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7.防衛部の発足と怪人

 翌日。霧島先輩を部長とした、“防衛部”が新設された。部員は俺と正佳のみだ。

 学校にいるのは雑魚とは言え、モンスターはモンスター。ずぶの素人が立ち向かっていけるほど甘くはない。俺たちは登校するとすぐ先輩に呼びされ、部の方針とモンスターについての説明を受ける。

 無為無策で挑まない、観察して勝てそうにないと感じたら退く、などの注意事項が伝えられた後、先輩と共に“戦闘訓練”と言う名の実戦が始められた。


「――そっちに一体いったぞ熊井!」

「よーっし、ばっちこーい!」


 正佳はバットを握り直し、ぐっと腰を落とす。

 敵は〈インプ〉と呼ばれる小悪魔のモンスターだ。赤ん坊のような身体にコウモリの羽、枯れたオッサン顔のそれが飛び向かってゆく。


「おりゃあああ!」


 正佳は怯まずバットをフルスイング。

 インプは「ギィッ!?」と、短い呻きをあげ、壁に叩きつけられた。

「うらァッ!」その一方で、霧島先輩がインプを思い切り殴りつけていた。

 相手は残り三体。一体をワン・ツーからの回し蹴りで吹き飛ばす。次の一体をワンパンチ、左ストレートでノックダウンさせると、最後の一体の頭を鷲掴みにし、俺の居る方向を見た。


「守屋ッ、いくぞ!」


 そしてぶん投げる。投げ飛ばされたインプは露骨に嫌そうな顔をしていた。


「男で悪かったな!」


 手にしていた木刀を袈裟斬りに振り下ろす。鈍く嫌な手応えと同時にインプは「ギャッ」と断末魔をあげ、廊下の上に倒れた。


「よしよし、よくやったぞお前ら」


 霧島先輩は倒したインプの頭を踏みつけた。モンスターでも“ご褒美”なのか、至福の表情が腹立たしい。


「指輪を向けろ。宝石の部分を差し向けたら勝手に吸い込まれてくから」


 見よう見まねでそれぞれ倒したモンスターに向ける。

 するとインプの身体はキラキラと白く光り出し、すぅっと一本の筋を描きながら指輪に吸い込まれ始めた。


「おおー、綺麗さっぱり消えた!」


 正佳は感激した様子で言う。


「んで、この白面の〈チップ〉を指輪に向けると――」


 霧島先輩が〈チップ〉を近づける。何も描かれていない無地のメダルが、指輪が近づくなり輝きを放ち、あっと言う間に小悪魔の絵が浮かばせた。


「これで終わりだ。ほれ」


 俺と正佳にも白面の〈チップ〉を渡され、二人は揃って同じ動作を行った。


「この学校のメダルって、こうやって作られてたんだ……」


 正佳は小悪魔が描かれたメダルを感慨深げに眺めた。


「じゃあ、魔物が現れたら警報が鳴るからよ。鳴ったら授業中でも構わず急行しろよ?」


 センコーには言ってあるから、と言うと身を翻し去って行った。

 残された俺と正佳は互いに顔を見合わせ、ニマッと笑みを浮かべた。


「これでメダル獲得って、美味しくない?」

「ああ。思っていたより楽だしな」

「だよなっ! じゃあ、はいこれ」


 正佳は手にしていた〈チップ〉を差し出した。


「これ、正佳のだろ」

「いーの。あたしはそこまで困ってないから」


 正佳の小鼻が少し膨らんだ。彼女の癖で、嘘をつく時はこうなるのだ。


「だけど……」

「大丈夫だって。今は祐護がノルマ達成するのが大事なんだから」


 ほら、と差し出された〈チップ〉を受け取った。


「ああそうだ。昼飯も節約した方がいいだろうし、あたしが弁当作ってきてやろうか?」

「え、いいのか!」

「いいぞー! 一個作ろうが二個作ろうが同じだし!」


 腕を組んで笑う正佳に、俺はただ「じゃあ頼むか」と言うしか出来なかった。彼女の料理は並の料理屋より美味いのだ。


 実際のところ、ここまで正佳が協力してくれるとは思っていなかった。

 モンスター出現アラートは頻繁に鳴り、それこそ授業どころではない回数にも拘わらず、一緒に教室を飛び出しては共に倒す。

 アニエスに頼まれていたホールの調査の件も手配済みで、演劇部のお手伝いとの名目でホールの中に入らせてもらえたのである。女子たちに顔が利くとは言え、驚くべき手回しのよさだ。


