“自分”を失った者。


 東京の空に轟く咆哮と共に、渾身の力を込めた閃光は、両者の決裂を表すが如く、夜空で盛大に爆ぜ、その衝撃が二人を飲み込んだ。


 レイジ(嗤う男)は、一番近くでかつ安全な頭上に滞空していた珠緒(リリス)天乃(アメノ)虚舟(ウツロノフネ)へと、最後の神気を使い転移した。


 そして、同様に吹き飛ばされたヤナは、最後の魔力を振り絞り、創世の火を創り出すと“形状変化(デフォルマシオン)を用いて、“ヤナビの身体”を創ったのだった。


「何をしているのですか! マスター! 私よりも、自分の身体を癒さなければ!」


 咄嗟にヤナが創世の火で作り出した“永久の(エターナル)献身(ボディ)”に、ヤナビを“接続(コネクト)”させると、完全に魔力を失い地上へと落下していく。


 魔力を失うと“死中求活(死地覚醒)”も効果を維持することが出来ず術が解け、身体強化系のスキルにより誤魔化していたダメージが、全て矢那の身に返ってくる。既に矢那の意識は無く、抱きしめるヤナビの身体に、僅かに伝わる心臓の鼓動は小さく、辛うじて彼が女神の元へと行くのを躊躇っている様だった。


「私の事など……たかが少し自我のあるスキルの事など、放っておけば良いのに……貴方と言う人は……」


 魔力を一時的だったとしても完全に封印されてしまえば、元がスキル“案内者(ナビゲーター)“であるヤナビは、存在が一時的と言えど消えてしまう。そして再び“案内者(ナビゲーター)”を発動したとして、“案内者(ナビゲーター)”が“ヤナビ”である確証を、矢那は得ることを出来ていなかった。


 だからこそ、自分の魔力により創り出した“永久の(エターナル)献身(ボディ)“を、バッテリー替わりにして自身の魔力が封印された状態でも、ヤナビが消えないようにしたのだった。


 しかし、その代償は決して小さく無かった。


「私をこっちに残して駄女神の元へなんて、許しませんよ。どんなことをしてでも、折角帰ってきた貴方の世界ですから、まだまだ共に過ごしたいのですよ。わかってますよね、私のマスター」


 溢れる涙は夜空へと吸い込まれるように、矢那とヤナビは大都会の光へと吸い込まれるように落ちていく。


 羽根が舞うかのように、ゆらりゆらりと落ちてゆき、やがて街の光の中へと溶け込んで、二人の姿は消えていった。

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