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本質

 燃える


 家が


 人が


 己が


 燃える



  深夜と言って差し支えのない時間帯に起きた、住宅街での大火災。住宅五棟が轟々と燃え上がり、尚もその炎は勢いを止めることはない。


 燃えている住宅は、外部のみが燃えていたため、幸にして住んでいる人間が屋外に出ることは容易だった。そして不幸にして、ソレが居た道路に玄関が向いていた住人は、外へと飛び出した瞬間に燃料と化した。


「あの馬鹿! いきなり燃えてるとか、意味がわからん! それに、あの護衛対象の女も何故に結界から飛び出してるんだ!」


 一月(いつき)は目の前に広がる惨状を前に、怒りで思わず手から放出する五本の水流の勢いが増し、燃えている家屋の一部を吹き飛ばしてしまっていた。


 一月は、襲撃者と思われる青年が放った火による火災を、水魔法を用いて火の勢いを弱めようとしていた。


「何なのだ、全く! 死にたがりの護衛者と死にたがりの護衛対象など、理解不能だ! 十三(とみ) 千乃(ちの)! あの馬鹿二人を……」


「彌太郎様が……バカ?」


「……あのアパートの防護結界から飛び出した馬鹿女を、ここから結界で火から護ることは出来るか?」


 彌太郎を愚か者呼ばわりしようとしたところで、千乃の深淵でも覗いていそうな虚な眼を向けられ、一月は思わず後退りしていた。


 そして若干引きながらも、一月はアパートの敷地外へと自分から飛び出したように見えた護衛対象に対し、結界内に閉じ込める事が可能か尋ねた。


「無理……閉じ込めたら、今度は火が結界を超えて中身が良く燃えちゃう」


「中も外もと、都合良くは行かないか」


「でも……問題無い。貴方が、アレを水で包んでしまえば良い」


「私は、周りの火事の対応に手が一杯だ。見れば分かるだろう」


「何故……依頼を優先しないの? エヴァ様のギルドへ依頼があったのは、尾藤 彩菜、華の護衛依頼。どうして、あなたは余所事をしていて働かないの?」


「は? 余所事って、こうしていないと火事が広が……」


 そこで一月(いつき)は声が出なくなっていた。千乃の目には、はっきりと侮蔑の色が見てとれた。


 要するに、千乃は一月(いつき)だけ依頼に対して動いていないと断じていたのだ。


 どれだけ周りの家が燃えようが、人がどれだけ燃えようが、今の自分達が優先すべきは、受諾した依頼の達成である。


 千乃自身は護衛対象の母親の方をアパートを含めて防御結界で護っており、規模と守護壁の強度からも、それ以外の術を同時に起動させるのは、骨が折れる。


 彌太郎は襲撃犯に接近し、おそらくこれから捕獲もしくは殺すのだろうと、千乃は考えている。


 では、一月(いつき)は何をしている?


 エヴァのギルドにとって、どうでも良い存在など気にかけてないで、優先順位を間違えるなと、千乃は暗に目で一月(いつき)を責めているのだ。だがそれを一月(いつき)は、理解出来ない。


 一月(いつき)は、先祖返り(リボーン)であり、素質も能力も高い。単なる目覚めし血脈(ブラッドライン)に対して限って言えば、一線を画す能力をもっている。


 しかし、彼は同時にとても“普通”だった。


「た……確かに依頼の二人を護衛するのは大事だが、今の現状を放っておいたら、周りの被害がどれほどのものになるか分からんのだぞ!?」


 今なお周辺の燃える家屋に対して、水を放射している一月(いつき)のその言葉を聞かされた千乃は、視線を彌太郎の方に向けた。そして右手でアパートの防護結界陣を維持したまま、左手で印を結ぶと、自分の影から二体の“鬼”を顕現させた。


