5.学食とヤンキー娘
授業再開のメールが届いたのは、それから三日後のことだった。
どうしてこんなにも早いのか。正佳から電話で報された時、その疑問を口にすると、
『あの警備のロボットがやっつけたんじゃないのか?』
と、愉快げに言った。
“警備のロボット”とは学校に配備されているセキュリティのことである。恐喝や窃盗など公序良俗に反する行為をすると、たちまち警備のロボットがやってくるのだ。ちなみにロボットと言うのは正佳の『見た目がそれっぽい』と言う理由だけで、その正体は不明だ。
「みんな無事なようだなー」
俺と正佳は教室の中にいた。ほんの僅かな休みなのに、どこかほっとする。
「まだ自主登校みたいなもんなのに、ほぼ全員来るなんてな」
普段は『休みが欲しい』などと愚痴をこぼしているのに、有事にはやはり日常を求めるようだ。
「文化的な行動を取ることが、気持ちを安定させるって聞いたけど――」
正佳はそう言いながら、ある一点に目を向けた。
黒板の前。緑色の上着に金髪の女が、近くの女子生徒を捕まえ「これは何だ」と質問攻めにしていた。
「あいつは異文化にテンション爆上げしてるな……」
「あはは……まぁ、見るものすべて新しいから、分からないでもないけど」
別世界の女・アニエス――学校が始まると聞くや、彼女もついてきたのである。
「学校に来て早々、モンスターやっつけたんだってな」
「ああ。上履きに履き替えてすぐ、二階で悲鳴が起こってな――」
アニエスはそれと同時に駆け、俺が追いついた時にはもう骸骨のモンスターと対峙し、既に一体を斬り伏せていたところであった。
相手は三体いた。しかし残る二体も流れるように斬られ、廊下の上に骨の破片を散らせる。そして、淡々と指輪にモンスターを封じていった。
彼女はなかなかの美人である。年は二十六で、相応の顔つきであるため同級生には見えない。時代錯誤な身なりもあり、『学校が雇ったハンター』だと勘違いされてしまっている。俺としても説明しやすいのでそうしている。
「アニーがいれば、学校は大丈夫だろうけどなあ……」
正佳は複雑そうな目を俺に向けた。
「常識知らずなところあるから、何をしでかすか分かったもんじゃないな」
「そう言う意味じゃないんだけど」
「え?」
「ううん、何でもない」
正佳は顔を背けるとすぐ、始業を告げるチャイムが鳴った。
想像通り、アニエスは自由奔放だった。
担任も『誰だ』と怪訝な目を向けたが、先のモンスター討伐のことがあるのか、特に深くまで追求しなかった。しかしそれをいいことに、彼女は声をあげながら大あくびをしたり、場を弁えず『あれは何だ』と質問してくる。挙句、教師に『説明がくどい』とダメ出しする始末。
しかし、どこからか悲鳴が起こった時、彼女はたちまち本領を発揮する。
ただちに現場に駆けつけ、あっという間にモンスターを倒してくるのである。
昼までに四回あったが、回数を重ねるごとに『あの人は何者だ』と質問されるようになり、俺はいつからか『次の悲鳴はまだか』と思うようになっていた。
昼の時間を迎えると、俺は正佳と共に食堂に向かった。後ろをついて歩いていたアニエスは、飯の匂いが広がるそこを前にするや、俺を押しのけて前に躍り出る。
「ほーっ、ここが飯処か! 広いし、いい匂いがしている!」
アニエスは額に手をかざし、中を一望した。
「人が列を作っておるが、この先で配給を受けるのか?」
「いや、これは券売機――この行列の先にある箱から食券を買うんだ」
説明を受けると、アニエスはすぐに長い学生の列の末尾についた。俺も彼女の横に並ぶ。正佳は弁当なので、先に席について俺たちの椅子を確保した。
「ところで、私は金を持っていないのだが」
「メダル……えぇっと、〈チップ〉で支払うんだ」
「ああ、ここの通貨になっているのだったな。まったく魔物を封じた大事なものを、金として使うとは……」
言いながら、朝から倒したモンスターの〈チップ〉を取りだし、複雑そうに指先で撫でる。絵柄には骸骨や鳥の絵が描かれていた。
「まぁ仕方ない。金の価値は人が決め、頭を垂れる。〈チップ〉が貨幣と定められているのならば、私はそれに従おう」
券売機の列はスムーズに流れ、やがて俺たちの番がやってくる。
「字が読めぬ」
「ああ、えぇっと何がいいんだ? ご飯系・揚げ物・麺類があるが」
「揚げ物がいい」即答だった。
「なら二段目だな。左から唐揚げ・豚カツ・海老フライ・白身魚のフライ――」
「“とんかつ”だと! よし、この〈チップ〉ありったけくれ!」
「お前の“大事”の基準は何なんだ……」
