8.討伐の裏で
もはやどちらが悪か分からない。猿を蹴っ飛ばしたアニエスは、首根っこをむんずと掴み宙吊りにする。力なく四肢を投げ出す猿の姿に、もう反抗の意思はないと思われた。
……にも拘わらず、アニエスは〈殴り猿〉をふん縛り、尋問と言う名の拷問を始めたのである。
「さあ、喉にこの灼熱の辛さを持つ〈死のソース〉を喉に流されるか、ここも何を喚び出したかを白状するか、選ぶがいい」
その手には、デュードの時にも使用した〈デスソース〉が握られている。中身は三分の一ほど残っていて、蓋を開けたそれを近づけられた〈殴り猿〉は、酷い刺激臭に咽せた。
俺と正佳は、一歩離れた場所からその光景を見ていた。
「あれはモンスターですので」
と、後ろで横並びの壁を作る客たちに説明するも、地域にはまだモンスターが現れていないのか、突然現れた異形の存在に動揺が治まらない様子だった。
するとその後ろが突然ざわめき始めた。地割れが起きたかのように、俺たちの真後ろの人たちが道を開いてゆく。その先には赤と白の道着のような服を着、金髪を高い位置でまとめた女性が立っていた。彼女は腕には赤金色の手甲のようなものをはめ、右手には黒くて巨大な“毛むくじゃら”を掴んでおり、それを引きずりながらこちらに向かってくる。
「き、霧島先輩!?」「と、あれって……熊ァ!?」
俺と正佳は頓狂な声を上げた。
アニエスが犬を引っ張ってきたのなら、先輩はなんと熊である。
こちらもぐったりと四肢を投げ出し、右足をずるずると引かれている。
「おー。こっちも終わったよーだな」
口からロリポップキャンディの棒を出しながら、ニッと口を引いた。一瞬タバコかと思ってしまった。
手甲は赤金色だと思っていたが、実際は金色であるらしい。頬には赤い飛沫の跡があったり、何で染められたのか想像したくない。
「あ、あの先輩……その熊は?」
「ん? ああ〈ブラックベア〉だよ」
熊はゆうに二メートルは超えていて、横幅は人間の二倍ほどあった。よく見れば左膝が反対方向に向いている。
「なっつかしーわー。あたしが八歳の頃、初めて一人で仕留めた魔物なんだ」
八歳の俺たちは、檻の中のライオンに身構えていた。
「なにぼけっと突っ立ってんだよ。さっさと指輪に封じろ」
「は、はい!」
俺は指輪を向け、熊の亡骸|(恐らく)を指輪に封じ込める。
黒く巨大な毛むくじゃらがすぅっと消えてゆく光景に、周りの客たちは「おお!?」とどよめきをあげた。
「園のスタッフ詰め所近くに、ユーグ様が仕留めた魔物の首があるから、それも回収してこい。放置してるとSNSで『裏で動物を殺している』って書かれかねないからよ」
霧島先輩から空の〈チップ〉を受け取り、俺たちは急いでその場所に向かった。……首?
魔物はすべて討伐されているようだ。
アニエスとユーグさんは、性格は似ているが“戦い方”が違うようだ。
最後に“封印する”のを目的としているアニエスに対し、ユーグさんは“抹殺する”スタイルである。首と胴体が分かれた死骸の山は、夢に出てきそうなほど凄惨なだった。
それらをすべて指輪に封じ終えた時、スタッフの一人が青ざめた顔で「“鳥の園”にもいる」と報せてくれた。
最後の一体は〈オーク〉だったらしい。フラミンゴの池の側にある木に、柄の赤い槍に眉間を貫かれ、磔となったまま遺棄されていた。
フラミンゴだけでなく、死骸をついばむカラスまでもドン引きしていた。
それも処理し終えると、俺たちは手持ち無沙汰になった。
アニエスたちと合流するのだが、今いる“鳥の園”は正反対の場所にある。じゃらりとポケットの重さを確かめ、隣にいる正佳に目を向けた。
「また、動物でも見て回るか」
「そーだなー……まだ人も多そうだし」
「しばらくSNSとかで賑わうだろうな」
写真を撮られ、ネット上でああだこうだと言われたくない。
「ま、そのあたりは霧島センパイがどーにか――」
正佳は急に言葉を止めた。
「どうしたんだ?」
「そう言えば、祐護ってセンパイとデートしたんだよな?」
「あ、ああ、一応は」
「その時、センパイと手繋いだんだって?」
俺はすぐに返すことが出来なかった。理由は分からないが、下手なことは言えないと感じていた。それにベラベラと『あの人は』と話すのも失礼だ。
なので、霧島先輩の“理想”について伏せつつ、“思うままのデート”と言う体で釈明をした。
「ふぅん」正佳はこれと言った感情を見せなかった。淡々と頭の中で話の出来事を処理しているように見受けられた。すべて話し終えると、正佳は「じゃあ、その……」と、左手を差し向けた。
「あ、あたしとも、デートしようぜ!」
「え?」脈絡のない言葉に、俺は理解が遅れてしまった。
「やっぱダメか――」正佳は強引に作り笑いをしながら腕を戻そうとした。――が、それは元の位置には戻らず、やや手前の位置で繋ぎ止められていた。「あ……」
「昔もこうやって、手を繋いだよな」
何を言っていいか分からないので、とりあえずこじつけてみる。正佳にも伝わったのか、「そうだったな」と口を小さく動かした。「離ればなれにならないように、だったっけ」
「そうだったか?」
「そうだよ。あの時は人を見にきてるのか、ってくらい人多かったし」
「あー……」
記憶の中の園内の光景に、沢山の人が描写された。これまで、真っ黒に日焼けした正佳が、動物の入った檻の前で笑っているところしか描かれていなかった。
「ライオン、見に行くか」
「お! 今度はビビらないぞー!」
逆にいなしてやる、と意気込む正佳は、記憶のままのニカッと笑みを浮かべた。
しかし、園内をぐるっと回った後――猿山の前で、とんでもない真相を報されることになるのだった。




