表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

4.アニエスと学校へ

 初日は混迷を極めていたテレビも落ち着きを見せ始め、モンスターに住宅が襲われた、怪我を負わされた、飼い犬のドッグフードを食べられた――などの主に地元テレビ局による報道が続いていた。


「〈オーク〉に〈ダイアウルフ〉か」


 アニエスはペンを片手に独り言を続ける。机には俺が用意した街の地図が広げられている。


「本当に行くのか……?」

「当然だ。商業地域を抑えられると流通が止まる。そして学び舎は街の資産、それにお前もゆかねばならぬのだろう」


 言ってペンを置き、立ち上がった。

 緑色のコートのベルトはきゅっと締められ、腰には長剣が携わっている。

 俺が学校に行くと聞くと、『学び舎の様子を見にゆきたい』と言ってきたのだ。


「それと途中、“商店街”と言う商いの通りに寄りたい」

「やはりそれが目的か……」


 薄桃色の唇の両端を上げるアニエスに、俺は肩を落とす。

 この国の料理のバリエーションはどれくらいあるのか、と訊ねられ、数え切れないほどだと答えると途端に興味を示したのだ。料理本を見せながら、中華やカレー屋などの料理屋があると説明すると、居ても立ってもいられない様子だった。

 とは言え餅は餅屋。街に出現したモンスターが彼女の世界の存在なら、それの討伐を生業にする者に任せた方がいい。街について知っている方が何かと便利だろう。


「じゃあ行くか。はぐれるなよ?」

「私は子供でもなければ犬でもない」


 俺はスニーカーに、アニエスは革のブーツに〈グリーヴ〉と呼ぶ鉄のすね当てを装着して家を出る。

 学校はしばらく休校となっているので、格好はTシャツにチノパンとラフな格好だ。それ以外――ヘルメットなど防具の類は何一つ身につけていない。


「本当にこんな軽装でいいのか?」

「大丈夫だと言っておろう。昔は危険なのもいたが、魔を統べていた将が討たれてからと言うもの、残党は人間に倒されていった。今残っている多くは、末端の雑魚ばかりだ」

「じゃああの、学校に出てきた馬もそうなのか? 確か角が二本あったけど」

「ああ〈バイコーン〉か。たまに心臓を貫かれる奴がいるくらいで、大した脅威ではないぞ」

「驚異的すぎるわ!?」


 やはり日本人とこいつとの“危険”の認識に、大きな差異があるらしい。

 家から商店街に向かう途中、忙しく興味が移るアニエスであったが、特に関心を寄せたのは車であった。


「やはりあの“くるま”と言うものは凄いな……」

「アニエスの世界って、やっぱり馬車が主流なの?」

「うむ。揺れが少ないものが最近出たばかりだ。それと“くるま”が走るための道も、すべて石――とんでもない資源と技術が使われている。もしこれを持っていけたら、みな仰天顔を浮かべるだろうな」


 くっくと笑みを浮かべる。

 その顔は悪戯を思い付いた子供のような、実に楽しそうな顔だった。


 この街には大型商業施設がないのもあってか、150mほどと比較的長めの商店街は“シャッター通り”とは縁が遠い場所となっている。だがモンスター騒動のせいか、朝の十時を過ぎても三分の二ほどの店舗がシャッターを下ろしたままとなっていた。

 アニエスはそれでも興奮を隠さず、まるで犬のように営業中の店先を覗き込んでは、おお、なんと、と新鮮な反応を見せ続ける。やはり食べ物に関しては特に関心があるらしく、


「この国は豊かなのだな。野菜や魚だけでなく、肉までも食いきれないほどある」


 と、八百屋を後に嬉しげに何度も頷いてみせた。


「日本は飽食の国と言われているし、確かにそうかもしれないな」

「母君はよく炊いた米を出してくれるが、この国では小麦はあまり育たぬのか?」

「うーん……主流ではないかもしれないな。梅雨があるせいで、多くの地が栽培に適していないとか、育てても品質が低く、外国産の方が安くつのもあって自給率が低い、とか聞いた覚えがあるが」


 なるほど、とアニエスは頷く。

 彼女は食に関して好き嫌いは少なく、拒否したのは蒟蒻(こんにゃく)ぐらいだ。また粘っこいものも食べたがらないが、こちらは元から食べる文化がないと話した。

 金物や薬屋なども覗いていたが、ふとある時から彼女は顔を難しく「うーむ……」と唸り、商店街を抜けた頃になると、いよいよ腕を組んで思案に耽り始めた。


「さっきから難しい顔しているが、いったいどうしたんだ?」

「この世界、いや住民に疑問を感じているのだ」

「この世界って……日本人にか?」

「魔物が出没していると言うのに、どうして街の者は変わらず務めに出ておるのだ? 肝が据わっていると言えば聞こえは良いが、ここまでくると阿呆と言うか、私の世界ではあり得ぬことぞ」

