昼休みの日常
お昼を告げるチャイムが鳴り響く。
心臓がドキドキと鳴り響き、焦りの汗が滴る。
まだ、まだだ。ここで焦れば、のちの時間ロスになってしまう。
「では今日はここまで。日直」
「起立、礼」
「「ありがとうございました」」
今だ!!
挨拶が済んだ瞬間、座ることなく鞄に手を入れ財布を取り出す。取りやすいよう一番上に入れておいたので、スムーズに取ることが出来た。
次!!
バッと扉の方を見る。
扉への最短ルート。ちっ、安田が邪魔な位置にいるな。でも、あそこさえクリア出来れば、最速で教室を出られる。
机を掴み、遠心力を利用しながらスイスイ机密集エリアを抜ける。勢いのまま斜めに壁の方へ向い、安田エリアは壁を蹴ってルートに戻ることでクリア。
よし、教室はクリアだ。
扉を開け、廊下に出ようとした時、目の前を長い髪をたなびかせ走る女が通りをすぎる。走った先を見ると、彼女はこちらを振り返ってほそく笑む。
クソっ、出遅れたか。だが、今日はさほど差はない。まだまだ勝負はこれからだ!!
俺も教室を出て走り、女を追う。
彼女は中央の階段を使うため、左に曲がった。
ククク、甘いな。
確かに中央の階段は最短ルートだ。だが、この時間は先生や他の生徒が中央を使い、通り抜けるのに時間を食う可能性がある。
俺は中央階段をスルーし、東階段を降りた。ここを使うと少し遠回りになるが、リスクを最小限に留めることが出来るのだ。
一階まで駆け下り、西側へ走る。
アイツは…… クソっ、今日は混んでない日だったか。
前を走る女を見つけ、心の中で舌打ちをうつ。このままでは距離は縮まらず、追いつくことはできない。
この方法は出来れば使いたくなかったが、仕方ない……
覚悟を決め、俺はコースを外れて中庭に出る。ここを横切れば大回りしなければいけない廊下ルートよりも時間を短縮出来る。
だが、このルートには最大の試練、職員室の前を通らなければいけないのだ。職員室前では走ることができないうえ、もし見知った先生に出くわしてしまった時には、声をかけられ時間を大幅に食う羽目になってしまう。あいつと僅差のこの状況で、少しのロスも命取りになってしまう。
中庭を突っ切り、校舎に戻る扉から中を確認する。
よし、誰もいないな。今なら突破出来るはず!
静か、かつ俊敏に。俺は職員室エリアを突破することに成功……
「っっ!!」
角を曲がりコースに戻ろうとした瞬間、目の前に巨体が立ちはだかった。俺は飛び出そうとした勢いを殺せず、巨体にぶつかってしまう。
「っと、大丈夫か? いきなり飛び出したら危ないだろう」
「ごめんなさ…… げ、西村」
立ちはだかった巨体は、学校内で捕まったら面倒くさい教師No.1の西村だった。しかも、思わず嫌な顔をしてしまった。これはまずいぞ。
「なんだその顔は。人の顔を見てそんな顔されたら傷つくじゃないか」
「あぁ…… ごめんなさい。ほんと反省してるんで、今はちょっと」
「あ、おい!」
伸ばされた手を避け、なんとか西村から逃げる。後から呼び出しを食らうかもしれないが、今はそんな事よりも重要な勝負の真っ最中なのだ。
「クソっ、かなり時間を食っちまった」
時間短縮のためにした事が裏目に出てしまった。だが、これでも少しは時間を短縮出来たはず。
全力で走り、目的地へ!!
***************
「はぁ、はぁ、はぁ」
目的地である購買に辿り着く。周りを見回すが誰もいない。これは……!!
「おばちゃん!!」
「はーい。いらっしゃい」
俺は購買のカウンターに飛びつき、荒い息のまま次の言葉を。
「プレミアムメロンパン1つ!!」
あぁ、これを言うのをどれほど夢見たか。やっと、やっとあいつを負かしてやることが……
勝利に浸っていると、おばちゃんが何故か申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんねぇ。それ、さっき売れちゃったのよ」
「え……」
目が点になる。
え、だってここには誰もいなかった。俺が一番乗りだから、プレミアムメロンパンが先に買われているはずは……
「残念だったわね」
ポンッと肩を叩かれる。
恐る恐る後ろを振り返ると、背後に勝ち誇った顔をする女が。
「これで私の180連勝。まだまだ詰めが甘いわね吉田」
「み、水谷」
持っている紙袋から、クリームがたっぷり詰まったメロンパンを取り出し、見せびらかしてくる水谷。俺はこの女と、購買で毎日1個限定で販売されている『クリームたっぷりプレミアムメロンパン』をかけて勝負を繰り広げているのだ。
「くっそーー!! なんで毎度毎度お前に勝てねぇんだよ」
「修行が足りないんだよ。君にはまだ通常メロンパンがお似合いってことさ」
そう言いながら、水谷は普通のメロンパンを渡してくる。その時の顔といったら、可笑しそうにニヤニヤ笑っていて……
「覚えてろ!! 明日こそは絶対にお前に勝ってやる!!」
メロンパンを奪い取り、俺は水谷に捨て台詞を放って購買を後にした。
明日こそは絶対、あいつに普通のメロンパンを突きつけて笑ってやる!!
***************
捨て台詞を残して去っていった吉田。彼の姿が見えなくなった瞬間、私は崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。
「はぁぁぁ」
ドキドキしたぁ。私、変な感じじゃなかったかな。
頬に手を当てると、火照って熱くなっている。
「またあんなこと言っちゃって。もう少し素直にならなきゃあの子は気づかないよ?」
おばちゃんが呆れたように溜息をつく。
「わ、分かってるんですけど」
いざ吉田が目の前にいると、どうしても恥ずかしくなってしまうのだ。それに、吉田にとって、私はただのメロンパンを取り合うライバル。
「私は今の関係だけで幸せなんです」
「そんなもんかねぇ」
メロンパンが入った袋を抱きしめる。そう、吉田が私のことを思い出してくれるまで、このまま関係でいい。吉田との繋がりがあればいいのだ。
『知ってるか? ここの購買のメロンパンってめっちゃ美味いんだ。また一緒に食べないか?』
あの日言ってくれた言葉を思い出してくれるまで。