置き去り二体の模造虚神-目覚めた月と太陽のヒカリ
白く染まりきった霧の路の先に――。
外観、そして天井から床に至るまでの内装全てが
濃い煌めきを放つ黄金で形成されている神殿のような建物があった。
何本も黄金色に染まっている円形の柱が立ち並んでいるといういうのにゴテゴテとしたしつこさを感じさせないような――。
その異質ともいうべき何者も寄せ付けないような、
雰囲気を流しながら静かに佇んでいる建物のその中で。
身体に伝わる刺激から、
主人とも自らの製作者とも言える者の、
突然過ぎる死の知らせを聞いた二体は静かに息を飲み込んだ。
右側では灰色の髪に白の仮面をつけたモノ、
左側では橙色の髪に金の仮面をつけたモノ。
それぞれが肩を落として呆然としている。
神殺しの力を持つ神であった主は、
自らの神の力が消える前に、
強く酷く警戒していたある神を倒すため、
彼らを造り上げた。
主は造り上げられた二体に、
灰色の髪の方をムーンドール、
橙色の髪の方をサンドールと名付け二体を眠りへと誘った。
来たるべき時の為に。
当然、
眠る時には希望を持って眠りついた二体が、
急に起こされた理由が主の死である等とは納得できる筈も無く。
どれだけの時間が流れたのかを気にすることもなく、
ただ、ただ身体をダラリとさせたまま呆然としていた。
室内の寒さが冬空のようになろうかとして居た時、
「我が主を、消したのは――誰だ……!!!!
賊や低級妖精等に主が負ける筈もねえだろう!!!!
今直ぐにでも主を亡きモノにしたヤツを八つ裂きにするべきだ!!!!」
シンと張り詰める空気の中、
怒りを隠すこともせず前面に表しながら最初に口を開いたのはサンドールの方で。
「待つんだサン。
勢いのまま飛び出したところで何にもなら無いよ。」
荒々しかったサンドールを、落ち着かせるように。
言葉を返したのはムーンドールだった。
サンドールのギラついた紅い眼が柔らかく蒼いムーンドールの眼に食いかかるようにして向く。
「何が言いたい」
紅い眼を少しも動かすこと無くサンドールマンは短くムーンドールを威嚇した。
はぁ、と息を吐いたムーンドールの蒼い眼も揺れることは無く、サンドールの方へと歩みを進めながら「僕らが眼を覚ました理由をもう少し考えた方がいい」とゆっくり言葉をかけていく。
どういうことだよと近づいてきたムーンドールに詰め寄るサンドールに対して、
顔が近いよと言いながら言葉を投げていく。
「そもそも、僕たちが起きるためには主の存在が必要なハズ、
けれど、主の姿も、その強大な力の香りもしない。
それなのに僕らが起きている。ということは――」
ムーンドールの話す言葉に静かに耳を傾けているサンドールは、
ムーンドールの言葉を遮り、「主の肉体、もしくは力が散っただけで、主の魂や根の部分は、
まだ消滅していないってことか? 」と言う。
サンドールの言葉にコクりと頷いたムーンドールは、
それとあと一つ大事な事は、と口にして。
藍色をしたシルクのようなシャツから鎖骨が見えるようにめくりあげて、
自らの鎖骨部分に記されている主の記した印を自らの目と鼻の先にいるサンドールへと見せつける。
「主が自らの力を込めて僕らに記したこの印が、
この印の中に宿る力が尽きない限り、僕らは動くことが出来る。」
だから生存している可能性はあるよと言いかけたところで――ある事が気になったムーンドールは、
そういえば、サンはどの場所にこの印が記してあるの?と訊くとムーンドールの何気無い表情とは違い。
訊かれたサンドールの表情は湯船に浸かりすぎてのぼせた様に赤くなっていて、
「どこってお前……せ、背中だよせなか!!うるせえな!」
と勢いのある言葉を吐き捨てたままサンドールはそっぽを向いた。
サンドールの慌てぶりにムーンドールは少し違和感を抱きながらも、
何か理由があるのだろうと静かに「背中なら見せられないね。 」なんて零して、
神殿の外へ出ようとしていた。
ムーンドールのいきなりの行動に焦ったサンドールは、
「おい、どこに行く気だよ!? 」と声をかけたが、
ムーンドールの歩みが止まることは無く、先ほどよりも少し大きめな声で「主が生存しているにしろ、消失しているにしろ主の力が不安定なのは確かなハズ、だとしたら早めに此処を出ないとこの場所も崩壊してしまう可能性が高い。」
そう言うムーンドールの言葉を受けて、
心底驚いたような表情を見せたサンドールは、急いでムーンドールの後を追う。
急激に動いた事で息苦しさを覚えたサンドールは、いつの間にかムーンドールの背中に頭突きをする形でその足を止め、息を切らしながら「そ、そういえば……さっき言ったことが本当なら、
俺たちの活動力もすぐ切れるんじゃねえの……か ? 」とムーンドールの背中越しに言葉を発した。
少しの間を置いて、ふふっと小さく笑った後。
ムーンドールはサンドールの方を向いて「大丈夫だよ。さっき発言した印は、人間でいう第二の心臓みたいなモノだから、機械仕掛けのモノのように現状では急に息絶えることは無いね。 」と呟いた。
そうか……と安堵を浮かべたサンドールが力を抜いて顔を俯かせた瞬間、
左手に違和感を感じて顔を上げると、
ムーンドールが手をつかんでいて。
「さあ、休憩したいところだけど、神殿をちゃんと出るまでは、
ゆっくりしている暇はないよ。 でないとペラペラになっちゃうからね。」と少しだけ笑いながら、
サンドールの手を引いて外へ続く神殿の階段を下って行った。
階段を下り切り森を前にした二人の前には、
目覚める前にあった白い霧の姿は無く。
代わりのように眩しい位の暖かい黄金に煌いた光が二人を照らしている。
「初めて、神殿から出たよオレ……外ってこんなに暖かいんだな。 」
黄金に煌く光を眺めてポツリと呟いたサンドール。
呟いた言葉が風に溶けるように消えてすぐ。
橙色の髪をしたサンドールの左手に少しだけ強い力が掛かる。
「ここからが、僕たちの始まりだ。 必ず主を、探し出す。」
後ろで轟音を立てて崩れる故郷を背にして、
そうはっきりと言葉にした灰色の髪をした彼の眼はとても力強く青い輝きを放っていた。