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始まり・日陰1 ―ボーイ・ミーツ・ガール―

4月8日

―01―


 僕は、“嘘”が嫌いだ。

 名前は伶條否陰レイジョウヒカゲ。16歳。牧戸市立牧戸高等学校一年生。もっとも、これから入学するところだからまだそう言えないかもしれないけど。

 中学時代のテストはいつも60点代、成績は五段階評価でいつも3か4。得意科目なし、苦手科目なし。

 運動神経も普通。得意なスポーツなし。苦手なスポーツなし……ではない。苦手なスポーツはチーム競技全般。

 良く言えば物静か、冷静沈着、大人しい。悪く言えばコミュ障。

 彼女いない歴=年齢。非リア歴記録更新中。告白した回数は0。

 二次オタ。好きなジャンルは不条理ギャグ。理由は、展開が予想外過ぎるから。

 家族は母親のみ。父親とは幼い頃に離婚して以来会っていない。一人っ子。

 友達は0人。趣味が合うことからチャットで話す相手ならいるけど、友達とはいえない。

 昔から一人で何かするか、一人で何もしないのが好き。それを貫いた結果、ぼっちになることを甘受している。

 趣味はアニメ、漫画、ラノベ、ゲーム。所謂二次元。

 好きな言葉、『真実』。嫌いな言葉、『“嘘”』。

 そして。

 僕には、『“嘘”を見抜く』という摩訶不思議で、人智を超越した能力が宿っている。




同日

―02―


 4月8日。入学式当日。 学校の集合時間になったぐらいに家を出発した僕は、ノコノコとゆっくり歩いて学校に向かうことにした。どうせ遅刻なんだから、ゆっくりでも急いでも同じだ。ちなみに学校まで歩いて10分ぐらいかかる。割と遠い。

 今日は牧戸市立牧戸高等学校入学式。

 僕みたいな“平凡”以下の人間でも、高校程度になら入れると証明される瞬間だ。

 コミュ障とか二次オタとか、そういうマイナス作用の大きいレッテルは、剥がそうとすればいつでも剥がせる。そうすれば、今よりはマシな“普通”の人間になれるけど、僕はそれをしない。

 何故なら、そんなことをしても“普通”の人間にしかなれないから。

 僕は“普通”が嫌い。 “嘘”程じゃないけど、“普通”とか、“平凡”とか、“凡庸”とか、“凡俗”とか、“普遍”とか。そういうのが嫌い。

 つまらないんだ。僕が伶條否陰たる所以が、全然見えてこないから。

 だから僕は、二次元に嵌まった。

 楽しんだ。『普通じゃない世界』とか、『あり得ない世界』とか、“そういうもの”を。

 でも、“そういうもの”がないのがこの現実世界だ。

 現実世界は厳しい。そう思っていたのは、今この瞬間までだった。

「……“嘘”みたいだなぁ。あんな可愛い女の子って本当にいるんだね」

 ノコノコと、ゆっくりと歩む通学路。その途中にある公園……確か井中公園っていう名前だったっけ。その井中公園に立つ数本の樹の内、最も大きい樹に目を見開かされた。いや、正確に言えば。

 その樹の枝に座っている、一人の女の子に目を見開かされた。

 純真さを魅せてくれる真っ黒な髪。それは腰まで届くぐらいの長さはある。

 彼女を女の子と判断した理由は、その服装だ。真っ白なワイシャツに赤いネクタイを着け、ベージュっぽい色のブレザーを羽織り、紺色と黒色の中間(微妙な差だ。紺色とも言えないし、黒色とも言えない)ぐらいの色のプリーツスカートを履いている。牧戸高校の女子用の制服姿だった。ちなみに女装男子という可能性は考慮していない。と言うか女装男子の可能性なんて考えたくないよ。

 表情はここからでは遠くて見辛いが、無表情に見えなくもない。

 さて、どうしよう。

 僕は遅刻している。その結果彼女に会えたんだ(遅刻しないと会えなかったとは限らないけど)。

 ある意味、運命的。

 これはチャンスかもしれない。

 僕の“平凡”を“非凡”にしてくれる、最初で最後(もちろん根拠はない)のチャンス。言い換えれば、好機。

 そう認識した直後、身体を樹の枝に預けて座る女の子に向けて歩き出した。

 割とのんびり屋さんなのか、その女の子が僕に気付いたのは互いの距離が5メートルまで縮まった時だった。……もしかして僕、影薄いのかな。

「……?」

 やっと僕に気付いた女の子は、姿勢を変えず視線だけを僕に向け、樹の上から見下ろしてきた。

「……?」

「……」

 よし、タイミングは(多分)完璧。ここで声を掛ければいい。

 そこで思った。

 ……何て言おう?

 僕は生まれてこのかた友達と呼べる人はほとんどいない。兄弟もいない。学校では授業を除けば、一度も言葉を発していない。インターネットの向こう側の住人とは割りと話が弾むけど、ネットを介して話すのと現実で直接話すのとでは訳が違う。覚えている限りでは、直接会話したのはなんと母親だけだ。

 要するに重度のコミュ障の僕が、どんなことを話せばいいのかとか、そもそもどう切り出すかすらも知っている訳がない。

 ……仕方ないか。

 二次元の言う通りにしよう。今までプレイしたギャルゲ、読んだラノベ、見たアニメ等々の主人公が使った会話術のようなものを思い出すんだ。きっと、突破口に繋がる要素がある。例えば、似たようなシチュエーションの話とかなかったかな?

