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「何コレ? どういう状況? カオスすぎて引くんだけど」


 彌太郎の魔力が急速に高まった時、事務所で居ても立ってもいられなかったオルガと風神が、屋上に向かって事務所を同時に飛び出していた。すぐさま『銀狼(シルバーウルフ)』となった風神が瞬く間に階段を駆け上がった為に、オルガは風神(かぜかみ)に遅れて屋上の扉を開き、勢い良く外へと飛び出したときに、思わずそんな言葉を呟いていた。


 目の前に先ず飛び込んできたのは、血で赤く染まる床の上で自分も全身に血に浴びながらも、幸せそうな顔で踊っている千乃と、その光景を見て固まる一月(いつき)だった。


 そしてすぐさま頭上に魔力を感じ見上げると、出入り口の屋根の上でボロボロになりながらもどうにか立っている様に見えるルーカと、彼の背後に立つ彌太郎とその右腕を掴む風神(銀狼)だった。


 さらに彌太郎が明らかに重傷であるにも関わらず、魔力量や彼の放つ覇気が瀕死の者であるとは到底思えなかった為に、オルガは状況の整理が追いつかなかったのである。


「……力を緩めてはくれないのですかな?」


「……狼男の声がまさかのダンディーなイケボとか予想外だけど、そっちも俺の腕を握り潰したいって感じの力なんだけれども?」


 風神(銀狼)に掴まれている彌太郎の右腕からは、鳴っては行けないような骨の軋む音が漏れ聞こえている。しかし、彌太郎の右腕を抑えている風神(銀狼)の右腕は震え、右肩からは同じように関節から軋む音が聞こえていた。しかも、ルーカがその場から動くそぶりを見せようとすると、彌太郎の右腕は制止を振り切りルーカを貫こうとする為、背中越しではあるがルーカはそれを感じとり、迂闊に動けないでいた。


これ(・・)は、ギルドに加入した際の歓迎会の様なものでしてな……それにそろそろ、新副支部長殿もお昼をとりたいでしょう?」


「確かに、腹は減ってるが。歓迎会ねぇ……それにしては、殺気は本物だったんだけど」


「ルーカ君のギルマスへの惚れ具合もまた、かなりの本物でしてな……本気で相手を試すのもまた、ギルマスへの愛だと思っておるのでしょう。それに、新副支部長殿もこの辺にしておいた方がよろしいのでは?」


 彌太郎を見る風神(銀狼)の瞳が、あからさまに獲物を狩る者のそれに変わり、これみよがしに唸り声をあげ始めた。その様子に彌太郎は数秒の沈黙の後に、腕の力を抜いた。それと同時に風神(銀狼)もまた右腕の力を抜き『銀狼(シルバーウルフ)』を解いたのだった。


「これに懲りて、無闇矢鱈に新入りの腕試しを買って出るものではありませんよ、ルーカ君。そもそも君は、支援職なのですから」


「風神さん……俺は本気で、その男はこのギルドに牙を向けると思う。俺の勘が、そう言ってる」


「ルーカ君、君は取り敢えずギルメン全員にそう言って戦い始めてるでしょう。その時点で、君の“勘”とやらの信頼性は低いですよ」


 既に地面に腰を下ろして休んでいるルーカを見下ろしながら、風神は呆れながらルーカの勘を否定していた。


「まぁ、確かにそう言って、全員と手合わせしたわけだが……はぁ、その時はその時か」


 風神の言葉に苦笑しながらも、ルーカは一先ず言葉を飲み込んだ。そんな二人の会話を黙って聞いていた彌太郎だったが、一方で現状の自分の怪我の程度を確認していた。


 自身の魔力に混ざるエヴァの魔力残滓を感じ取り、それを排除しようとするもそれが出来る手応えがまるでなかったことから、青色眼(ブルー)状態においても“主従の契り”は破棄することが出来ないことが判明した。


「これ以上は、厳しいな……」


 彌太郎は今朝のエヴァとのやり取りの中で、緋色眼(スカーレット)を発動させているが、その時には主人として契約しているエヴァに対して攻撃を行うことは可能になっていた。しかし、更に身体に傷を負うことで発現させた青色瞳(ブルー)であっても、“主従の契り”の術自体を破棄できない事に落胆しながら溜息を吐いた彌太郎は、心の中である人物の顔を思い浮かべながら呟いていた。