 二体の異形の鬼は、見るものに畏れを抱かせる。


「【(さき)】、【(こう)】、尾藤 華をアパートの敷地内へと移動させなさい」


 千乃に【(さき)】と【(こう)】と呼ばれた鬼は、それぞれ頭部に生えている角と口からはみ出る牙さえ見えなければ、美女と美少女としか思えなかった。


 しかし、其々の纏う魔力は禍々しく、着飾る衣服は明らかに一般人というものではなく、物々しくも妖艶であり、鬼姫と呼ぶ方が相応しい風貌であった。


 二匹の鬼は主の命に従い、尾藤 (はな)に向かって駆け出した。今もなお降り続く火の牡丹を、(さき)は巨大な金棒で打ち砕き、(こう)は脇差で切り裂きながら突き進んだ。


 千乃の命を受けた際には無言で頷いただけであった二匹の鬼は、とての見目麗しい美しい顔からは、想像がつかない様な鬼の咆哮をあげながら、華に迫ったのだった。



 二匹の鬼の咆哮にいち早く次の行動に移ったのは、大炎(ひろお)であった。


 燃えかけの彌太郎に駆け寄った(はな)に向かって炎蛇の顔を近くで見せようとしていたが、二匹の鬼が(はな)に迫っているのを見て、右腕を鬼達に向けた。同時に、大炎(ひろお)の右腕の動きに合わせるように炎蛇が、鬼へと振り向いた。


 そして次の瞬間、何かが砕ける音が鳴り、それと同時に道路の上を大炎(ひろお)が吹き飛ばされた。(はな)は、誰がそれを行なったのか目で捉えていた。


 自分が駆け寄った男は確かに重傷だったはずで、右腕の指先から肩にかけて酷い火傷を負っていた。額には脂汗が大量に浮き出ており、顔は苦痛で歪んでいた。


 だからこそ、(はな)は近くで見たくなって、アパートに母親を残したまま飛び出してしまったのだから。


 しかし、目の前に蹲っていた重傷者は、大炎(ひろお)の注意が二匹の鬼に逸れた瞬間に、一瞬にして立ち上がり、そのまま地面を強く踏み込むと、まるでそこに竜巻でも発生させんばかりに身体を回転させ、その勢いで右脚を大炎(ひろお)の脇腹に叩き込んでいた。


 何もかもがゆっくりと動く世界で、(はな)は確かに大炎(ひろお)の声が聞こえたのだ。


 “逃げろ”


 大炎(ひろお)が声を発せられる時間など無かった筈なのに、(はな)には彼の声がしっかりと耳に残り、彼女は彼の言葉通りに行動しようとした。


 そして立ち上がり、大炎(ひろお)が吹き飛ばされた方向へと駆け出そうと、右脚を大きく踏み出した。地面を転がり傷だらけでうつ伏せになる彼の元へと、心の赴くままに、その一歩が前へと自身を運ぼうとした。


 彼女の記憶は、ここで唐突に終わりを告げることになるのだった。次に目覚めるその時、事の顛末を(はな)が知る機会が訪れるかどうかを知るものは、此処にはいない。


「どうなってんだ?」


 彌太郎は、訝し気味に呟いた。


 護衛の依頼対象となる尾藤 彩菜と華の親娘が住むアパートに対し炎蛇を放ち、周囲の家屋を牡丹の形状を模した炎で、火事を引き起こした男を蹴り飛ばした際に、護衛対象である尾藤 (はな)が心配そうに駆け寄ろうとした所を、彌太郎はしっかりと目にしていた。


 彌太郎は、千乃の魔力が色濃く見て取れた為、一目で二匹の鬼はこちら側の戦力だと判断し、気絶させた尾藤(はな)を任せた。


 背が高い方の鬼が彼女を肩に担ぐと、アパートの敷地内へと二匹とも歩いて行った。


 相変わらず、周囲の燃えるモノに対して水魔法を放水している一月(いつき)に、一瞬だけ目を向けた彌太郎だったが、嘆息を吐いた後はズボンのポケットから携帯端末を取り出すと、周囲が燃え盛るのも気にせず画面を操作していた。


