未来からやってきた娘
「……おはようございます!」
「うわぁ!」
わたしが声をかけると、巣原椎名さんは驚いて飛び起きました。
「……ああぁ!? なんで、アンタが家にいるんだよ!?」
「ふふ。まだお話したいことがあって、この時代に残っていました。だめ……でしたか?」
「ダメだよ!」
「あ、そうでした。あまり大きな声を出さないでいただけますか? 椎名さんの隣で、今もまだ緒久間明梨さんが眠っているんですから」
「……起こすぞ」
「あぁあだめですだめです! 今回も椎名さんに用事があるのですから」
「……用事?」
「……とりあえず、出かける準備をしてもらえませんか?」
◆
まだ朝日が地平線から顔を出して間もない今の時間帯の道路には、ひんやりとした空気が漂っていた。
「……あ、自己紹介が遅れました。わたし、倉木楓子と言います」
「……すんげぇ聞き覚えのある名前がごちゃ混ぜになってんな」
後ろを歩く椎名さんは、そう言って溜め息をついた。
「……そもそも……アンタは未来からやってきた、倉田楓と木隠墨子の娘……だっけか? 信憑性ねぇなぁ」
「……やっぱり、簡単には信じてもらえないですよね」
「当然。現実離れ過ぎてる」
「でも……今は……この時代では、既に宇宙に行くことができています。あまり遠くない未来、人類は時間旅行さえも可能にしてしまうんですよ」
「……まあ仮に、アンタの住んでる世界ではタイムスリップができるようになっているとしてだ。ここにはあいつらの顔を見に来たんだろ? もうその目的は果たせたんじゃねぇのか?」
「はい。もうそれは終わりました」
「なら、どうしてとっとと未来に帰らないんだ?」
「……お二人の自殺を止めるために、ここに残っているんです。椎名さんには死んでほしくありませんから」
「……アタシを止めて、アンタになんの得があるんだよ?」
「……だって、わたしのお母さんをずっとずっと、愛してくれていた方ですよ? わたしにとっては、大切な人です。そう簡単に思惑通りにはさせませんよ」
「……こちとらはた迷惑な話だよまったく」
「……諦めて、くれませんか?」
「やだね」
「……このままでは、最悪の未来がお二人を襲います。それでも、いいんですか?」
「……最悪の未来って、なんだよ」
「……詳しくは、教えられません」
「未来人お得意の『禁則事項』ってやつか」
「……ご自身の未来に関しては、必要以上に知ってしまうとパラドックスが発生しやすくなってしまいますので」
「アンタは結構ペラペラ喋ってるけど」
「……問題がない程度に、お話しています。……お願いです。自殺なんて、馬鹿なこと今すぐやめてください」
「やなこった」
「ご自身の命を粗末に扱わないでください」
「粗末になんかしてねーよ。……キチンと向き合った結果、生き続けることが辛いから、こうしてるんだよ。巣原椎名は……死ぬために生まれてきたんだ」
「……そうですか。今日のところは諦めます。……また、止めに来ますね」
「二度と来なくていいぞ。…………ん?」
「どうされましたか?」
「……アンタの首についてるソレ、なんだ? 火傷の痕か?」
「……ああ、それのことですか。えーっと……これは教えても大丈夫ですね。これは火傷の痕ではありません。焼き印です」
「焼き印?」
「はい。…………わたし達のいる時代では、同姓での子作りが可能になっているんです。体外受精の、いわゆる『試験管ベイビー』という奴ですが」
「タイムスリップに同姓で子作りか……。まるでおとぎ話だな」
「科学技術の発展は、著しいですから。……キラキラネームはご存じですか?」
「『天使』と書いて『エンジェル』とか読むアレだろ?」
「そのキラキラネームで、本人が迷惑を被るケースが今後どんどん増えていくんですよ」
「……ま、あり得そうな話だな」
「それを防ぐために、未来の政府はこんな決まり事を作りました。『氏名は生まれた本人が満十歳になってから自分で決める』という内容です。わたしは、両親から少しずつ字をもらって自分に名付けました」
「『名前』じゃなくて『氏名』か…………。それでアンタは倉田姓と木隠姓のどちらでもでもないんだな。……でもそうなると、十歳になるまで『呼称不明』になるんじゃねーの?」
「そのため、生まれた子どもにはナンバーが割り振られることになりました。簡単にいうとIDですね。自分で決めるまでは、そのナンバーで呼ばれます」
「なんかそれやだなー。管理されてるみてーで」
「世間からのそういった声もあり、そのナンバー制度は998番で終わりました。その後制度は再検討され、親が仮に名付けたものを子どもが任意で引き継ぐか、もしくは改名するかのどちらかを選べるようになりました」
「現代の改名のシステムに逆戻りしたな」
「その辺りのことは、よくご存知かと」
「まーな」
「……それで、そのナンバー制度が適用中の時期に生まれた子どもには、首の後ろ側にそのナンバーの焼き印が押されているんです。押されてから十年が経過すると、徐々に薄くなって最終的には消える加工がされています」
「それが、アンタのその痕の正体か」
「はい。ちなみにわたしのナンバーは、013番です」
「……かなり初期の数字なんだな」
「……それにも、訳があります。その話はいつか、また別の機会に」
「……わかったよ」
「……それでは。……次にお会いする時まで、生きていてくださいね」
「それは保証できねーな」
「……そうですか」
すっかり太陽は昇り、わたし達を明るく照らしていた。
…………お二人にも、太陽の光が照らされますように。