朝の討伐分を受け取り、券売機に投入してゆく。今日の豚カツはメダル二枚。価値は為替のように変動するので、動向をチェックするのも重要である。
アニエスの出したメダルは四枚。俺の分を含めて三人前を注文し、豚カツが乗った皿を持って席についた。
「うーむ、これは美味そうだ!」
ご飯は無料である。運動部用のどんぶり茶碗を片手に、まず豚カツに齧りつく。
するとたちまち歓喜の声をあげ、ばくばくと口に運び始めた。あっという間に豚カツ一人前を平らげ、二枚目に差し掛かったその時、「ふぉうだ」と顔を上げた。
「ふぉふぉの、ふぇいびふぁのふぁが――」
「飲み込んでから話せ」
「んっ……ここの警備なのだが、お前たちが話していたような兵はどこにいるのだ?」
学校に出たモンスターを討伐しに行った時、俺たちが話していた警備ロボットを探してみたと言う。
すると、それを聞いた正佳は「あれ?」と顎に手をやった。
「警備ロボって最近見てない気がすんだけど、最後に見たのいつだ?」
「そうだっけ?」
最後に見たのはいつか。思い返してみると、頭に思い浮かんだのは冬に文芸部が処罰されたところだった。『ベストセラーを出す方法を思いついた』と、ネット上の料理レシピを丸パクリし、見事に赤紙を喰らった事件である。
「あたしが最後に見たのは、あの“チケット部”が偽装パス発券した時だなー」
「ああ、あの“何でも乗れる年間パス”か」
新入生に『公共交通の乗り物すべて乗り放題』と騙り、売りつけようとしたところ、本人らがそのパスを持って懲罰用護送車に乗った事件だ。
「あれって春先のことだよな?」
「うん。それ以降、あたしも見てない」
「俺の財布が盗まれた時も何もなかったし……まさか、機能してないとか?」
「あり得るかも。あー、あの金ぴかの格好よかったのになー」
するとアニエスは「金ぴか?」と眉を持ち上げた。
「ああ。全身金色なんだ。成金趣味みたいだけど、あれくらいデカいと逆に圧巻だぞ!」
「う、うぅむ?」何か思い出そうと視線を宙に漂わせる。「デカいとはどれくらいだ?」
「えぇっと、二メートル半くらい?」
「それって――」
言いかけたその時、食堂の入り口から突然穏やかでない空気が流れてきた。
噂をすれば何とやら。その警備ロボットを所持する者――この学校の理事の娘がやって来たのである。
「うへえー……霧島センパイ、今日もヤバ気なオーラぷんぷんだなー」と、小声で正佳。
名前は霧島 明日香。見た目は外国人だけど、日本籍を有している三年生。その風貌を一言で言えば、“ヤンキー娘”である。
喧嘩もめちゃくちゃ強いらしく、男子ですら簡単にいなしてしまうようだ。そこに加えて“理事の娘”、“知事の娘”と言う権力がついているので、立ち向かえる者はまずいない。
ド金髪の長い髪を揺らし、肩で風を切りながら歩く。目をつけられれば最後、猛獣のような鋭い釣り目に捉えられぬよう、全員が顔を伏せた。――が、何も知らないアニエスは首を傾げ、眉を寄せながら霧島先輩をじっと見つめていた。
「ん、んんー?」
「おいアニエス、あまりじろじろ見るな」
肩を叩いた時は遅く、視線に気付いた霧島先輩がこちらを見た。この学校では二人目の外国人とも言えるため、更に目立ってしまっている。
「んー……んー?」
「アンタなにメンチ切って――」
凄みのある低い声で近づいてきたが、アニエスの顔を見た途端、先輩の表情が一変した。
「お前、サンドラではないか?」
アニエスが指差すと同時に、
「ち、ちち、違う! 人違い、私そんな奴は知らない!」
先輩は顔を隠すように身体を翻し、早足で来た道を戻り始めた。
「待てッ、顔をよく見せろサンドラッ!」
「違うってんだろっ!」
振り返らず食堂を出る先輩。それを追いかけるアニエス。
絡みにいった先輩が初めて身を退いた――あまりの衝撃的な光景に、残された俺たち誰もが呆然となっていた。
「って、正佳! アニエスを追いかけよう。何するかされるか分からん!」
「う、うんっ!」
俺と正佳も立ち上がり、アニエスを追いかけ始めた。
幸い、彼女の格好は目立つのですぐに発見することが出来たが、足の運びが早く小走りにならねば追いつけないほどであった。すれ違う生徒たちは、なんだと顔を見合わせる。
アニエスの背中は十メートルほど先。向かっている場所には察しがついている。
「や、やっぱり相談室に行ってるんじゃ……」と正佳。
そこは誰もが恐れる場所――霧島先輩のための部屋になっていて、気にくわない奴がいるとそこでシメられると聞いている。
一階の西側奥。あまり人気のない場所、まさにその相談室の前でアニエスの足が止まった。