「やっぱり依頼書には、護衛対象は二人とも“使えない”と書いてある。あの二人の関係はどうでも良いとして、内容が異なるのは気に食わないが……依頼なんて、そんなもんか」


 宿り木(ミスティルテイン)のホームページにログインし、マイページへとログインした彌太郎は、依頼内容を確認すると、多少苛立ちを感じながらポケットに携帯端末を戻した。


 焼け爛れた右腕の痛みに顔を顰めながらも、路上で血反吐を吐きながらも立ち上がる男に向かって、足を進めていく。


 消防車のサイレンが聞こえ始めており、近いうちにこの場所へと到着することを知らせていた。


「あんた……何……者?」


「無理して話さなくてもいい。さっきの手応えだと、言うまでもなく重傷でしょ。まぁ、それはお互い様って感じなんだけど。俺も、右腕こんなだし? 俺は護衛の依頼で此処に来たわけだけど、取り敢えず火をぶっ放したアンタを、こっちは敵と認定したわけ」


 軽い挨拶でもする気軽さで話しかける彌太郎だが、緋色の眼が自身の傷が浅くないことを示していた。しかし、それに呼応するかのように、彌太郎の身体の周りには緋色の魔力が、自身を護るかのように揺めき漂っていた。


 この世界には、突如として訪れる悲劇というものがある。


 無慈悲とも言えるソレとの出会いは、一瞬にして生への執着すらも手放し、死を受け入れる類のモノであり、大炎(ひろお)の前に立つソレは、正に彼にとっては絶望の形をした何かだった。


「アンタ、地道 大炎(ひろお)で合ってるよな? 依頼書に書いてある襲撃の可能性のある人物にある特徴と一致しているし、間違い無いだろうけど。取り敢えず、依頼書には書いていない部分で何か知らない事情があるみたいだけど……ここから、どうする? 俺としては、護衛の依頼が達成出来れば文句はないんだけど、オプションで襲撃者の拘束と殺害があって、それも出来たら報酬が上がるんだよね」


  「此処から……去る……と言ったら?」


「別に金欲しさに殺しはする気がないけど、拘束はありだと思ってるな。ただ、質問の答え次第じゃ、見逃しても良いとも思ってる」


「……質……問……?」


「アンタ、依頼書通りなら天真家の分家の次期当主様って奴なんだろ。でだ、ウチのギルドにも幾つか天真家関係の依頼が入ってんだよな」


 ひたひたと近づく足音は、まるで死神の死の宣告を聞かせるように、やけに大炎(ひろお)の耳に響く。身体は動けと警告を発する。


 この場から早く去れと、身体中が叫ぶ。


 しかし、そんな身体の救難信号は、目の前で自分を見下ろす男の前では、無意味だった。


 死神の大鎌が首にそっと当てられた感覚に晒された中、耳元で囁かれる。


「天真家で、何が起きたの?」


 ぞっとする程に冷たく、それでいて確かに籠る熱量。そして自分を覗き込む緋色の瞳は、一切の弛みなく命を刈り取る瞬間を探っていた。


 此処での応対の間違いは、自らの首を鎌に差し出すようなものであり、勿論それは大炎(ひろお)は理解している。この緋色の瞳の持ち主は、自分と同じで人を殺めることに躊躇がない人種だと、交わした言葉以上に、その瞳が雄弁に物語っていた。


  天真家に連なる者達にとっては、“縛り”が消えた事は重要だが、言ってみればそれだけのことである。おそらくは、今夜は至る場所で因縁、怨念、情念などといったモノが解き放たれ、争いが起こっている筈であるが、そもそも天真家に関係しているのであれば、この事を知らないはずがなかった。


 この質問が出ると言うことは、彌太郎が天真家に直接の関係者ではないことを暗に示しており、大炎(ひろお)にとっては目の前の男にその事を告げる事と、自身の命を同じ天秤に掛けるもの程の秘密ではない。


