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追跡

  東京都郊外のとある場所に向かって、年季の入った白色のセダンが走っていた。車内では煙草を吸いながら運転する中年が一人、相変わらずの目の隈が慢性的な寝不足を物語っている。時折ぼさぼさの頭を掻きながら、今朝のことを思い出していた。




「りっちゃん、おはよう」


 昨日から続く現場検証及び瓦礫撤去作業が進む国会議事堂で、丁度差し込む朝日に対して嫌そうに目細めている七々扇(ななおうぎ)律紀(りつき)は、掛けられた声のする方向に顔を向けた。


「うわぁ……今日は一段と増して、目の隈が酷いね」


「ケイ君……君はいつでも、しっかりキマってるなぁ」


 七々扇は昨日から同じように徹夜で動いている筈の院瀬見(いせみ)(けい)が、自分とは対照的に皺のないストライプ柄のスーツを見事に爽やかに着こなしているのを見て、半ば呆れるように呟いた。


「逆にりっちゃんは、いつ見てもヨレヨレぼろぼろだね。いい加減に、そのどっかのドラマの刑事が着てそうなコートやめなよ」


 七々扇はそんな院瀬見の言葉に対し、無言で胸元から煙草を取り出すと、堂々と吸い出した。


「それで隊員達の力は、今の状況においても対応出来てるかい?」


「今のところ魔力が暴走したとか、逆に弱まったとか言う報告は受けてないよ。昨日都内で化け物と応戦した際に、僕も含めてこれまでにないほどに力を発揮できていたし。それよりも何より、一般人の前でも力が使えたのに全員が驚いてたよ」


「だよねぇ……ほんと、どうなっちまったんだかねぇ、この世界は」


 目の前では、大型重機が瓦礫の撤去を行なっている。すでにあの瓦礫の中に生存者がいるかどうかは凛が昨日のうちに確認し、今も生きている者はいないことが分かっていた。その為、生存者を探しながら撤去を進める類の方法を取っていない。


「仏さんは、誰か分かる状態だったかい?」


「運良く身体が判別できる程度には潰されていなかった御遺体が数名、あとはこれから色々調べてからだね。高校生達は名簿があるから、割と早く分かるかも」


「運悪くテロに巻き込まれ死んでしまい、その中での運が良ければ……ね」


 吐き出す紫煙は優しい風に吹かれ、青い空へと溶けていく。昨日の朝と今日の朝、既にこの両者の間には決定的な境界が引かれている。もう昨日には戻れないことは分かっているが、それでも七々扇はコートのポケットに突っ込んでいる左手を固く握り締めた。


 院瀬見はいつも通りに見える七々扇の魔力の揺らぎが、内では猛々しく燃えていることを知っていた。


 四十二歳の七々扇(ななおうぎ)律紀(りつき)と二十八歳の院瀬見(いせみ)(けい)は、歳こそ離れているが特務機関【八咫烏(やたがらす)】に同じ年に入隊した同期である。配属が同じ隊だったことや、二人の趣味が同じだった事、そして『死兵舞踏会』や『猛き焔事変』等の事案で互いの背中を預け合い死戦を潜ったことにより、年齢の壁を超えて二人は互いを信頼していた。


 だから、院瀬見は知っている。


 七々扇は、能力者の犯罪者を特に赦さない。それは、怒りよりも憎むという感情に近い。そして、必ず犯人に辿り着き捕まえる。


 そして、七々扇は自覚している。


 固く握り締めた拳の中にあるのは、正義感などではないことを。


「ケイ君、さっき紫音君の意識が戻ったって連絡来たから、これから話聞いてきて貰えるかなぁ」


「元々、昼ぐらいには病院には行く予定だったから構わないよ。りっちゃんは、これから研究所だっけ?」


「そうだねぇ。彼処は空気が美味いけど、遠いのが面倒だね」


「ドライブを楽しんできなよ。でも、一人で良いの?」


「まぁ、大丈夫大丈夫。みんな忙しいし、現場で“碇草(いかりそう)”を使ってくるだけだからねぇ」


「まぁ、りっちゃんなら大丈夫だろうけど。今の状況での局長様の単独調査を、八咫烏(ヤタガラス)の参謀としては少し心配してるっとこかな」


 昨日から、この世界は変わってしまった。これまでの常識がどれ程通用するのか、全く通用しないのか未だ殆どの者達は分かっていない。七々扇程の男であれば単独調査でも問題ないと昨日までは判断してきた院瀬見も、これまで通りに考えて良いのか、見るからに迷いが見える表情を作っていた。


「心配ない心配ない。危なくなってもなんとかなるよ、きっと。どうやら十全に魔力を使えるみたいだし、大丈夫でしょ」


「確かにね。戦闘職でない僕でさえ万能感を感じているんだから、特にりっちゃんなんかは物凄く力が溢れているんだろうね」


「まぁねぇ、ただしそれは敵さんも一緒なんだけどもね」


 昨日国会議事堂が襲われた直後に、現場に駆けつけた七々扇はすぐさま“碇草”を発動させた。


 この時、七々扇は『国会議事堂を破壊した犯人』を『ターゲット』として設定し“碇草”を発動した。元の世界に戻ってきてからは殆ど見ることができなかった犯人の“魔力的証拠”を視る事が出来ると、この時に確信していたのは、空気中の魔素が酷く濃くなっているのを感じ、更にはそれらを身体が急速に取り込むことで、異世界に居た時と同じ感覚を取り戻していたからだった。


