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セーラとニコラス  作者: 岸野果絵
デート
5/8

帰宅後

 ニコラスとセーラが帰宅すると、ダニエルが居間でジョンの様子をみていた。

「おかえりなさいませ。ジョンちゃん、今寝たところですよ」

 ダニエルは小声でいった。

 ジョンはゆりかごの中で、気持ちよさそうな寝息をたてている。

「ほんと、ジョンはかわいいねぇ」

 ニコラスは顔をでろでろにして、ゆりかごを覗き込む。

セーラもジョンの寝顔を微笑みながら眺める。

二人は顔をあげて目を合わせて、互いにニッコリ笑うと、またジョンの寝顔に視線をもどした。


 ダニエルは気を使って、そっと居間から出て行こうとした。

「ダニエル」

 ヒソヒソ声でニコラスに呼ばれ、ダニエルは振り向いた。

「セーラ。ジョンはオイラが見てるから、お風呂入ってきなよ」

 ニコラスはヒソヒソ声でセーラにそういうと、ダニエルに向かっておいでおいでをした。

「お願いね」

 セーラは察して、居間を後にした。


*****

 お風呂から上がったセーラが居間に行くと、ゆりかごの横で、ニコラスとダニエルが分厚い本を広げて、ヒソヒソと話しているところだった。

 二人はしばらくセーラが来たことにも気がつかない様子で、何やら真剣に話し合っている。

セーラは二人の邪魔をしないように、こっそりとゆりかごを持ち上げた。

ニコラスが視線をあげ、セーラの方を見て、ニッコリ微笑んだ。

セーラは声を出さずに「おやすみなさい」と言うと、居間を出て自室へと向かった。


*****

 セーラは鏡台に腰かけると、ホッと息をついた。

夢のようにめまぐるしい一日だった

 昨夜のプロポーズには驚かされたが、一番びっくりしたのはニコラスのまともな姿だ。

 あんなに美男子だとはは思わなかった。

それに立ち居振る舞いも完璧で、ニコラスにエスコートされていると、まるでどこかのお姫様にでもなったような気分になりかけた。

しかし、たまに彼の口から飛び出してくる一言が、セーラを現実に引き戻しもした。

それさえなければ、本当に素敵な紳士だったのに、それがニコラスらしさでもあり、憎めないところでもあった。


 セーラは何気なく夜着の袖をまくり、左腕のブレスレットを眺める。

 本当にニコラスの妻になったのだろうか。

こうしてブレスレットを見ていても、いまいち実感がわかなかった。


 本当に突然すぎるプロポーズだった。

 そういえば、ニコラスとの出会いも突然だった。

死のうとしていたセーラの目の前に、突然現れて、そして、いつの間にかセーラはここで、家政婦として働くことになっていた。

 ジョンのこともそうだ。

気がついたら、ニコラスはジョンの父親になっていた。

 何が何だかよくのみこめないうちに、どんどん進んでいく。


 ニコラスは本当にいつも強引だ。

こちらがぼーっとしてるうちに、どんどん進めてしまう。

でも、無理矢理ではない。

要所要所で、きちんとセーラの意思を確認してくれている。

その上、いつもちゃんと逃げ道を作ってくれている。

 このブレスレットのこともそうだ。

ニコラスはセーラに「オイラにしか外せない」と言った。

それは、きっとセーラが望めば外してくれるという意味だ。

絶対に外すつもりがないのならば、わざわざそんなことをセーラに言わなくてもいいはず。

