プロポーズ 前編
ジョンが生まれてから、ニコラスは暇さえあればジョンに会いに来るようになった。
ジョンが起きていれば、さかんに話しかけたり、抱き上げたりしてあやしたり、寝ていれば寝ていたで、しばらく観賞していく。
「ほんとに気持ちよさそうに寝ているねぇ」
ニコラスはベビーベットを覗き込みながら、楽しそうに言った。
セーラはそんな光景をニコニコしながら眺めていた。
ふと、ニコラスがセーラの方を向いた。
「セーラ。オイラのお嫁さんになってくれないかな?」
「え?」
突然のことに、セーラは驚いてききかえした。
「オイラ、君を大切にする。だから……。ダメ?」
ニコラスは首をかしげて尋ねる。
セーラはうつむいた。
「オイラの事、キライ?」
「キライじゃないわ。でも……」
セーラはうつむいたまま言った。
「やっぱり、変人のお嫁さんなんてイヤだよね……」
ニコラスは肩を落とした。
「そうじゃないの」
セーラは顔をあげ、首を左右にフルフルとふった。
セーラはニコラスの事がイヤではない。
確かにニコラスの奇行には驚かされてばかりだ。
でも、ニコラスの奇行は普通の人と価値観が違うから、奇行に見えるだけ。
そのことに気がついてから、ニコラスの奇行が気にならなくなった。
「あなたは自分に正直なだけ。とても優しい人だわ。でも……」
セーラは視線を落とした。
どう言えばいいのか分からなかった。
この、心の奥でくすぶっているしこりを、どう表現したらいいのか分からなかった。
「忘れられないんだね」
ニコラスはセーラの顔を覗きこんだ。
セーラはニコラスの視線に耐えられなくなって、目を逸らす。
「図星」
ニコラスの言葉にセーラはうつむいた。
またバカにされると思った。
ニコラスは、いつものように声をたてて嗤うに違いない。
しかし、いつまでたっても笑い声は聞こえてこなかった。
セーラは不思議に思って顔を上げた。
目の前にニコラスの優しい瞳があった。
「忘れなくていい。忘れる必要なんかないよ」
首を傾げるセーラに、ニコラスは微笑みながら言った。
「いいんだよ。愛した男をあっさりと忘れてしまうような、そんな情の薄い女は、オイラの好みじゃない。君は素敵な女性だよ。君みたいな情の深い、優しい女性にはなかなかお目にかかれない」
考え込むセーラにむかって、ニコラスはさらに続けた。
「無理しなくていい。無理に忘れる必要はないよ。君は君のままでいいんだ。オイラ、君がそばにいてくれるだけで幸せなんだ。一緒にいてくれれば、それでいい」
セーラはうつむいた。
嬉しかった。
こんな風に全てを受け止めてくれる男性がいるなんて、思いもよらなかった。
でも……。
「私、あなたが思ってるような、そんな素敵な女じゃない。過去に捕らわれてる、間違ってばかりのバカ女よ」
セーラは吐き捨てるように言った。
ニコラスは少し困ったように眉間にしわをよせ、肩をすくめる。
「そんなに自分を卑下するもんじゃない。それが君の唯一の欠点だよ。もっと自分に自信を持たなくちゃ」
ニコラスは元気づけるようにセーラの肩をポンと叩いた。
「オイラの審美眼は超一流なんだ。みんなこぞってオイラに鑑定を依頼しにくるんだよ。そのオイラが選んだ女性だ。君は最高の女性なんだよ」
セーラはうつむいたままだった。
「いいよ。君が自分の事を好きになれないのなら、オイラが君の分まで君の事を好きになる。だから、セーラ。オイラのそばにいてほしい。オイラのお嫁さんになっておくれ」
セーラの目から涙があふれる。
ニコラスは困ったように眉をハの字にし、キョロキョロと辺りを見まわした。
「セーラ。ごめん。泣かないで。オイラが悪かった。君を困らせてしまったね」
オロオロしながら、なだめるようにセーラに語りかける。
「違う……。違うの」
セーラはつぶやきながら首をふる。
「うん。今の話は無かったことにしよう。今まで通り家政婦さんとして……」
「イヤよ。無かったことになんかしないで」
セーラは顔をあげてニコラスの顔を見つめた。
二人はお互いに見つめ合う。
「セーラ……」
ニコラスはセーラを抱き寄せる。
セーラは穏やかな優しさに包み込まれた。
セーラは目を瞑り、ニコラスに身体を預けた。
知らなかった。
こんなに穏やかで暖かい場所があるなんて……。
こんなにも安心できる場所があるなんて……。
「セーラ。愛してるよ。オイラ、誓う。君を大切にする」
ニコラスはセーラの耳元で優しくささやく。
セーラは心が満たされていくのを感じた。