「“痛み苦しむ者よ 汝に与えられし悲しみを 消し去らん”『慈愛の光(ヒール)』」


 詠唱と共に発動した回復魔法(ヒール)により、彌太郎の身体が徐々に癒えていく。そして、それと同時に魔力もまた身体から失われていくのだった。


「へぇ、近接戦闘特化の火力職だと思ったら、回復魔法も使えるんだな。ってことは、こっちの傷も頼めるかな」


「……悪い。あんたの傷は、もう俺には出来ない」


 ルーカの頼みに対しての彌太郎の答えは、『出来ない(・・・・)』であった。その答えに怪訝な表情を見せたルーカだったが、短めの息を吐くとすぐ横で立っている風神に顔を向けた。


「風神さん、後で支払うから“活性回復薬(ボーション)”くれるかい? 上着に入ってた俺の奴は、さっき叩きつけられた時に割れちまったみたいでさ」


活性回復薬(ボーション)の強化瓶が、割れるほどの衝撃で叩きつけられたのですか? それまた、派手にやり合いましたな」


「はは……控えめに言って、トラックに轢かれた方がマシといった感じかな」


 風神がルーカに上着から取り出した活性回復薬(ポーション)の入った小瓶を渡すと、ルーカは安堵した表情を見せながら中身を飲み干した。直後、ルーカの身体が優しい光に包まれ、当時に彼は目を閉じ瞑想を始めた。結果として、ルーカが彌太郎から受けた傷は、跡形もなく消えていったのだった。


「ちょっとぉ! 終わったんなら、さっさとそこから降りてきなさいよ! それにルーカと新副支部長の、えっと……ナントカ太郎! 屋上の床にぶち撒けた自分の血痕、全部綺麗に掃除しなしなさいよ! でも、三万円で代わりに私が綺麗にしてあげてもいいわよ?」


 オルガが屋上の出入り口部の屋根部分にいる三人に向かって叫び、特に彌太郎に対しては血痕で汚れた床を指さし、前半は怒鳴りつけながら叱り、後半はやや媚びるように床の清掃を提案していた。


「ナントカ太郎って……俺の名前は、時雨彌太郎だ。それで床の掃除だけど、こっちのルーカも同罪じゃね? しかも、掃除に三万とかぼったくりじゃん。それなら、自分でやるわって……ただ、なんかもう、綺麗になりそうな雰囲気だけど?」


「え?」


 彌太郎に対して清掃代を吹っ掛けようとしていたオルガだったが、彌太郎の言葉を聞いて振り返ると、千乃が既に右手で印を結び、空中に四縦五横の格子を描き終えていた。


「ちょ!? 待って!? 何する気!?」


「待ちま……せん」


 オルガが焦りながら千乃の術を止めに入ろうとするも既に遅く、千乃の言葉を合図にして左手に持つ呪符へと、床や服に付着していた彌太郎の血糊のみが吸い込まれていった。


「あぁあぁ……私のお金が……」


「いやいやいや、あの子が片付けなくても、金払わず自分で片付けたし」


「なんでよ! 副支部長でしょ! ギルメンに気前よく、色々理由付けてお金配ってよ!」


「それこそ何でだよ! 意味が分からんわ!」


 オルガと彌太郎が騒ぎ出したのを切っ掛けに、その場の雰囲気を支配していた緊張感が霧散した。彌太郎と千乃の狂気にあてられて動けなくなっていた一月(いつき)は、この時にやっと呪縛から身体が解放されていたが、すぐさま再び固まる事になってしまう。


「けひ」


 皆が騒ぐオルガと彌太郎に目を向ける中で、千乃は嗤っていた。目も口もまるで欠けた月のようになりながら、嬉しそうに彌太郎の血糊を吸い取った呪符に頬擦りをしていたのだ。


「あの方の魔力を纏う血……ふひひひ……これでいつでもお側にあの方を感じることが……けひひひ……あれ?」


「ひぃ!?」


 千乃に唐突に顔を向けられた一月(いつき)は、思わず後ずさってしまっていた。


「今の……聞いてました?」


 光を全て飲み込む様な漆黒の瞳を向けられ、まさに蛇に睨まれた蛙の如く、一月(いつき)は指先一つ恐怖で動けなかった。


「聞いて……」


「ない! 何も聞いていないし、見てもいない! あ! そうだ! まだ説明の途中だったじゃないか! 事務所に戻るぞ! ほら! おい! 時雨彌太郎! 戻って説明の続きを……いや、もう昼過ぎだったな! ラーメン食べに行こう! ほら! 案内してやる! 早く行こう!」


