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趣味

 朝陽(あさひ)伽夜(かや)の二人は、両親と同じように仮面で顔を隠しているが、その仮面の下の素顔は母親譲りの美しい顔をしていた。


 朝陽は特に母親と似ており、女性に見間違われる事も多く、伽夜は目つきが父親譲りの鋭い瞳が特徴だったが、これもまた意志の強さを感じさせ、人を魅了していた。


 二卵性双生児の二人は、瓜二つということはなかったが、“美しい”という点においては、全く同じであった。


 そして共に、一つ歳上の兄が大好きだった。


 魔力を一切持たず、魔法を使えない兄、矢那の事を二人は尊敬していた。両親は、何も言わないが二人とも、兄である矢那と血の繋がりはないだろうと確信していた。


 これまで、この世界における“魔法”や“スキル”と呼ばれる特殊な力は、“持たぬ者(ゼロ)”の前では、殆どの場合は力を発揮する事が出来ず、能力によっては発動自体すらままならなかった。


  当然、朝陽(あさひ)伽夜(かや)は生まれながらの能力者“目覚めし血脈(ブラッドライン)”であり、物心ついた時には家の中で魔力を扱うことは、自然と出来ていた。


 しかしその頃には、両親から一般人と“矢那”の前では、魔法の力を使おうとしてはならないと、厳しく躾けられた。


 “お兄ちゃんは、魔法を使えないから、あっちゃんとかぐちゃんが使ってるとこ見たら、かわいそうじゃないかなぁ”


 実際には、持たぬ者(ゼロ)であった矢那の前では“魔法”は発動しなかったのだが、自分から見せないように教育することは大事であった。


 やがて成長するにつれ、この世界の(ことわり)について学べるようになると、自然と能力者として立ち振る舞いは学ぶ様になる。そして、更に二人は両親の知り合いの道場へと通うことになった。


 その道場は、目覚めし血脈(ブラッドライン)のみが通う場所であり、所謂能力訓練所の様な場所だった。当然、道場に通う結果として、より深く能力の事について触れれば触れるほどに、富東家において“矢那“という存在が、異質な存在として見えてしまう。


 だがしかし、朝陽と伽夜は両親に兄の出自に付いて尋ねたことは無かった。玄武と莉子もまた子供達に、矢那の出自について話すことはなかった。


 血の繋がりなど関係なく、矢那は“富東 矢那”であるからだ。


 成長するにつれ、朝陽と伽夜は能力者としての頭角を表し、高校進学を機に正式に八咫烏に入隊する事となった。


 丁度タイミング良く、八咫烏の中での組織改変があり、六番組を率いていた玄武が、自分の組に配属する様に七々扇(ななおうぎ)局長に願い出て、それが了承されたのだった。


 国の特務機関“八咫烏”に入隊して、二人は未だ一年余りだが、たかが一年されど一年。


 一般人の前での力の行使は出来ずとも、能力者同士ではその限りではない世界。表の住人が決して足を踏み入れる事のできない領域で、二人はこの一年余を過ごした結果、元々の素質の高さとも合間って、手練れと称するに相違ない力を付けていた。


 大太刀を模した魔導刀を扱い、猛烈果敢に斬り込む剣士、富東 朝陽。


 極寒の表情と言動とは裏腹に、人を癒す治癒士、富東 伽夜。


 互いが相手の弱さを補う二人は、対となって動く時において、強さは個の力を圧倒していた。そして、二人は強さを自覚し、自信を持っていた。


 そんな二人が目標にするのが、持たぬ者(ゼロ)の兄、富東 矢那だったのだ。


 兄はいつだって、二人のヒーローだった。


 たった一つ歳が違うだけであると言うのに、兄の姿は大きく見えた。


 今でも二人の脳裏に、色褪せる事なく焼き付く光景がある。


 “(ヒーロー)は絶対……倒れないぞ!……わるもんなんかに……倒れてなんかやるもんか!”


