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セーラとニコラス  作者: 岸野果絵
デート
3/8

待ち合わせ

 セーラは魔術師協会本部の食堂にいた。

ニコラスとここで待ち合わせをしたのだ。


 朝、ニコラスはこの場所と時間を指定すると、いつもの姿で出かけて行った。

そう、いつものくたびれたローブにボサボサ頭という乞食スタイルで。


 昨晩、ニコラスは「TPOはちゃんとわきまえている」と言っていた。

ニコラスは、奇行だらけだが、約束はちゃんと守ってくれる人だ。

きっと、宝飾店へいくのにふさわしい装いで来てくれるはず。

ニコラスはセーラを絶対裏切らない。

それだけは分かっている。


 だが、一抹の不安が残る。

なぜなら、ニコラスの価値観は、普通の人と大きく違うからだ。

ニコラス基準でのTPO。

はたして、それが一般的なTPOに合致するのかどうか。

セーラの希望するような、それなりの姿で現れるのか、それとも、突拍子もない姿で現れるのか。

どちらに転ぶのか、セーラには見当もつかなかった。


 セーラは時計をみると、ため息をついた。

約束の時間にはまだある。

ニコラスの服装の事を考えていると、気分が滅入ってくる。

セーラは、気を紛らわそうと、辺りを見まわした。


 魔術師協会本部の食堂は、大きく二つのブースに分かれている。

入口手前は、解放的な空間でテラスもあり、ちょっぴり洒落たカフェテラスといてもいい雰囲気だ。

奥の方は、個室や半個室になっていて、とても静かな雰囲気だ。

セーラは開放的な方の奥の方に座っていた。

テラスや窓際の席は埋まっていたのだ。


 セーラの席の横を、いかにも魔術師という風体の男性が通り過ぎた。

そのすぐ後から、少しふらついているように見える、俯いた若い女性と、その肩を両手でしっかりと支えた事務局の制服を着た女性が歩いてくる。


「許さない……」

 俯いた女性がかすれ声でつぶやいた。

小さな声だが、耳に鋭く響くような、悲痛なつぶやきだ。

セーラは思わず女性の顔をチラリと覗き込んだ。

女性の頬は涙にぬれ、唇はわなわなと震えていた。


 セーラは息がとまりそうになった。

そう、あれは過去のセーラだ。

あの時の、どうすることもできない悲しみや寂しさ、行き場のない怒り、後悔。

様々な感情が蘇り、渦を巻く。

セーラはその女性の後ろ姿を瞬きもせず見つめていた。


「セーラ」

 ほがらかな声に、セーラはハッとして振り向く。

入り口のあたりから、ニコラスが満面の笑みを浮かべ、こちらに向かって両手を振っている。

セーラはホッと微笑もうとして、眉根を寄せた。

ニコラスは朝とまったく変わらない乞食姿だった。

セーラはガックリと肩を落とした。

ニコラスは、セーラの失望を気にもとめていないのか、はたまた、気づいてないのか、ニコニコしながら、セーラの方へ歩いてくる。

その屈託のない笑顔に、セーラはそれ以上怒る気にもなれず、「もう」と言いながら微笑んだ。


「お待たせ。セーラ」

 ニッコリと笑うニコラスの後ろに、ニコラスと同じくらいの年格好の男性が佇んでいた。

男性は静かな紫色の瞳に穏やかな微笑を浮かべている。

セーラは慌てて立ち上がると、ペコっと会釈する。

男性もセーラに会釈した。


「セーラ。オイラのマブダチのクレちゃんだよ」

「はじめまして。クレメンスと申します。この度は、おめでとうございます」

 クレメンスはニッコリと微笑むと、恭しくお辞儀をした。


「セーラです」

 セーラも深々とお辞儀をする。


「クレちゃん。ほら、オイラの言った通り、セーラの瞳はすっごく綺麗でしょ。まるで琥珀のようなんだ。光の加減で黄金色に輝くこともあるんだよ。どんな宝石にも勝るとも劣らない。オイラの宝物さ」

 ニコラスはセーラの瞳をうっとりと見つめながら言った。


「確かに、秋の日差しを思わせる、柔かで澄んだ瞳だな」

 クレメンスもセーラの瞳をじっと見つめる。

二人の男性に見つめられ、セーラは恥ずかしさに真っ赤になってうつむいた。


「でしょ~。うふふ。オイラ達、これからデートなんだ。結婚指輪を買いに行くんだよ」

 ニコラスは嬉しそうに体を揺らす。


「ほぅ。それは羨ましいな」

 クレメンスは目を細める。


「だがニコ。お前、その身なりで行くつもりなのか?」

 クレメンスの問いに、ニコラスは小首をかしげてみせる。


「んー。着替えに戻るつもりだったんだけどね。臨時任務が入っちゃったでしょ? だから、帰りそびれちゃったんだ。あ、そうだ。クレちゃんの服貸してよ。何着か置いてあるでしょ?」

 ニコラスはクレメンスの肩に頭をもたれかけ、クレメンスを見あげるようにニタァっと笑い、目をキラキラさせた。

 クレメンスはニコラスの話を聞きながらゆっくりと目を閉じた。


「ニコ」

 目を開き、ニコラスを横目で見る。

「お前、初めからそのつもりだっただろ……」

 クレメンスは、ため息まじりに言った。


「やだなぁ、クレちゃん。勘ぐりすぎぃー」

 ニコラスはニヤニヤとからかうように、クレメンスに向かって人さし指をクルクルと回す。


「そんなんだから、いつまでたっても彼女ができないんだよ」

 クレメンスは眉をピクリとさせ、視線を逸らす。


「余計なお世話だ」

 低く冷たい声で言うと、セーラに向かって、ニッコリと微笑んだ。


「セーラ殿。このような所ではなんですから、応接室の方へご案内いたしましょう」

 クレメンスは食堂の出入口の方を示す。


「応接室! それは名案だよ! なんたってあそこはフリードリンクだもんね。無料ただで飲み放題」

 ニコラスは満面の笑みを浮かべ、セーラの手をとった。


「あ、ちょとお会計……」

 セーラは慌てて伝票を取ろうと手を伸ばした。

そんなセーラの目の前に、ニコラスの手がぬっと伸びてきて、素早く伝票を奪いとった。


「そこの可愛いウエイトレスさぁん」

 ニコラスは伝票を掲げ、向こうにいるウエイトレスに呼びかける。


「これ、クレちゃんのツケでよろしくねぇ」

 伝票をヒラヒラとさせ、テーブルにバンと置く。

 セーラは驚いて、クレメンスの方を見た。

クレメンスは背を向け、何事もなかったかのように、ゆっくりと出口へ向かっていた。


「セーラ。行こう」

 セーラはニコラスに引きずられるようにして、食堂を後にした。

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