表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

元サラリーマン、一人。

車内販売のワゴンが転がされる音が聞こえる。

「コーヒー、お茶。ビールにお酒、おつまみもございます。お弁当にサンドイッチ。車内販売はいかがですか?」

販売員さんに声をかけ、駅弁を購入。なかなかおいしそうだ。ついでにビールも頼む。ちびちびビールを呑みながら、弁当を食べる。旨い。車窓には、美しい自然が、まるでテレビの向こうのように流れていく。


仕事を定年で退職し、妻と旅行に行こうと思っていたのだが、行き先を決める段階で妻が他界。病気が発見された時にはすでに末期であった。せっかちな妻は、とっとと逝ってしまったのである。


妻はともにこれなかったわけだが、幸い時間はたっぷりある。行き先を熟考し、利用する交通手段を決める。高速バスは駄目だ。値段の割に乗り心地が悪い。


特急電車に乗り込み、いざ行かん。春の陽気とここちよい揺れが、眠気を誘う。鶯の声が聞こえるかのようだ。妻の遺影も忘れてはいない。窓に向けておいてある。


決めた旅行プラン、それは電車旅だ。どこへ行くでもなく、車窓を流れる景色を楽しむ。北は青森、南は鹿児島まで行くのだ。乗り継ぎ乗り継ぎ、気ままな一人旅。妻のせっつく声が聞こえるかのようである。


ガタタン、ゴトトン。聞こえる音は、車体から発されるものと、近くの席の人のいびきだけだ。いや、子どもの声も聞こえる。それを落ち着かせる親の声も。


妻。生涯で愛した、たった一人の女。君との出会いは、運命かと思ったよ。プロポーズの言葉も、はっきり覚えているさ。かみまくったこと、笑いながらも、指輪を受け取って顔を赤らめた君のこと。


子どもも生まれた。息子たちも元気でやっているさ。たまに帰らせるよ。線香の一本でも、上げていけとい言ってさ。君のことだから、恥ずかしがるかな?もうすぐ、二人目の孫も生まれるそうだよ。


君は慌てて逝ってしまったけど、のんびり屋の僕はまだ逝けないよ。自分のペースでそっちに歩いていくよ。待たせるかもしれないけど、ごめんね。


窓の外を眺める。ちょうどビル街にさしかかった。小さな窓に、忙しくする会社員が見えた気がした。僕もモーレツサラリーマンなんて言われたころがあったなぁ。少し寂しいものだ。


乗り換えの時、すれ違う新しいスーツたち。そうか、就活か。

「頑張れよ」

一言声をかけた。


また、写真に話しかける。君と初めて会ったのも、スーツでだったな。第八ビルの完成パーティに呼ばれて、会社代表として行った、その受付に君がいたっけ。その時から僕は君のことが気になっていたんだ。


君は、君が思ったよりモテていたね。知っている限り、4人は君を狙っていた。それほどまでに惹きつけられたんだ。君を落とせたことが、僕の人生で一番幸せなことだった。


あれは白鳥だろうか、真っ白な鳥が、青空を彩る。ワンポイントが美しい。広報担当だったころを思い出す。美しいその色の対比を、写真に収める。


あの頃の栄光は、もはや過去の遺物だ。異動になっていなければ、一昔の前のセンスから変わらなかった描き方を笑われていただろう。異動させてもらえてよかった。


ビールを飲みながら、車内に目を向ける。静かな家族、酔いが回っていそうな中年、老夫婦。土曜日でも、田舎に向かう分にはすいている車内。静かでいい。


再び窓の外に目を向ける。線路沿いに小川が流れている。釣りをする人々の横を通って、列車は進む。釣りか。唯一の趣味だった。待つのが好きな僕にとって、もってこいの遊びだった。


鮭や鱒を釣って帰ると、大体旬だったから家にもあったな。渓流釣りが大好きだった。川のせせらぎを身をもって感じながら、自然と一体になって釣れる瞬間を待つ。楽しかった。


釣果を上げている釣り人も見えた。いい笑顔で釣っていた。僕も、傍から見たらあんな感じだったのかもしれない。ほほえましくなる。


また、車内販売員が来た。ビールとつまみを買う。つまみはプレッツェル。いい具合に胡椒が効いている。なかなかに旨い。


あと二駅ほどしたら、普通電車に乗り換えだ。降車の準備をする。飲み干したビールの空き缶、プレッツェルの空袋もまとめておく。


普通電車はそこそこ人が乗っていた。空いている席に座る。一駅行ったところで、

「ここ、いいですか」

と声をかけられる。若い女性が子供を連れていた。


「どうぞ、お子さんとお出かけですか」

と聞いてみる。どうやら、離婚を機に実家に帰るようである。


離婚といえば、末娘は何をしているのだろう。結婚もしていないし、浮いた話も聞いたことがないが。直接聞いても

「関係ないでしょ」

娘というのはそんなものか。と諦めた。


若い母は一駅行ったところで降りて行った。、空いたドアから吹き込む風が気持ちいい。君とのハネムーンは、風の強い日だったな。


君にも風にも振り回された。さんざんだったが快活な君を見ていると、そんなことどうでもよくなった。ただ、愛おしかった。


目的の駅について、電車を降りる。木々のさざめきが聞こえる。小鳥のさえずり、舞行く蝶。カメラを取り出してシャッターを切る。


駅から旅館までの道は、結構な坂だった。ひいこらひいこら、登っていく。道沿いに茶屋があった。いったんここで休憩するか。


茶屋の椅子に腰かけ、外を見る。休日だからか、ちらほらと人が通り過ぎていく。その様子を眺めるだけでも楽しかった。


茶うけのお菓子は、君が好きそうなお饅頭だよ。お茶の味も、君の好みだろうね。なんという茶なのか、どこかで買えないか聞いてみる。正面の土産屋さんに置いているそうだ。


土産屋を覗いてみる。なるほど、ここの饅頭だったのか。茶も売っている。正面の店で出しているお茶と饅頭を購入する。


一息ついて、また坂登り。ここまで、君との楽しい思い出を数えていたから、つまらないなんてこともなかったな。


やっとこさ旅館に着いた。チェックインして部屋に案内してもらう。落ち着いた雰囲気の一室である。お茶とお菓子をいただく。まず、部屋に備え付けられた露天風呂を体験しようか。


自然を満喫しながらの風呂は、格別に気持ちよかった。すっきりしたところで、荷物を置いて、部屋を出る。旅館周りの散策をしよう。


旅館は山中にひっそりとたたずむ、そんな雰囲気だった。ミステリアスな匂いに、僕は惹かれたのだ。大自然に囲まれた、一つの旅館。隠れ家的な場所として、人気があるようだった。


一通り周りを歩き、部屋に戻る。転寝をしていたら、ふすまをたたく音がする。どうやら、夕食の時間のようだ。


部屋に運び込まれた料理は、一人分としてはかなり多かった。食べ終わってみると意外と平らげてしまって、吃驚したものだ。


大浴場は、それなりに人がいた。同年代の旅行仲間もいて、会話が弾んだ。部屋に戻ると、布団が敷かれている。今日は呑んだら寝よう。


地酒を呑みながら、テレビを見て一服。楽しい往路だった。明日はどうしようか、僕はのんびり考えてから、起きてから決めたらいいや、と布団に入った。

息抜きに書いてみた作品です。

思ったより書ききるまでに時間がかかった…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