 少女を背に守り、ぼろぼろになりながら、暴漢を前に立ち塞がる幼い兄の姿だった。


 今も、過酷な戦いが予想される任務に向かう前に、二人は必ずと言っていいほどに、家の近くの公園へと足を運んでいる。


 自分達が今の仕事を自ら選んだ原点を、心に思い出させるために。


 だからこそ、例え矢那が持たぬ者(ゼロ)で、自分達と血の繋がりがなかったとしても、二人には全く関係の無いことであり、今でも自分達のあるべき姿の目標として、兄は存在していたのである。


 そして現在、二人の目の前には、背徳的な黒衣の看護服を見に纏い、薄暗い路地裏で淡い非常灯に照らされながら、雨に濡れている美少女がいた。


 二人は知らない。


 この“黒衣の天使”が、獄炎魔法を元に創られた所謂ゴーレムのようなものだということを。


 そしてそれを創ったのが、自分達の兄であると言うことを。


 それの造形は、ヤナビが主である矢那の嗜好を忠実に再現していると言うことを。


 街中にあと他に四十七体おり、それぞれが街の闇に蠢いているという事を。


 二人は知らない。


「貴方達は……何者?」


 普通に二人に対して話しかけてきた黒衣のナースに、二人は思わず身構えていた。目の前の人物の声を聞いただけで、二人は察してしまった。


 強い、と。




「どうした、ヤナビ。突然黙ったけど、何かトラブルか?」


  東京で一番高い場所へと、ビルからビルへと飛び移りながら移動していた矢那が、雑談していたヤナビが突然黙った為に、一度ビルの屋上で立ち止まり、ヤナビへと尋ねた。


「トラブルという訳ではないのですが、マスターの性的嗜好の結晶である黒衣の天使の一人に、これまた中二病っぽいラバースーツを着た二人に接触を図られました」


「待て待て待て、それ(性的嗜好)毎回言わないと気が済まないわけ? そんなん言ってて、もしも家族にそんなん知られたら、俺軽く死ねるぞ?」


「またまたぁ、自らフラグをたてるなんて、流石マスターは“建てる男(フラグマイスター)”ですね」


「喧しいわ。で、敵対行動を取られそうなのか?」


 うんざりした様な声を出しながらも、漆黒のフルフェイスの仮面の下では、眉間に皺を寄せていた。この世界には、元々自分達の知らない世界が存在しており、それが牙を剥くことは十分考えられた。


「どうでしょうか? 誰か聞いてみましたが、取り敢えず一歩引かれて身構えられましたね」


「そうか、いきなり戦闘を仕掛けてこないあたりは、相手もやはり慎重だな。まだ、俺の知らなかった世界……裏の世界の住人かも知れん。探りを入れながら、相手から情報を聞き出すのだ」


「マスター、思い出したかのように、その漆黒の騎士キャラに成らないで貰えます?」


 当然、ヤナビの小言など無視して、漆黒の騎士(ジェットブラック)は態とらしく高笑いしながら、再び夜の闇に向かって跳躍したのだった。




 割と気の抜けたやり取りを矢那とヤナビがしていたが、路地裏では洒落にならない緊迫感を保っていた。


「全身から魔力を感じると言うことは、貴方はエロい人ですか?」


「「……は?」」


 伽夜と黒衣の天使が、計ったかのように同時に声を発した。しかし、その声が持つ雰囲気は全く異なっていた。


 伽夜は、阿呆な言葉を発した自身の片割れに対し、盛大に額に青筋を立てていた。


 黒衣の天使に関しては、驚きながらも、若干面白そうな玩具を見ている様な目をしている。中身は、ヤナビが遠隔操作しているのだから、その反応も当然だった。


「そう……私は……エロい。でも、人じゃない……私は、創造主(マスター)に従う人形(ゴーレム)なのだから」


「美少女の上にエロく、その上にまるで人にしか見えないのに、ゴーレム属性だって……伽夜、今夜の俺は死亡フラグを建てたかもしれない」


 酷く真剣に、そして真面目な様子で呟く朝陽に対し、完全にゴミを見る目を向けている伽夜だったが、仮面でそれが伝わらないのが余計に頭に血が昇る要因となっていた。だからこそ、伽夜もまたミスを犯した。