 一月(いつき)は、無理矢理に千乃から顔を背けると、彌太郎に向かって叫んだのだった。一刻も早く、今も背後で怖い嗤い声が聞こえる千乃から離れるために。


 結果として、ビルの一階に入っているラーメン屋『津幡屋(つばたや)』に千乃も付いてきたため、しばらく寒気が引かない一月(いつき)であった。



「へぇ、旨いな」


 こってりトンコツセットを頼んだ彌太郎は、一口頬張ると自然とラーメンに対する賛辞を呟いていた。一緒に食べにきていた一月(いつき)と千乃は、また別の昼のサービスセットを頼んでいたが、同じように幸せそうな表情を見せていた。


 オルガ、風神、ルーカは同席することなく事務所を後にしていた為、津幡屋へとやって来たのは彌太郎と世話係を言いつけられた一月(いつき)と千乃だけだった。他の面々は用事を理由に断っていたが、千乃の顔を見て他のメンバーが一斉に顔を背けたことを、一月(いつき)はしっかり見ていた。


 そんな気分がどん底にあった一月(いつき)であったが、津幡屋のラーメンはそんな気分すら一時的に忘れさせるほどに旨かった。ラーメンが席に届くまでの時間は、上機嫌な千乃の雰囲気に気圧され、彌太郎も同じく沈黙する他なかったのだが。そしてラーメンが届けば、今度はあまりの美味さに食べることに没頭する三人であった。


 結果として、食べ終わり会計を各々で済ませた後、再び事務所に戻るまでの間、会話は一切なかったのである。


「さてと、途中色々と邪魔が入り、ギルドの説明が中断したが、残りを済ませてしまおう。幸いかどうかわからんが、十三(とみ)千乃があの調子だ。今度は、こちらの説明に割って入ることもないだろうしな」


 千乃は事務所に戻ってからも、彌太郎の血痕を回収した呪符に頬擦りをしたり匂いを嗅いだり、時に舐めたりしながら、終始だらしない顔で時折気持ち悪い笑い声を漏らしていた。


「けひ」


「……他の人達は、戻ってきてないな」


 彌太郎も千乃のことを無理矢理に思考から除外すると、事務所に自分達しかいないことを確認しながら呟いた。


「基本的にここに住まいがある軟派男(ルーカ)散財金欠女(オルガ)以外は、用がある時以外は事務所には顔を出さない。いつエヴァ様がいらしても良いように、私は基本的に事務所に常駐しているが、他のメンバーは特段の用事がなければ、事務所に長時間留まることも少ないな」


 一月(いつき)は自分が一番エヴァを敬愛しているとアピールしながらも、デスクのパソコンの画面を開くと表示パネルに掌を乗せた。その様子を見ていた彌太郎が不思議そうにその光景を眺めていることに気付くと、一月(いつき)は得意そうな顔を彌太郎に向けながら、魔力を掌へと集中し始めた。


「お……おぉお……凄いな。手が画面の中に……これ、魔導具なのか?」


「これはエヴァ様の魔術であり、これ自体はなんでもない只のパソコンだ。ギルドメンバーの証を持つものが、この事務所に設置してある自分のパソコンの画面に触れた状態で魔力を込める事で、本人認証を行っている」


 一月(いつき)が画面の中に入り込んでいた右腕を引き抜くと、パソコンの電源が入った。


「ギルドの紋章と本人の魔力による、二重の認証システムを魔術で構築しているのか」


「先ずは、さっさと登録を済ませてしまうんだな」


 横並びに並んでいるデスクトップ型のパソコンのひとつを指さした一月(いつき)の目は、先ほど自分がしたことと同じようにしろと言っていた。しかし彌太郎は、すぐには動かなかった。