 結果、七々扇の“碇草”により国会議事堂襲撃犯であるリリス・シャリネア・ヴァオス及び天ヶ崎刀四郎への追跡ルートが淡く光る鎖によって示された。そして視界の淵に示された『犯人』の表示アイコン一つが、『伊武珠緒(偽名:リリス・シャリネア・ヴァオス)』と記されていた。


 以前に闇堕人(アビス)の現在分かっているメンバーのリストを見た時には狩川は特に何も言っていなかったが、国会議事堂でリリスと対峙した後から狩川はリリスを珠緒と呼び、リストの表記も伊武珠緒と修正されている。


「ただ、うちの首相(狩川正一)と国際的なテロリストの主要メンバーが幼馴染とか、勘弁してほしいなぁ。ホント」


 頭を掻きながら愚痴を溢すと、院瀬見はその呟きに反応するように苦笑した。溜息と紫煙を同時に吐き出すと院瀬見と別れ、暫く現場の様子を見た後に“名前のない研究所”に向かって車を走らせたのだった。




「いつもは電話一本で片してるけど、やっぱそれって遠いからだよねぇ」


 誰も返してくれない愚痴を垂れ流しながら、七々扇は新しい煙草を運転しながら胸元から取り出すと、指先から出した炎で煙草を何事もなく吸い始めた。


 エアコンをつけながら窓を開けるという燃費の悪い運転をしながら、そこには一切気を使うことなくドライブしている七々扇は、口では愚痴を言いながらも実際のところは、車内に吹き込む風を少し楽しんでいた。


 胸ポケットにしまっていた煙草の箱が空になる頃、既に景色は自然の風景を十分に堪能出来る程度の山道に入り込んでいた。既に舗装は無くなっており、車体は乱暴な程に揺れていた。


「さてと、そろそろな筈だけども」


 七々扇がそう呟くと、丁度目の前に見るからに古く見えるトンネルが現れた。そして七々扇はその入り口の前で車を停車させると、胸ポケットから特務機関【八咫烏】の身分証を取り出すと、フロントガラス越しにそれをトンネルの入り口の上部で輝く水晶に向けて見せた。


「しかし、趣味的というか浪漫というか、研究所の人間は凝り性だねぇ」


 水晶から身分証に向かって一筋の光が照射されると、トンネルの中から何かが動いているような音が漏れ出してきた。やがて音が聞こえなくなると、七々扇はアクセルを踏むと再び車を発進させた。そして二百メートル程走ったところから、突然古びたトンネルから近未来を思い浮かべさせる様な機械的な道に変化した。


「まぁ、偶に来るぐらいなら楽しいけどねぇ」


 行き止まりに辿り着くと、コインパーキングに似た駐車スペースがあり、そこに車を停車させた七々扇はハンドルに顎を乗せて次の仕掛けを待っていた。七々扇が大きな欠伸をした時、目の前の壁に設置してある水晶から光が目に向かって照射された結果、車を停車させていた場所がエレベーターで下降する様に、地下へと移動を始めたのだった。


 下降途中でいくつかの方向転換を行いながら、十数分そのままの状態でなすがままになっていると、ブザー音と共に機械音も止んだ。今度は音もなく目の前の壁だったところが観音開きになると七々扇はエンジンを掛けて、ゆっくりと車を発進させた。そして百メートル程進んだところに駐車場が現れ、空いているスペースに駐車すると、七々扇は煙草を灰皿代わりの空き缶にいれ、車から降りたのだった。


「どこもかしこも、人手が足りないねぇ」


 出入り口に向かいながら、七々扇は呟いた。二十台分の駐車スペースには、七々扇の白いセダンの他に大型のアメリカンバイクが駐車場一台分のスペースを堂々と使いながら止めてあり、七々扇の他に既に此処には誰か居ることを示していた。


 施設の入り口の自動ドアの上部に設置されている水晶に視線を向けると、今度は全身に光が照射された。そして数秒後に光の照射が止むと同時にドアが自動で開いたのだった。


「よう、遅かったじゃねぇか」


「鉄さんじゃないんでね、安全運転で来たらこれくらいの時間がかかって当たり前じゃありませんかねぇ。ここ、都心から遠いったらありゃしない」


 “名前の無い研究所”内に足を踏み入れた七々扇は、守衛室から煙草を吸いながら顔を出している雪ノ原鉄志(てつじ)に声をかけられ、頭を掻きながら若干疲れ顔で答えた。逆に雪ノ原は、豊富に蓄えた口髭と顎髭を触りながら、笑顔で七々扇を迎えていた。