 ニコラスの台詞は、いつも突飛で、ペラペラとまるで急流のようだ。

ぼーっと聞き流してしまえばそれまでだが、きちんと聞いていれば、大切な情報はちゃんと織り込まれている。

だけど、セーラはその場では、ニコラスの言っていることが半分も理解できない。

後で何度も何度もじっくり考えて、ようやくわかるのだ。


 トントン

 微かな音が扉から聞こえた。

 セーラは上着を羽織ると、扉の前に立ち、カチャっと静かに開けた。


「起こしちゃった?」

 隙間からニコラスが首を傾げ、すまなさそうな顔をする。

 セーラは首を横に振った。

「起きてたわ」

「ならよかった」

 ニコラスはニッコリすると続けた。

「ちょっといい?」

 セーラは頷き、「どうぞ」と扉を大きく開けた。

 ニコラスはスッと部屋に入ると、扉を閉めた。

そして、振り返ると、いきなりセーラを引き寄せ、抱きしめた。


「セーラ。今日はとっても楽しかったね。オイラ、ずっとドキドキしっぱなしだったんだ」

 セーラの耳元でささやく。

「今もドキドキしてるんだよ。耳をあててごらん。オイラの胸の鼓動、聞こえるかい?」

 そう言って、腕の力を緩める。

 セーラは突然の出来事に驚き戸惑いながらも、言われるままにニコラスの胸に耳をあてた。


 ドックンドックンと心臓の波打つ音が聞こえる。

 しかし、セーラにはそれがニコラスの心臓の音か、それとも自分の心臓の音か分からなかった。

それくらいセーラの胸もドキドキしていた。


「ああ、セーラ。オイラ、君が欲しくてたまらないんだ」

 熱い吐息でささやかれ、セーラの鼓動はさらに早くなる。

あまりにも鼓動が早くなりすぎ、セーラは胸が苦しくなって身を固くした。


「ごめん、セーラ。困らせてしまったね。オイラ、つい……。いいよ。無理しなくていい」

 セーラの様子に気がついたニコラスは切なげにささやく。

 ニコラスの腕の中で、セーラは首を横に振り、「違う」と伝えようとしたが、息が苦しくなるくらい胸がきゅっとして、なかなか声にならなかった。


「大丈夫。オイラ、いつまでも待つよ。待ちたいんだよ、セーラ。君の心の準備が整うまで」

 優しく語りかけるニコラスに、セーラは酔ってしまいそうだった。


 普段のニコラスはとても強引だ。

どんな状況でも、いつの間にか相手を自分のペースに巻き込んでしまう。

こちらが驚き戸惑っている間に、いつの間にか物事を進めてしまうのだ。


 しかし、今、目の前にいるニコラスは違う。

いつもの大胆な強引さはなく、臆病なくらい慎重だ。

もどかしく思ってしまうくらい、セーラを気遣っている。

 あの人とは正反対だ。

あの人は普段はとろけるように優しくて、そして強引だった。


 そこまで考えて、セーラは愕然とした。

 こんなにも愛してくれるニコラスの腕の中にいるのに、あの人のことを思い出してしまう。

あんなひどい仕打ちをされたのに、まだあの人を忘れられない。


 なぜ。

どうして思い出してしまうのだろうか。

どうしたら忘れることができるのだろうか。

悔しくて、悲しくて、情けなかった。

いつになったら、あの人の呪縛から解放されるのだろうか。


「君に無理はして欲しくないんだ。大丈夫。オイラ、君の一番にならなくてもいい。君がオイラのことを好きになってくれれば、それで充分なんだ。焦らなくていいよ。時間はたっぷりある。少しずつでいいんだ。少しずつ、オイラのことを好きになってくれれば、それでいい」

