表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/36

・(番外)ある日の相談室にて

 この日、私は学び舎にやって来ていた。

 報告書を書いていたのだが、気になることがあったからだ。

 目的地はもちろん、“そうだんしつ”と名のサンドラの居室である。外はうだるような暑さであるが、ここは涼しくて居心地がいい。


「サンドラッ、おるか!」

「だから、くんなつってんだろうが!」


 サンドラはソファーの上に深く腰掛け、手のひらほどの本を広げていた。

 こちらの世界の書物らしく、絵と会話で物語を進めてゆくらしい。ユウゴもよく読んでいるが、字が読めない私には如何せん面白さが分からない。


「お前にいくらか訊きたいことがある」

「普通にソファーに腰かけんじゃねーよ。耳あんのかお前」

「この世界にどうやって来た?」

「だから聞けよ、人の話をよッ!」


 いきり立つサンドラであったが、やがて諦めきったような息を吐いた。


「で、何だって……?」

「フォンテーナ家が、どのようにしてここに来たかだ」

「どのように、ってそりゃ〈転移陣〉を使ったに決まってんだろ」


 どこかで聞いたような名だが思い出せぬ。首を傾げると、サンドラが「“魔錬金術”の」と言葉を付け足した。そこでやっと、一本の線になって繋がった。


「おお! あれか、確か魔物どもを魔界に送り返すための案の……って、あれは頓挫して研究は取りやめになったのではないか?」

「一部でやってたんだよ。うちが資金提供してな」


 なるほど、そうであったか。

 確か十年前だったか、あの頃はフォンテーナ家も金があったからな。


「研究中、妙なモンが現れるようになってよ。その出どこの調査をしていたら、ここにやって来る術を見つけたってことだ」

「ふむ……。だが私は、そのようなものに関わった覚えがない? 突然、足下に魔術紋が浮かび上がったのはどうしてだ?」

「知るかよ。たまたま転移の印が浮かんで、繋がったんじゃねーの。この世界のモンがあっちにいった時みたいによ」

「うぅむ、そんな都合よく……」

「守屋の部屋に行ったとき、あのカーテンの紋様もそれっぽい形していたし、月明かりを受けて形が出来たんだろ」


 魔術紋はすべて作らなくてもいい。こちらと向こうで同じものが出来れば可能であると言う。


「そうであったか」


 私は帽子をテーブルの上に置き、ため息を吐きながら髪を掻き上げた。蒸れた髪を冷たい空気が撫でる。


「疲れてんのか」

「まぁそうとも言える。報告書を書いていたのだが、どうにもユウゴのことが気にかかってな」

「へぇ」


 サンドラは前のめりになり、興味ありげに眉を上げた。


「残念だが、お前が望むようなものではない」

「なんだ」


 そう言って体重をソファーの背もたれに預けた。


「マサカのことだ。幼馴染み以上の念を抱いておろう」

「まぁ、そうだろうな」

「十七歳と言えば、もう親なり自分が決めた相手の家に入る頃だろう」

「向こうとこっちでは慣習が全然違うんだよ」


 こちらでは、“恋人”という交際期間を経てから結婚があると言う。

 我々の世界も似たものだが、事情が少し違っている。


「ニュアンス的には“同棲”が近いよ。女が男の家で暮らしてから結婚すんなら」

「ふぅむ……マサカなら我々の世界では引く手は多いだろうに、勿体ない」

「その……何だ、アニエスにもいたんだろ? 持参金を増やそうとしたんなら……」

「ああ。何ごともなければ、翌々月くらいには返事をしようと思っていた」


 ばつが悪そうな顔を浮かべるサンドラ。

 親が決めた相手であり、向こうの家に入ってから一ヶ月後に持参金を持ってゆかれたのだ。


「何と言うかその――」

「結果的にあれで良かったかもしれぬ。あのまま妻になり剣を置いていれば、必ず未練を残す生涯を送っていたであろうしな」

「そ、そうか……」


 しばらく、沈黙の時間が過ぎる。


「――ところで、相手は誰だったんだ?」

「バシュレ卿の嫡男。ジュラルド殿だ」


 はーっ、とサンドラは嘆息した。

 フォンテーナ家でも上がれないような名家だからである。


「やっぱ、武勲を立てる家は違うな」

「私もあまり乗り気ではなかったのだが、兄上の件があるのでな……少々、権力のある家が必要だったのだ」

「ああ……」


 サンドラは納得したように頷く。


「……んん? バシュレ卿って、第一子を産んだのは三十とかじゃなかったか。その嫡男って――」

「今年で確か十六だ」

「はぁ!? って、ちょっと待て、あれが六年前だから……じゅ、十歳そこそこのガキに、十近く離れた年増選んだのかよ!?」

「し、仕方あるまい。あの家は病に弱く早死にが多い……子の数よりも、強い母胎と血を取り入れる方を選んだのだろう」


 線は細く、剣は五十回も振れないほど。色も白さくて小柄なため、初めて顔を合わせた時は女かと見間違えたほどであった。


「そのデカ尻に潰されっぱなしになるな」

「乗っかれば押しのけられぬほど、ひ弱だ」

「だけど、結婚する気だったんなら、お前もそいつを気に入ったってことだろ?」

「まあそうとも言えるか。私も女であるし、子を産むのが神に与えられた責務――そこで、この方とならと思えたからな」

「羨ましい限りだよ」


 そう言うと、サンドラは“れいぞうこ”から緑色の瓶とグラスを二つ取りだし、私から更に話を聞き出そうとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