 どっしりと言うべきか、がっしりと表現するか迷うほどに立派な身体に加え、剃った様に綺麗に禿げ上がっている頭は艶があり見事に光っている。見た目として七十を超えている歳には全く見えないほどに、若々しいエネルギッシュさが雪ノ原からは溢れており、やさぐれた中年男性のようにくたびれた七々扇とは、完全に正反対だった。


「相変わらず面倒くさそうな面してんなぁ、七々扇よ。どうせ、こんな山奥なんて誰も見てねぇんだ。お前のアレをぶっ放してこりゃ良いだろうが、せっかく人が譲ってやった自慢の一品だってのに、宝を持ち腐れさせやがって」


「譲ってやったって言ったって、鉄さん殆ど自前のバイクで出動してたじゃないっすか。しかも、乗るつもりがない癖に魔改造した車を私に押し付けただけでしょうに」


「おうおう、ほんの一年程会わないだけで大分と生意気になりやがったな! がっはっはっは!」


 少年のような屈託のない笑顔で豪快に笑うと、雪ノ原は灰皿に煙草を押し付けて火を消し、守衛室から出てきた。


「で、何処を視たいんだ?」


「そうですねぇ、先ずは所長室でしょうかね。そこで、紫音君が倒れていたそうですし」


 二人が所長室に向かって歩き出すと、七々扇は報告通りに全く戦闘痕がない廊下を眺めていた。以前に来た時と比べ、外観は何も変わっていない。しかし、これは今ただの箱でしかなかった。誰一人として、ここで活動する者がいない。聞こえるのは、やけに響く二人の足音のみだった。


「すみませんね。あちらも忙しいでしょうに。こっちの手伝いしてもらっちゃって、助かりましたわ」


「お前と正ちゃんに頼まれたら、断れんさ。うちの方は若いのが色々張り切って動いているから、俺は報告聞くだけだしな。それなら何処にいても一緒だ。どうせ、ここの守りだって念の為程度だろうしな」


「頼んでおいてなんですけども、確かに此処は昨日の今日で何か起きるとは考えてはおらんのですが、場所が場所だけに誰も守りを置かないってのは不安でして」


 罰が悪そうに頭を掻きながらエレベーターのボタンを押す七々扇の背中を、雪ノ原は廊下中に響く程に強く叩いた。


「……痛いっすよ?」


「お前は、背中が丸すぎんだよ! ったく、局長になって何年になったんだ。どっしりと胸張らんかい」


「柄じゃないんですがねぇ」


「昼行灯も良いが正ちゃんの事だ、これからお前ら八咫烏は公にするつもりだろ。張りぼてでも良いから、そんときゃ、きっちり格好つけんだぞ」


「はぁ……その辺は全部、うちの勇者様にお任せしたいんですがねぇ」


「あいつも全部は無理だろ。総理大臣に加え、この国の最高戦力であることをこれから内外に示さなきゃならん。でなければ、日本という国自体が無くなる可能性さえある。その為には……」


 所長室とプレートの付いた扉を開けながら、雪ノ原は言葉を続ける。


「お前は敵に喰らいつけ。決して逃すな、自由にさせるな、楽しませるな。怖れさせろ、警戒させろ、お前が何処までも追い続けると知らしめろ。今この世界に起きていることは、敵の仕業であることは明白だ。先手を取られるのは分かっている。それでもだ! 威嚇しろ! この日本は落ちないと! 落とさせないと!」


 所長室へと入っていきた七々扇の胸に拳を当てながら、雪ノ原は叫ぶ。己の想いを伝える為に、七々扇の気持ちを確認する為に。


「えぇ、分かってますよ。それに私は、彼奴らが大っ嫌いなんです」


 語気は強くもなく弱くもなく。感情を乗せるわけでもない、その言葉。子供が嫌いな食べ物を前にして駄々をこねる程度に聞こえる程の“大っ嫌い”。


 それでも瞳は、黒く闇に染まっている。黒き瞳に宿る烈火は、人に褒められるような炎ではないだろう。


 闇に溶け込む者達に辿り着くには、道標が必要だ。


 絡みつき決して解けぬ道標。


 一度閉じた瞳を、ゆっくりと再び開く。七々扇の視界に映るは、光の結晶。【犯人】が残した【物的証拠】は、七々扇に見つけてもらいたいと輝き出す。それは魔力残滓も同じ事。


「こんな世界になったからと言えば、皮肉が効いてるてなもんで。満ちる魔素は魔法行使の証拠である【魔力残滓】さえも長時間失わせない」


 光り輝く結晶に触れて回り、触れる数が増えるほど、特に誰かが残した術の魔力残滓に触れるほどに触れた右手は輝きを増す。


「さぁ、教えておくれ “碇草” 」


 七々扇の右腕から淡く光る鎖が伸びていった。そして視界の淵に示された『犯人』の表示アイコンには、見知った名前が表示されていた。


一筆(いっぴつ)奏雲(そううん)


 頭を掻きながら、自然にため息が出てしまう。


「先ずはこちらから、挨拶に伺いましょうかね」


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