 ニコラスは、肩を震わせるセーラの髪を、愛おしげに撫でながら続けた。


「オイラ、()らされるのも、キライじゃないんだ。焦らされれば、焦らされるほど燃え上がるって言うでしょ」

 少し冗談めかしてささやくニコラスに、セーラは嗚咽を堪えるように、しがみついた。



「ああ、セーラ。泣いてる君もホントに可愛いね。もっともっと泣いていいんだよ。オイラの胸で思う存分泣いたらいい」

 ニコラスは甘く優しい声でセーラに語りかける。

セーラは我慢できずに、わっと泣き出した。

「可愛いセーラ。オイラがずっとこうして、抱きしめててあげるね」

ニコラスは泣きじゃくるセーラの頭に頬をよせ、その髪や背中を、あやすように優しく撫でつづけた。


 しばらくすると、セーラの嗚咽は聞こえなくなった。

肩の震えもおさまる。

「セーラ」

 セーラは涙にぬれた顔をあげた。

 ニコラスは、セーラの顔を両手で挟むようにして、頬に残る涙の跡を、親指で優しく拭ってやる。


「ねぇ、セーラ。ひとつだけオイラの望みを叶えてくれないかい?」

 優しい笑みを浮かべながら尋ねる。

 セーラは不思議そうな顔をしながらうなずいた。


「今夜はずっと傍にいて欲しい。君の横で眠りたいんだ」

 ニコラスは真直ぐにセーラの瞳を見つめながら言った。

 セーラははにかみながらも、こくりとうなずいた。


「やったぁ」

 ニコラスはパッと顔を輝かせると、そそくさとセーラのベットの上にあがり、布団の中に入る。

「うーん。良い香り。セーラの香りだ」

 しばらく布団に顔をうずめ、堪能した後、バサッと布団をあけた。

「セーラおいで」

 満面の笑みを浮かべながら、セーラをおいでおいでと誘う。

 その子供のような振る舞いに、セーラは思わず顔をほころばせながら、ベットにあがった。

 すぐにニコラスの腕が伸びてきて、セーラを捕える。


「はぁ。セーラは柔らかくて、あったかくて、抱き心地が最高」

 ぎゅっと抱きしめながら吐息まじりにささやく。

「セーラ。おやすみのキッス」

 ニコラスはそう言うと、唇を伸ばすようにして、目をつぶった。

 セーラくすっと笑うと、ニコラスの額に口付ける。

 ニコラスがパチっと目を開けた。

「えー。そっちじゃないのにぃ~」

 口をとがらせ、頬を膨らませる。

 セーラはクスクス笑った。


「ま、いっか。おやすみ、セーラ」

 ニコラスはニヤリと笑ってそう言うと、目を閉じる。

すぐにスヤスヤと安らかな寝息が聞こえてきた。

 セーラは目を丸くしてしばらくニコラスを見つめていたが、クスリと微笑むと目を閉じた。


*****

 セーラが目覚めると、隣にニコラスの姿はなかった。

 胸騒ぎを覚えたセーラは、すぐに起き上がると上着を羽織った。

よく眠っているジョンの姿を確認してから部屋を出ると、廊下を小走りにエントランスへと向かった。


 ゲートの小部屋の前で、ダニエルと何やら話しているニコラスの姿を見つけ、セーラはホッと息を吐いた。

 ニコラスの姿は、いつもの乞食服ではなく、シンプルで動きやすそうな服に、リュックを背負っていた。

とはいっても、服もリュックもボロとまでは行かないが、だいぶ使い込んだ、くたびれ感がある。

もちろん頭は、いつものボサボサ頭だ。


「セーラ?」

 振り向き、セーラの姿を見つけたニコラスは、驚いたように目を丸くした。

「ニコラス」

 セーラは駆け寄った。

「起こしちゃったのか。ごめんね」

 気遣うように言うニコラスに、セーラは横に首をふった。


「どこか行くの?」

「ちょっと遠方のお仕事なんだ。しばらく留守にするから、よろしくね」

「いつ、戻ってくるの?」

 セーラの声は自分でも驚くくらい、寂しげに響く。

 ニコラスは破顔すると、セーラを抱きしめた。

「大丈夫。そんな危険な任務じゃないよ。ひと月くらいで帰れるし」

「ほんと?」

 セーラはニコラスの顔を見あげる。

「嘘ついてもしょうがないでしょ。君ってそんなに心配症だったっけ?」

 ニコラスは苦笑いを浮かべる。

「ごめんなさい」

 セーラは恥ずかしくなって、ニコラスの胸に顔をうずめた。

「ほんとに君はかわいいね」

 ニコラスは腕に力をこめ、再びセーラを抱きしめた。


 ダニエルが咳払いをする。

「ダニエル。風邪でもひいたの? うつさないでくれるかなぁ」

 ニコラスはセーラを抱きしめたまま、ダニエルにチラリと冷たい視線を送る。

「えー、師匠。お取込み中、大変申し訳ありませんが……」

「大変申し訳ないよ、君。ちょうど盛り上がってきたところなんだ。邪魔しないでくれる?」

 相変わらずセーラを抱きしめたまま冷たい声を出すニコラスに、ダニエルは自分の後頭部をなでながら、あいまいな笑みを浮かべた。

「あのぉ。予定の時刻が過ぎておりますが……」

 ニコラスはハッとしたように、ダニエルに顔を向けた。

「早く言ってよ」

 慌てた様子でセーラを離すと、床に置いてある大きなバックを肩にかけた。


「じゃ、セーラ行ってくるよ。行ってらっしゃいの儀式」

 そう言って、目をつぶり、セーラに向かって唇をつきだす。

 セーラはくすっと笑うと、ニコラスの頬にキスをした。

「んー。セーラのいけずぅ」

 ニコラスは口をとがらせ、身悶えながらそう言うと、身を翻し、急いでゲートの小部屋へと飛び込んでいった。

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