 決して、得難い情報ではないのだ。すぐにその筋の世界に生きるものであれば、耳に入る程度の情報である筈なのに、大炎(ひろお)の口は動かなかった。


 何が彼の口を閉ざしてしまっているのか、どんな理由があって天秤に釣り合うというのか。


「教えない……」


「そっか」


 理屈ではなかった。大炎(ひろお)を視る緋色の瞳は、(あまね)に仇なす者だと直感が訴えていた。これから自分が従うべき主に牙を向けるつもりなのだと、この時の大炎(ひろお)は感じてしまった。


 故に口が、喉が、意思が、敵の要求に応えようとしなかった。それが何れ分かる程度の情報だとしても、自分の口から敵に只々情報を渡す行為を、大炎(ひろお)が許せるはずなかったのだ。


 そしてこの選択は、大炎(ひろお)にとっての正解だとしても、彌太郎にとっての正解だとは限らない。


 彌太郎は目の前の襲撃犯が、昨日エヴァを瞳を見たときに感じた事と同じ想いを、自分の瞳を見て感じているとは思わなかった。


 “自分の目的の為には手段を選ばず、例え人から非道だと思われる行為であったとしても、その者にとっての正義であれば、簡単且つ作業的に人の命を奪える者の瞳”


 だからこそ、“普通”に襲撃犯の両脚を下段蹴りでへし折ったのだ。


 響く大炎(ひろお)の悲鳴に首を傾げるのは、その原因を作った彌太郎だった。


 彌太郎は大炎(ひろお)が悲鳴をあげる原因は分かっても、理由を理解する事が出来ないでいた。悲鳴をあげているのは、両脚を折られたことだということは明白だが、それで悲鳴などをあげてしまえば、次に起きる事など簡単に予測がつくのではないだろうかと。


「どうした!?」


 弱った自分の存在を周りに知らせるということは、自分の仲間の存在が無ければ、当然敵の仲間を呼び寄せることになるのだから。


 未だなお器用に周囲の燃える家屋に対して放水しながら、大炎(ひろお)の悲鳴を聞いた一月(いつき)が彌太郎の元へと駆け寄ってきた。


「取り敢えず動けないようにしておいたから、一月(いつき)か千乃かが魔法でも陰陽術でも良いから、拘束してくれるか」


「これは……お前……どういう事だ。拘束するというのなら、ここまでする必要があったのか!」


「はい?」


 一月(いつき)は、彌太郎の足元で倒れ込んでいる男を見ると、両膝あたりが曲がってはいけない向きになっているだけでなく、内臓を痛めているのか、吐血する量が尋常でない様子だった。感じる魔力も相当に弱々しく、端的に言えば“瀕死の重傷”にしか見えなかった。


 だから一月(いつき)は、襲撃者である筈の大炎(ひろお)を思わず心配してしまっていた。彌太郎が、この襲撃者を“殺してしまわないか”の心配を。


 一月(いつき)は、理解できない。明らかな過剰防衛とも言える事を、普通の顔で出来る彌太郎が。


 彌太郎は、呆れる。一月(いつき)の、“異常”な感覚に。


 そして、大炎(ひろお)は“普通”に次の行動に移った。


「へぇ、お前よりアイツの方が“普通”だったな」


「なんのことだ⁉︎」


 彌太郎は頭上を見ながら呟き、一月(いつき)は同じく頭上を見ながら彌太郎の言葉に大声で反応していた。


 大炎(ひろお)は折られた両脚に、小型の炎蛇を巻きつかせ無理矢理に固定すると、歯を食いしばり二階建てのアパートの倍ほどの高さまで跳躍していた。およそ普通の人間では到底無理な程の跳躍を可能にしているのは、魔法によるものだが、このままではすぐにまた落下してしまうだろう。