「あー……」


 どう言っていいか分からず、頬骨の辺りを人差し指で掻いた。

 商店街を行き交う人は少なく、ヘルメットやバットなどを持った人が殆どであるが、中には普段通りスーツ姿のサラリーマンらしき人も見受けられる。


「国民性、と言うのか? 嵐が来ようが、吹雪が来ようが、もし明日、世界が滅ぶと判っていても『とりあえず出社』ってな暗黙の社会ルールがあるんだ」

「もしここか牢獄にゆくかと迫られれば、私は迷わず牢獄を選ぶであろう」


 商店街を抜けると、真っ直ぐ学校に向かって歩く。

 いつもは生徒でごった返す歩道も、今はゴーストタウンのように寂としていた。

 校門の鉄柵は閉ざされているが、一部が破壊され人が通れるほどの入り口が出来ている。アニエスと共にそこを通り、俺の菜園のある校舎の裏へと向かった。


「作物は……大丈夫そうだな」

「ほう。ユウゴは畑をやっておったのか」

「ああ。今はこれが生命線だからな、何としてでも守らないと」


 ジョウロを手に、ポリバケツから水を汲む。

 藻が生え緑色に濁っているが、作物にはこの水の方がいいのだそうだ。

 何度か往復し、水撒き終えようとしたその時、


「――何者だ!」


 背後から並々ならないアニエスの声が響いた。振り返ると、剣の柄に手をやり身構えるアニエスと、


「ま、正佳!?」


 その向こうにいたのは何と、小麦色に日焼けした女子・正佳だった。白いシャツにハーフパンツ姿で、アニエスの険とした声に、バットを手にしたまま驚き立ちすくんでいる。


「“まさか”……? おお、昨日の箱の中にいた者か!」


 アニエスは居直ると、小走りで正佳に駆け寄ってゆく。

 互いに自己紹介をしていても、面と向かうのは初めてだ。ジョウロを足下に置き、アニエスの後を追いかけた。


「ほう。大きさは一般の人と変わらないのか。これでいったい、どうやって板の中に入るのだ?」

「え? な、何の話だ……? と、と言うか誰?」


 じろじろ、ぐいぐいくるアニエスに、正佳は顎を引いてしまっている。


「正佳、これが昨日話したアニエスだ」

「あ、あー……」


 奇人を見るような目で納得した後、俺に説明を求めた。

 とは言え、俺自身どう説明していいか分からない。とりあえず、アニエスはこの世界の人間ではないこと、学校に現れたモンスターは彼女の世界のもの、彼女はそれを狩る者であることを伝える。


「――なーんか、分かったような、分からないような」


 正佳は半信半疑に、うーんと唸り首を捻る。


「私はどうやってあの板に入るのかが分からん」


 とアニエス。彼女にスマホの説明をするには、恐らく電波のことから話さねばならないので割愛する。


「まっ、祐護が信じてるならあたしも信じるよ」

「いいのか、それで……?」

「いーの、いーの! それで、さっそくモンスター退治か?」

「いや、街の案内を兼ねて畑の様子を見に来たんだ」

「あー。確かに財布が盗まれた今、この畑だけが生命線だもんなあ。……だけど、〈即売会〉までに間に合うのか?」

「ああ。それまでには実るだろうけど、問題はどれだけ無事に収穫できるか、そして売れるかだな」


 正佳と揃って心配そうな目を畑に向けた。

 即売会とは言わば文化祭である。夏休み前に催され、文化部が主となって店が出され、そこでの収益はそのまま自分たちのものとなる。

 俺はそこで作物を売り、足りないテストの点数を補おうと計画しているのだ。


「じゃあ、あたしの料理部と共同出店ってことにしたらいいじゃん!」

「え? でもそれだと、料理部の儲け減るだろ?」

「料理部は基本的に個々で動くからさ。分配もそれに応じてるし」


 なるほど、と俺は頷いた。

 正佳の料理の腕は相当なもので、彼女の手が加われば素人が作る野菜も確実に売ることができる。


「よし、それで動くか!」

「おっけー! だけど即売会まで、どうにか守らなきゃなー……。道中、ウサギみたいなの数匹ぶっ飛ばしてきたけど、作物は反撃できないし」


 物騒なワードが聞こえたものの、特に驚きはしなかった。正佳の父親は漁師で、その気性の荒さを受け継いでいるのか、昔から先に手が出るのだ。

 すると、話を聞いていたアニエスが感心したように頷いた。


「ウサギと言うと〈ジャッカ・ロープ〉だな。あれを倒すとは中々のもの――しかし、倒したのをそのまましておくと面倒なので、これを使うといい」


 アニエスは腰のポーチから指輪を差し出す。灰色の透明な宝石がハメ込まれた、飾り気のないものだ。


「これは……?」

「〈吸魔の指輪〉と言うものだ。倒した魔物をここに収容することができる。一時封印も可能だ」


 正佳に渡すと、アニエスはもう一つ同じものを俺に差し出す。


「指輪には多く捕らえておけぬゆえ、捕らえたら私の所に持ってくるがいい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