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もしおばあさんが桃を見送ったら

作者: 廉玉タマ

桃から人が出てくるって、怖くね?

 昔々、おじいさんとおばあさんがいました。

 おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。


 おばあさんが川で洗濯をしていると、川上の方から、どんぶらこ、どんぶらこ、といくつか桃が流れてきました。


 丁度おばあさんの目の前にも桃が流れて来たので、おばあさんは桃を掬い上げ、これはありがたいと食べてみることにしました。


 おばあさんが桃を一口食べてみると、そのなんとおいしいことでしょう。ほのかな甘みとトロリとした優しい食感に、おばあさんは洗濯物も忘れて夢中になって頬張り、とうとう一つまるまる食べてしまいました。


 しかし、全てを食べてしまっておばあさんははっとしました。おじいさんは今も芝刈りをしています。そんな頑張っているおじいさんのことを忘れて、洗濯を放り出して桃を全て食べてしまった自分の振る舞いが何だか申し訳なくて、おばあさんは何とかもう一度桃を手に入れることができないかと途方にくれました。


 そして、「桃や、桃はおらんかね」と呟くように川に向かって語り掛けました。すると、なんという事でしょう。川上の方から、おばあさんが両手で抱えても足りないほどの桃が流れて来たではありませんか。


 おばあさんは、喜び勇んでこれを取りに行こうとしましたが、ふと思いました。先ほど食べた桃は確かに美味かった。だが、あの桃はどうなのか、と。

 例えば、おじいさんが昔取ってきた兎は柔らかい肉でしたが、イノシシは硬いうえに臭い肉でした。大きいというのはつまるところそれだけ重量があるということで、その重量を支えるためにはある程度の硬さが必要です。しかし、見たところあのすさまじい重量がありそうな桃には潰れたところもへしゃげたところもありません。それは、桃が硬いという証拠ではないか、と考えたのです。


 ほのかな甘みを持つ実は魅力的ですが、それだけなら家の近くに柿の木だってあります。果たして川を分け入って入る手間をかけてまで取りに行くことが正しいのでしょうか。


 そう考えると、また、ふと思いついたことがありました。それは、自分が桃を運ぶことができるか、という事でした。桃は大きく、重量がありそうです。この桃を運ぶとなると、おばあさんの力では一苦労です。川から家の距離もそこそこあり、もしも運んだなら、疲れ果ててしまう事は間違いなく、もしかしたら怪我をしてしまうかもしれません。


 おばあさんは、桃を見送ることにしました。そもそも、おばあさんは桃を取りに来たのではありません。洗濯に来たのです。ここで桃を持ち帰ると決めたなら、洗濯物は中断することになるでしょう。よく考えてみれば、それこそおじいさんへの不義理となってしまう。


 そう自分を納得させたおばあさんは、静かに桃を見送りました。


 その後、おばあさんは芝刈りから帰ってきたおじいさんにおいしい桃を食べたこと、そして、その後に大きな桃が流れてきたことを話しました。

 おじいさんは美味しい桃を食べることができなかったことを大層残念がりましたが、おばあさんの体が大事だからと大きな桃を持って帰らなかったことは特に気にしませんでした。


 そして、桃の実が流れて来たならば、桃の木が山にあるはずだから、探しに行ってみよう、とおばあさんを誘いました。

 おばあさんは山に分け入るなんて初めてだからとてもいけないと断ろうとしましたが、おじいさんの一緒に桃を見つけて食べたいという思いに負けてとうとう一緒に行くことにしました。


 しかし、最初に桃を持ってくることができず、また桃の木を探すためにまたおじいさんに迷惑をかけることに、おばあさんは我慢ができませんでした。

 おばあさんは、村の狩人や物知りな長老に山の知識を聞きに行きました。


 おばあさんの突然の訪問に皆驚きましたが、話を聞くと皆快く話をしてくれました。

 そして、次の日おじいさんとおばあさんは連れだって山に向かいました。山の中は木々のさざめきが聞こえ、鳥の声やどこかで鹿がなく声が聞こえました。その山の様子は穏やかで、おじいさんとおばあさんはまるで初めて出会った時のような新鮮な気持ちで山歩きを楽しみました。

 しかし、結局その日は桃の木は見つかりませんでした。


 その日から、おばあさんは洗濯の後に積極的に狩人や長老のところに足を運び、あるいは自分で山に足を運んだり、時々村に来る旅商人から話を聞くようになりました。

 おじいさんも、芝刈りを早めに切り上げて野山を駆け巡り、桃がありそうな場所を探して駆け回りました。


 そんな生活をしておりますと、おじいさんとおばあさんの体には変化が訪れ始めました。野山を駆け巡り、また山菜などの山の幸を積極的に採取できるようになったからでしょう。元々芝刈りで鍛えられていたおじいさんは更に体に筋肉が付き、なんだか顔も精悍になっていきました。おばあさんも、曲がりかけていた腰がしゃんと伸び、顔のしわも幾分か薄れていました。


