心待つ
ニコラスが出張にでてから、三週間ほどたっていた。
もともとニコラスは依頼や魔術師協会の仕事ではもちろん、ふっと気まぐれに出かけて戻ってこないことがよくあった。
依頼で数ヶ月留守にしたこともあった。
だから、今回の出張が特別長いというわけではない。
いつもと変わりないはずなのに……。
掃除の手を休めたセーラは、大きなため息ついた。
顔を上げたセーラの目に、ニコラスの上着が映った。
セーラはその上着を手に取った。
くたびれてヨレヨレになっているが、手触りは思いの外よい。
おそらく、元々はかなり良い品物なのだろう。
服に限らず、ニコラスの普段使いの持ち物は、ヨレヨレボロボロのものだらけだったが、素材は悪くない。
元々が良いものだからこそ、ボロボロになるまで使うことができるのだ。
ヨレヨレボロボロになった上着には、手に入れたものを大切に大切に使い続けるニコラスの優しさが詰まっている。
ニコラスに逢いたい。
セーラはニコラスの上着をぎゅっと抱きしめた。
「セーラ」
背後から声をかけられ、セーラはビクッと飛び上がった。
おそるおそる振り向くと、ニコラスが立っていた。
「ただいま。こんなところで何してたの?」
首をかしげるニコラスに、セーラは慌てて手にした上着を後ろに隠す。
「それ、オイラの上着……」
セーラは真っ赤になりながら首をフルフルと振り、後退りする。
ニコラスはわざとしくきょとんとした顔をしながら、にじり寄る。
とうとう壁際に追い詰められたセーラは、恥ずかしさに瞳を潤ませながら下を向いた。
「オイラのこと思い出してくれてたの?」
耳元で囁かれ、セーラは身体から力が抜けていくのを感じた。
もうダメ。
そう思った瞬間、ニコラスにきつく抱き締められた。
「あぁ、セーラ。逢いたかったよ」
完全に脚の力が抜けたセーラは、ニコラスの胸に身体を預けた。
「オイラ、君に逢いたくて、逢いたくて。君のことばっかり考えていたんだ」
熱い吐息にセーラは酔ってしまいそうだった。
「君はどう?」
ニコラスは腕の力を緩めると、セーラの顔を覗きこんだ。
「オイラに逢いたかった?」
セーラは恥ずかしさに少しうつむきながら、コクりと頷いた。
ニコラスは再びぎゅっと抱き締めると、セーラの頭を優しく撫でた。
ふたりはしばらくの間、なにも言わずにそうしていた。
「セーラ。お帰りなさいのキッス」
ニコラスはセーラの顔をじっとみつめながら無邪気にニコッと笑った。
セーラは恥ずかしさで目を伏せた。
「ダメ?」
困ったように小首をかしげるニコラスの顔をまともにみることができない。
「オイラとキスするの、イヤ?」
悲しそうな声に、セーラは首をフルフルと横に振った。
「なら、お帰りなさいのキスしてよ」
ニコラスに耳元で囁かれ、セーラは頚まで真っ赤に染まった。
「早くぅ」
甘えるように急かされ、セーラはさらに恥ずかしくなって俯いてしまった。
「セーラ。オイラとキスしたくないの?」
ニコラスは少し拗ねたような声をだす。
セーラは首をフルフルした。
「じゃあ、お帰りなさいのキスして」
セーラが顔をあげると、ねだるように唇をとがらせたニコラスと目があった。
セーラはニコラスの胸に顔を埋めるようにして首をふった。
「やっぱりオイラとキスしたくないんだね」
ニコラス悲しそうな声にセーラはまた首をふった。
「ねぇセーラ。オイラとキスしたい?」
ニコラスの胸に顔を埋めたまま、セーラはコクりと頷く。
「ホントに?」
セーラは答えるように再び頷く。
「ホントに、ホント?」
セーラは下を向いたまま何度も頷く。
「セーラ……」
ニコラスの吐息まじりの囁きが、セーラの耳にかかる。
「ああ、そうか」
ニコラスは突然明るい声をだした。
「セーラ。オイラにキスしてほしいんだね」
セーラは恥ずかしくて身を固くする。
「あぁ。なんて可愛いんだ」
ニコラスはセーラをぎゅっと抱きしめると、耳元で囁いた。
「セーラ。オイラからキスするよ? いいね」
セーラが顔を上げると、ニコラスのとろけるような瞳があった。
ニコラスの顔が近づいてくる。
セーラはうっとりと目を閉じた。