「また……来る……」


 アパートの自室のドア前で、母親と共に寝かされている(はな)を見て呟くと、両手を前に突き出し、ありったけの炎を放出したのだった。


 彌太郎と一月(いつき)は、大炎(ひろお)を追うことが出来なかった。大炎(ひろお)の両手から噴射された火炎からは同時に、先程周辺の家屋を燃やした牡丹の形をした炎も撒かれたからであった。


 再び舞い落ちる火の華は、闇夜を照らす。煌々と燃える炎を創り出し、鳴り響くサイレンの音は、やがてオーケストラの様に幾重にも重なりながら、炎の舞台に上がるのだった。




 大炎(ひろお)は、自宅の庭で倒れていた。内臓は損傷し、肋骨も数本折られ、両膝は無惨にも砕かれ、むしろこの状態で自宅まで戻って来れたことが奇跡だと思えた。


 実際に、自分がどうやって此処まで戻って来れたのか、記憶が曖昧であり、あれからどれほどの時間が経ったかも分からないでいた。


 あいからわず闇夜である事は変わらないことから、朝まで気絶していたということもなさそうであった。玄関まであと数メートルと言うところで倒れている自分の間抜けさに苛立ちながらも、震える膝に力を入れて立ち上がる。


 父親の地下部屋には、闇市場で仕入れた回復薬がある。今夜も一本懐に忍ばせていたが、彌太郎に蹴り飛ばされた際に瓶が割れてしまっていた。幸いその時に身体に回復薬が付着した為、重症ではあったものの致命傷に至らなかった。


「おかえりなさいませ、大炎(ひろお)様」


 玄関のドアノブを掴んだ所で、背後から耳障りの良く上品な声が聞こえ、即座に大炎(ひろお)は振り向き始めた。


 正面から背後へと視線を向ける動作に、どれほど時間がかかるというのか。刻の流れが変わったのかと思うほどに、緩慢な景色の流れの中で、不意に頭に過るのは心配そうに自分をみる女性だった。


 手を組んだという表現が正しいと大炎(ひろお)は考えていたが、一般的に見た彼女との関係は、きっともっと違う表現になっていただろう。今際の際の瞬間に脳裏に浮かぶということは、彼女は今の彼にとってどんな人物だったかは計り知れた。


(はな)……」


 そして、永遠とも思えるような緩く穏やかな刻の流れが終わり、彼の心臓もまた止まる。


 無慈悲で無感情に、そして非情に。


(はな)ですか。やはり貴方が、私の名を彩菜さんに伝えたのですね」


 傍目にみても枯れ木のように細い腕だったが、確実に青年の心臓を貫き、そのまま背中まで貫通させていた。


 老人は、既に別の者の血で汚れた格好をしていたが、この腕を引き抜けば、返り血でさらに汚れることは容易に想像できるが、構う事なく引き抜こうと力を入れた。


「……はて、心の臓は既に刻を止めていると言うのに、化けて出るには早すぎますよ」


 大炎(ひろお)の両手が、胸に突き刺さる腕を掴んでいたのだ。そして涼しい顔をしていた腕の持ち主の表情が曇った。大炎(ひろお)の両手から火が噴き出し、掴んだ腕を焼き始めたのだ。


「ここまで来ると、怨念の炎と言えそうですな」


 力尽くで振り解くと、大炎(ひろお)の身体は糸の切れた人形のように、その場に倒れ落ちた。そして血に染まる腕には、彼の手形が焼けついたのだった。そして、偶然か必然か、目が見開いた。


「何故、大炎(ひろお)様の居所が分かったか不思議ですか?」


 物言わぬ屍に顔を近づけ、優しい笑顔で告げる。


 ―――貴方達のことが、大嫌いだからですよーーー


 雨粒が頬に落ち、暗闇を一層と深くするように、空には雨雲が広がっていた。 


「おや、雨ですか。やっぱり、梅雨ですねぇ」


 帽子を深く被り直すと、先程まで使用人だった老人は歩き出した。


 まだ夜明け前の暗闇の路上を、血に染まる執事服で、彼はリズム良く足音を鳴らすのであった。


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