「――じゃあ、熊井さんはそこに立っていてもらえる? あと守屋君は、部室に置いてある大道具を舞台裏に運んで。結構身体動かすから、体操服があったら着替えておいてね」

「了解」「ああ。オッケー!」


 部室棟は学校の外にあり、何度も靴の履き替えや階段の上り下りをする。

 演劇部は女子が九割。力仕事できるのが少ないため、俺はひたすら使われ続けた。

 そのため、アニエスに頼まれたモンスター・〈ファントム〉を探す暇がなく、ホール内で演技の手伝いをする正佳の姿を確かめる程度しかできないでいる。

 演目は『オペラ座の怪人』であるようだ。

 それぞれの役の部員がセリフを言いながら通し稽古を行っており、正佳は舞台中心でカカシのように突っ立っている。進行が止まらないよう、たまに棒読みで台本を読み上げるくらいだ。部員のセリフの端々から、“カルロッタ”と言う名の役をあてられていると判った。


「ン゛ッ、ン゛ン゛ッ!」


 途中、正佳が眉を寄せながら喉を鳴らす。

 すると突然、ホールの天井部分にいた男子部員が、「――あぶないッ!」と叫んだ。

 その場にいた全員が一斉に見上げたその時、天井から何かが降り落ちてくるのが見えた。僅かな魔を置いて、ガシャンッ――と地面に叩きつけられる音がホールに響く。近くにいた女子部員が悲鳴をあげた。