「どうした。その画面に手を付けて、魔力を注ぐだけで良いんだ。さっさとしてくれ、説明が先に進まん」


「……魔力か……さっき見せてもらったくらいの魔力は、必要なんだな?」


「ん? まぁ、そうだな。多少魔力を掌に溜める程度で、登録もその後の認証も十分だが、それがどうかしたのか?」


 一月(いつき)が彌太郎の問いかけに、眉を顰めながらも答えるが、彌太郎は一月(いつき)からの問いには答えず口を閉じたままだった。


 現状の自分の置かれている状況を鑑みながら、どうすべきか。どこまで自分の持つ特性について、宿り木(ミスティルテイン)のギルドメンバーに対して開示するのか。


 おそらく自分の固有スキル(ユニーク)について、ある程度予測されているのは、現在の所はエヴァだけだろうと彌太郎は考えていた。先程のルーカと一戦交えた際も、見抜かれたような素振りを周りが見せていなかった為である。


 死にかけていたところを助けられた時、ギルドに加入するかどうか選択を迫られた時、どちらも彌太郎にに選択の余地はなかった。生きるためには、最善でなくとも悪手だけは避けねばならなかった。しかし、今の状況はその時とは異なる。自ら、選択出来る状況にある。


 数秒の逡巡、その結果として彌太郎は表情を変えずに、口を閉じたままで舌を噛んだのだった。


「それくらいの魔力で十分だろう。そのまま少し待てば……今、画面に映し出されたのが、新規メンバーの登録画面だ。必要事項を打ち込めば、それでとりあえず完了だ。ちなみに今お前が見ている画面は、本人しか見えないから安心して、個人情報を打ち込むんだな」


 一月(いつき)はログインの手本を見せた後は、彌太郎の後にあるデスクにもたれながら立っている為、彌太郎の表情が曇ったことを見ることができない。その為、普通に彌太郎がパソコンに魔力を注いだと思っているし、その事自体に気にも止めていない。先程屋上で見せられた魔力量から、普段は魔力を抑えているか隠しているのだろうと、一月(いつき)が理解した為だった。


 表情を変えずに彌太郎は、画面に映し出されている『宿り木(ミスティルテイン)メンバーマイページ登録』の記入欄を見ていた。


 口にたまる血を飲み込みながら、こんな尖った能力を発現させた自分に腹を立てつつ、記入に対して考えるフリをしながら、左手を口元に当てると小声で詠唱し舌を治癒してから、一月(いつき)の方に振り向いたのだった。


「ログイン方法がファンタジーな感じなのに、結果やってることはどっかのサイト登録まんまだな」


「セキュリティーが重要なんだ。中身に関しては、分かりやすさが一番だ。能力の記入欄に関しては、ある程度の情報は書いておくんだな。本部の人間がそれを元に、個別の指定依頼を出してくることもなくはないからな」


「能力ねぇ……何も書かないとどうなる?」


「記入するまで、本部から催促の電話がひたすら直でかかってくるぞ。あれは、結構面倒でしつこいからな……詳細は書く必要はないから、身体強化系だとか魔術系統だとかだけでも一先ず書くことを私は薦める」


  一月(いつき)が苦虫を噛んだような表情を見せたため、彌太郎は溜息を吐きながらもキーボードを叩き、『身体強化魔法』と記入したのだった。


「必要事項が書き終わり無事に登録が完了すれば、お前のマイページが開くはずだ」


 登録の完了ボタンをクリックすると、画面が切り替わり“審査中”の文字以外は真っ白となった。


「すぐ終わるのか、これ(審査)


「問題なく記入していれば、それほど時間はかからず終わるらしい、本当かどうか私は知らんが」


 登録に躓いたらしい一月(いつき)に聞いたことを後悔し、あえて視界にいれていなかった千乃に聞こうかどうか迷っている内に、突然ファンファーレが鳴ると、画面が切り替わっていた。


「今のファンファーレは……」


「本部のサイト管理者の趣味らしい。少なくとも、エヴァ様の趣味ではない」


「何故だか胡散臭さが増したわ……ん?」


 マイページの【メールボックス】と表記されているアイコンに、分かりやすく“!”マークが赤く存在感を示していた。主張通りにメールボックスのアイコンをクリックすると、二通の新着メールが届いていた。


『本部事務局』から届いていたメールの件名は、“登録完了のお知らせ”だった。


 そしてもう一通のメールは、『ギルドマスター(エヴァ)』からのものであり、件名を見ただけで彌太郎は眉間に皺を寄せたのだった。



 “件名『想い人の探し方』”



 彌太郎は、その件名を睨みながらも、ギルマスからの新着メールを開封したのだった。


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