いもけんぴのいもケン
今日は本当に最高のライブだった。テンポがずれることもなかったし、終盤息切れしてしまうこともなかった。
家に帰ったらこの気分が終わってしまいそうな気がして、最寄駅の2つ前で降りた。
降りたことのない駅だった。ちょうどよかった。もし普段使ってる駅だったら、日常に引き戻されてしまうところだった。
鏡を見なくても自分の頬が紅潮していることがわかる。仲間たちの2次会の誘いを断ったのは、この幸せな気分に一人静かに浸りたかったからだ。
いもケンがボーカルを務めるバンド、えもいピンクは、七夕の日のライブで、大成功を収めたのだった。
ハコはいっぱいになったし、友達の友達の、そのまた友達まで来てくれたのだった。まさに芋づる式に、集客できたのだ。
ライブの途中、ハプニングもあったが、それも嬉しいハプニングであった。
それは、ライブ開始から2時間ばかり経ち、会場があたたまってきた頃に起こった。
フロアの端から焦げ臭い匂いがして、いもケンの頭には火事ではないかと不安がよぎった。だが、何が起こっているか理解できると、いもケンは安心してまたマイクを握ることができた。
焦げ臭い匂いは、盛り上がり過ぎた一部の芋が自然発火、焼き芋と化したことによるものだったのだ。
あの、あいもんのライブでもそんなことは聞いたことがなかったから、いもケンは、目の前にいるファンたちが、かなり熱狂しているのだと知ることとなった。
確かに、えもいピンクを結成してから、一番盛り上がった夜であることは間違いない。バンド名を変えたことも今回の成功とちょっと関係しているかもしれない。
元々えもいピンクは、クレイジーイモケンバンドという名前だった。だがドラムメンバーの脱退を機に、再出発する意味を込め、名前を変えることにしたのだった。
えもいピンクは、いもけんぴのアナグラムだ。IMO KENPI。EMOI PINK。えもいピンクに改名してからというもの、えもピンの愛称でみんなから呼んでもらるようになったし、インタビューされる回数も増えた。
名前って不思議だ。実体のないものなのに、人生を左右する。そんなことを考えながら、いもケンは見知らぬ街をあてもなく歩いていく。