 落ちてきたのは、白い懐中電灯のようだ。割れたプラスチックや中の電球の破片が辺りに散らばっている。


「ちょっと、根津君! 危ないじゃない!」


 落下地点から一番近くにいた部長が怒鳴った。


「す、すみません!」根津と呼ばれた男子部員は慌てて謝った。「何かに引っかかったようです」

「まったく……気をつけてよ!」


 するとその時、舞台にいた女子部員の一人が頬を震わせながら口を開いた。


「か、怪人の仕業じゃ……」

「怪人?」


 部員の誰かが頓狂な声をあげると、お下げの女子部員は青ざめながら続ける。


「今やっていたのは、カルロッタがプリマドンナとなって主役を演じたところ。そしてその時に起こるのは――」


 演劇部員と正佳も目を揃え、落ちてきた懐中電灯を見た。


「シャンデリアの落下――」と、部長。「この直前、カルロッタは声を失ったわよね?」


 恐る恐る正佳を見やった。


「え゛? ぢょっど――ン゛ン゛ッ、ちょっと喉が渇いただけだぞっ!?」


 俺を含めて全員がほっと胸をなで下ろしたものの、部長は何かを探すようにキョロキョロと顔を動かす。「ねえ、栗須さんは?」


「あれ? さっき居たわよね?」

「ああ。入り口の方にいたけど」

「栗須、くりす……“クリスティーヌ”!」


 再び先ほどの女子部員が声をあげた。

 すると、演劇部員たちは「ああっ!」と声をあげ、あわあわと慌てふためき出した。

 俺だけ何のことかまるで分かっていない。


「いったい何が起こってるんだ?」

「お、オペラ座の怪人だよ!」正佳は取り乱した様子で言う。

「へ? オペラ座の怪人って、今やってたやつか?」

「そうっ! さっきの出来事とか、そのシナリオ通りなんだよ!」


 正佳は落ち着きなく言う。

 妖怪やオバケの類いは問題ないのだが、ホラーが苦手なのである。


「シャンデリアが落ちた後、クリスティーヌは怪人にさらわれるんだ! そして、劇場の地下湖を通って、怪人の部屋に行く!」


 その時、女子部員の一人が「このホールの下って、トイレなんじゃ?」と言うと、部員達は顔を見合わせ、「それだ!」と、一斉にホールを飛び出した。


 俺と正佳も急いで後を追った。

 読み通り。女子トイレの個室の中に、体操服姿の男子が横たわっていたのである。


「陸くん!」


 彼も演劇部員であるようだ。何者かに殴られたのか、頬から真っ赤に染まっている。

 部長に揺さぶられると呻き、痛みに顔をしかめた。


「く、栗須さんにトイレに連れ込まれて……」

「栗須さんに……?」


 小道具のマスクが完成したので、それを付けて具合を確かめていた時だった。

 女子部員の栗須さんに呼び出され、誘われるようにトイレの中に入った直後、いきなり平手打ちを食らったのだと言う。


「クリスティーヌは怪人・エリックのマスクを剥ぎ取った!」


 女子部員が言うと、全員が騒然となり顔を見合わせた。

 ……しかし俺と正佳だけは、その意味が違っている。


 俺は家に帰るとすぐ、リビングでくつろいでいたアニエスにこれを伝えた。


「ファントムの仕業で間違いないだろう」

「やはり……」


 シャンデリアではなく懐中電灯。

 クリスティーヌの代わりに栗須。

 地下湖はトイレ。怪人・エリックの代わりに、“陸”という名の男子。

 怪人のマスクが剥ぎ取られるところは、男をシバいて無理矢理奪っている。

 ――シナリオに沿っているものの、やることが雑&力業なのである。


「ファントムめ。メンバーの一人に憑依していたな」

「憑依って……まさか、幽霊みたいなやつなのか?」

「む? サンドラから聞いておらぬのか。あれは〈エア・ゴースト〉の一種で、その者に成りすまし欺くのを楽しむ魔物だ。取り憑いていたのは、女子部員か“クリス”と呼ばれる女のどちらかだろう」

「そ、そうか! じゃあ明日、二人を――」

「無駄だ。明日には別人に移っている」


 人から人へ、頻繁に移ってゆくのだと続けた。


「憑依されてる者を見つける方法とかないのか?」

「あるにはある……が、難しい」


 アニエスにしては持って回った言い方である。

 どのようなと訊ねると、彼女は小さく息を吐いた。


「ファントムが潜伏・憑依していると、周囲の者たちもそいつと同程度になる」

「同程度?」


 俺が首を傾げるのを見ると、リビングに置かれている観葉植物に目を向けた。


「ユウゴはあれを『ただの草』と思うとしよう。そして、あの草を『美しい』と思う私にファントムが憑依すると、お前はあの草を『美しい草だ』と思うようになる。無意識に」


 アニエスの国では〈移り気な移り香〉と呼ばれているそれは、憑依された者の体臭を嗅ぐと起こるらしい。


()()()には、パーソナルデータが詰まっている、ってやつか……?」


 犬が尻を嗅ぎたがるのは、そこから情報を得ようとするからだ、と聞いた覚えがある。


「ってことは、その人の性格とか熟知してないと判らないのか」

「うむ。だからこそ難しい――正直、当てずっぽうで指輪を向け、『お前が偽物だ』と言う方が早い」

「え?」

「奴からするとこれは遊びなのだ。見破られたら負け、役者失格、と言うな」


 途方も無い方法だが、それが一番確実であると言う。

 演劇部員は三十名ほど。あれこれと人を疑うくらいなら、一人ずつ総あたりでやっていく方が確かに早い。

 それにしても、聖水とか十字架とかエクソシスト的な戦闘になるかと覚悟していたけれど、意外とあっさりしている。やはり学校を根城にするのはショボいのか?


「ところで、アニエスの方はどうだったんだ。今日は街で調査していたんだろ?」

「……ああ」


 どこか力なく、視線を宙に漂わせながら言う。


「この世界は広いと実感した」

「そうか……」


 街の施設など案内してあるが、彼女が知るのはまだ一部の区画に過ぎない。そんな見知らぬ世界を、一人歩くのは肉体的にも精神的にも辛いのだろう。

 時間のある時は彼女を案内してやらなきゃなら――


「店通りにある“うどん”が最高だと思っていたのに、寺院の傍にある“らあめん”がそれを上回っていた。恐るべしニッポンの飯屋……」

「飯じゃなくて、飯の種となるモンスターを探せよ!」


 こいつまさか、街中を担当する理由は『食い歩きしたいから』なんじゃないだろうな……?

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