 そしてそんな折、おじいさんがおばあさんにこう言いました。


「もう一度、桃の木を探しに行かないか?」


 おばあさんは二つ返事で了承しました。もう、足手まといにはならないという強い決意を込めて頷いたのです。

 そして翌日、おじいさんとおばあさんは山へと向かいました。そこは、危ないからと狩人たちに行くのを止められていた場所でした。しかし、おじいさんは山中を駆け回り、桃の木があるならここしかないと考えたのです。


 おばあさんも、おじいさんを信じて後に続きました。崖のあるところでは丈夫なツルを見つけて縄代わりにしたり、熊やイノシシの跡を見つけて獣に襲われないようにおじいさんに助言したりしました。

 そして日もくれようという時、とうとう二人は大きな桃の木を見つけました。それはとても大きな木で、そこには山のように桃が実っていました。

 おじいさんとおばあさんは喜び勇んで桃を口に含みます。それは甘くてトロリとした、おばあさんが昔食べた桃でした。おじいさんと一緒に桃を食べることができた喜びに、おばあさんは涙を流しました。


 そんなおばあさんをおじいさんは抱き寄せ、そしてその日はそこで休むことにしました。

 桃のことを嬉しそうに語り、いじましく照れるおばあさんに、近頃の生活で若々しさを取り戻したおじいさんは我慢ができませんでした。おじいさんとおばあさんは、ここが山中であることを忘れて燃え上がりました。


 翌日、心配する村人たちの前に、山に分け入る時よりもさらに仲睦まじい様子のおじいさんとおばあさんが、たくさんの桃を抱えて姿を見せました。村人たちは喜び、そして、桃を持ってきてくれた二人に感謝の言葉を告げました。


 山へ分け入って桃を食べてしばらく後、おばあさんはいつものように洗濯に行こうとしましたが、何やら様子が違います。体が何となく気だるく感じるのです。

 その様子に気付いたおじいさんは、気にしないでほしいというおばあさんをすぐにお医者様のところへと連れて行きました。

 すると、お医者様は、すぐにおばあさんの体に新しい命が宿っていることを教えてくれました。


 それはなんとうれしいことだったでしょう。子どものいなかったおじいさんとおばあさんはとても喜びました。

 しかし、その喜びもつかの間、おばあさんはこんなことを考えました。生まれる子供と一緒に、三人であの場所で桃を食べたい。と。


 しかし、自分が産んだ子供が大きくなるまでどれほどの時間がいるでしょう。子供が生まれる頃には、自分の体も大層衰えているに違いありません。ただでさえ歳をとった自分が、子供が山歩きをできるほどに成長するまでに山歩きができるくらいの力を残していられるのか、おばあさんには自信がありませんでした。


 そこで、おばあさんは狩人に頼んで、子犬を一匹貰ってきました。成長して猟犬となれば、山の中でも私達を守ってくれるだろう。そう思ったのです。


 そんなおばあさんの心配はよそに、おなかはどんどん大きくなり、とうとうかわいらしい男の子が生まれました。おじいさんとおばあさんは、桃の木の下で授かった子供なので「ももたろう」と名付けました。


 桃太郎と犬はまるで兄弟のようにすくすく育ち、おじいさん、おばあさんと一緒に山を駆けまわって過ごしました。犬と一緒に過ごしたからか、桃太郎は動物にとても親しみを持っていました。そのため、群れから追い出された子ザルやら、親の分からぬキジの卵やらを拾ってきては、餌をやったり、温めたりして慈しみました。


 桃太郎が成長し、犬、猿、キジも立派な姿となった頃、村の方では恐ろしい鬼のうわさが聞こえてきました。その噂を聞いて、桃太郎はいてもたってもいられなくなり、おじいさんおばあさんにこう言いました。


「おら、鬼退治に行ってくる」


 おじいさんとおばあさんは止めましたが、かたや桃が川から流れて来たというだけでどこにあるともしれない桃を探し続けたおじいさん、こなた桃をおじいさんと一緒に探すために村中を巻き込んでどうすればいいのかを相談したおばあさん。行動力と鉄の意志だけは人一倍の夫婦ですから、これも親譲りかと、とうとう桃太郎が旅立つのを認めました。


 そうして、旅に出た桃太郎は、おじいさんに鍛えられた体とおばあさんから受け継いだ山の知識を元に、時に正々堂々と戦い、時に奇襲を仕掛け、とうとう鬼の頭目を討ち果たし、無事に鬼退治を成功させたということです。


          めでたし めでたし



元々の話だと、桃太郎は、桃を食べて若返ったおじいさんとおばあさんの実の息子らしい。

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