「朝陽、後でお母さんに今のこと話しておくから、しっかり赤飯でも炊かれなさいよ」


「……鬼か?」


 母の莉子は、余りにも朝陽が女性関係に関して何も自分の前で話題にしない為、少しでも息子のこの様な話を聞くと、矢鱈と赤飯を炊こうとするのだが、流石にそれは朝陽としても嫌だった。


「あさひ……かや……朝陽……伽夜……?」


 二人には、この時の黒衣の天使(中身はヤナビ)の呟きは聞こえなかった。何故なら、この時呟いたのは、矢那と一緒にいるヤナビの本体の方だったからだ。


 この時、朝陽と伽夜が犯したミスとは、互いの名を呼んでしまった事だった。基本的に任務の時は、互いに本名で呼ぶことは無い。素性が相手に知られないようにする為だった。


 二人が装着しているフルフェイスの仮面にも、変声機能や仲間との会話用にイヤホンモードに変えられる機能を有している。この時も、当然二人は仮面の遮音機能により、自身の会話は黒衣の天使には聞こえていないと考えていた。


 だからこそ、油断してしまった。


 非日常の世界に身を置き、少なくない実戦を経験してきた二人だったが、それでもまだ一年余りの経験しかなかったのである。だからこそ、対峙するエロい相手が魔法による遮音でもない単なる機械的な遮音機能であれば、関係なく聞くことが出来るほどの“地獄耳”を有している可能性を失念していた。


 それでも呼び合ったのは、下の名前だけである為、並の相手であれば、ちょっとしたミスで収まるかも知れなかった。


 しかし、今の彼らが対峙しているエロい人の中身は、ヤナビなのである。


 兄である矢那のスキルを乗っ取ったとも言える、異世界の女神の分体。


「そう……貴方達、朝陽と伽夜っていう……名前なのね」


「な!? 声が聞かれた!?」


「この女、何かヤバいよ!?」


 粘り着くような笑顔を、黒衣の天使は二人に向けながら、二人の名を呼んだ。当然、このやり取りは矢那には内緒にしている。


 ネタであったとしても、マスターの性癖丸出し人形(ゴーレム)を兄弟に知られたとなっては、矢那のメンタルに特大の痛恨の一撃が防御貫通で入るとの判断である。


 そしてそれとは別に、単にそっちの方が面白そうと言うこともある。


「私は……マスターに忠実な人形……献身と奉仕の権化……」


 恍惚な表情を浮かべ、薄暗い路地裏でくるくると回り出す黒衣の天使。


「全てを主人に捧げる私の体に……触れていいのは……私の主人だけ」


 地面に突き刺した巨大な注射器を、顔を赤らめながら抱きしめる黒衣の天使は、挑発的な流し目を二人に向けるのだった。


「君を創った人は、変態なんだね」


「ど変態じゃない」


「そんなにマスターの事を褒められると……ますます火照っちゃうぅ」


「「褒めてない……」」


 予想の斜め上をいく変質者との遭遇に、完全にドン引きする二人だったが、次の瞬間そんな気持ちが吹き飛んだ。


「私のマスターの為に……貴方達の事……教えて?」


 首がかくんと音が聞こえたかのよう横に倒れたかと思うと、二人の背中が一気に冷える程の殺気を黒衣の天使より向けられたからだった。




「なぁ? 何か分かったか? その二人から」


 そろそろ矢那が、東京で一番高い建築物に辿り着こうとする時に、ヤナビに黒衣の天使と遭遇した二人について尋ねた。


「残念ながら、何も分かりませんでした。しかし、中々の手練れだったようで、尋問する前に逃げられてしまいましたね」


 全く揺らぎのない口調で、堂々とそう告げるヤナビだった。


「そうか、そりゃ残念だったが、また会うかも知れんしな」


「……そうですね。マスターなら、きっと会うこともあるでしょうね。なんて言ったって、“建てる男(フラグマイスター)”ですから、マスターは」


「しつこいわ。さて、いよいよ東京の天辺に着いたぞ。ここから、俺のこの世界でのヒーローとしての第一歩が始まるんだ」


 遥か上空にある頂きを見上げながら、矢那は決意を口にしたのだった。


 そして、そんな自分のマスターを見ながら、ヤナビは“マスターは可愛いなぁ”と歪んだ愛で見守るのだった。

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