 それさえ見つけ出せれば、この(現実的に考えて)突拍子もない状況を乗り越えることができる。

 何て、冷静に考えてみれば限りなく下らないことに思考を費やしていると、

「……伶條、否陰?」

 なんと、向こうから声を掛けてきてくれた。抑揚がとても希薄な突然の言葉に驚きつつ、当然の疑問をつい口に出す。

「何で、僕の名前知ってるの?」

 女の子は僕の小さな荷物を見ながら言った。

「……カバン」

「鞄? ああ、そういうこと」

 僕が肩から掛けてある鞄の側面に名前を書くスペースがあり、そこにはサインペンで書いた下手な字で『伶條否陰』とある。これを見て、僕の名前を知ったようだ。

 女の子に倣って、彼女の鞄を探してみる。しかし彼女が座る樹の枝には彼女が座っている以外には何もなかった。視線を少し下ろすと、樹の根元に立て掛けられた鞄が目に入る。側面の名前を書くスペースには綺麗な字で『木漏日 陽屶』と書かれていた。

「えっと……コモレビ、ヒナタさん?」

「……わたし?」

「えっ、ああ、うん。ひょっとして、読み間違ってた?」

「……ううん。大丈夫」

「そ、そう。よかった」

 名前を間違えられるのって結構傷つくから、少し不安だった。

「……」

「えっと……ねぇ、木漏日さん。こんなところで何してるの」

「……人を探してる」

「人? どんな?」

「……伶俐な人。人や物を見る目がある人。真実を好み、虚言を嫌悪する人。……ちょうど、あなたみたいな人」

「偶然って恐いね」

 いっそ運命かも。運命的な出会いではあった訳だし。

「……恐い? 何で?」「えっ、いや……ホントに恐い訳じゃないよ。ちょっと大袈裟な表現だっただけ」

「……“嘘”はよくない」

「……ごめん」

「……」

「……」

 沈黙が広がる。

 まずいかも。悪印象を植え付けてしまったようだ。

 いや、まだ諦めちゃいけない。

「ねぇ、木漏日さん。君は、僕に用事があるってこと?」

「……うん。多分、あなたにしかできないこと」

「何?」

「……ここから下りられなくなったから、助けて」

「……」

 ……仔猫か。

 でも助けてあげないのはあまりに辛辣だ。手を貸すことにしよう。

 しかし助けると一口に言っても、方法はいくつかある。

 ①飛び下りるように頼んで、下で僕が受け止める。

 ……これは駄目だ。飛び下りられるなら最初から助けてあげる必要がないはず。

 ②樹を揺らして落とす。

 いやいや。さすがに“落とす”はないよ。ゲームじゃないんだし。木漏日さんは“下りたい”のであって、“落ちたい”訳じゃないんだから。

 じゃあ、あとは……。

 ③一緒に下りる。

 まず僕が樹を登って、木漏日さんのもとに行く。そして、「一緒ナラ恐クナイヨ」的な台詞を言って、一緒に下りるように促す。後は木漏日さん次第。

 ……。

 どれも期待に値する程の名案じゃないけど、強いて言えば③か。

 でも僕に樹登りできるかな? 記憶にある限りじゃやったことないんだけど。

 助けるって言っておきながら樹登りできなかったら格好悪いし、それで助けられなかったら目も当てられない。

 だからと言って、他の選択肢はちょっとなぁ……。

 ……。

「……ねぇ、木漏日さん。僕が今から登るから、一緒に下りよ?」

「……? 助けてくれるの?」

 助けてくれないと思われてた……訳じゃない、よね?

「……助けるよ。女の子が困ってたら、助けてあげるのが鉄則なんだから」

 ただし二次元に限る。

「……わかった。ありがとう、否陰」

「えっ、ああ。う、うん」

 少しだけ赤面しちゃった。お母さん以外に下の名前で呼ばれるのは初めてだから。しかもそれがとっても可愛い女の子なんだ。僕じゃなくても赤くなっちゃうと思う。

 まあそれは置いといて。

 僕は木漏日さんを足止めしている樹の幹に触れてみる。運動神経は悪くはないから多分登れるけど、絶対に登れるって自信がある訳じゃない。でもまぁ、やるしかないのが現状なんだよね。他の誰かが来てさらっと助けちゃったら、僕の残念な人生を変える貴重なチャンスがさらっと終わってしまう。登るなら早くしなきゃ。意を決して、足を樹につけて登る。

「ぅ……意外とキツいかも」

 思った以上の辛さに不平を感じつつ、手足を上へ上へと運んでいく。

 よく考えたら、制服は激しい運動を想定して作られたものじゃないんだから、登りにくいに決まっているよね。これを激しい運動に含めるか否かは微妙なところだけど。

 もう一つ思ったんだけど、その動きにくい制服姿でちゃっかりこの樹を登った人が、すぐそこにいるんだよね。しかも女の子なのに。そんな不満のようなものを飲み込んで、手を上に伸ばす。

「……?」

 木漏日さんは首を傾げている。思ったよりは時間をかけてしまったけど、彼女が座る枝に辿り着くまではできた。幹と枝の境目に足を乗せる。

「木漏日さん、大丈夫? 今、そっち行くからね」

 不安定な足場でゆっくりと一歩を踏み出す。

「……否陰。そこ、危ない」

「えっ、危ない? 何で?」

「……だってこれ――」

 直後。木漏日さんの答を聞く前に。

 僕達の足場となっている枝が、重さに負けて折れてしまった。

「うわわっ!?」

「……否陰!」

「……っ!」

 咄嗟に僕の利き手である右手を伸ばし、木漏日さんの左手首を掴む。しかしそこで身体の自由を奪われ、3メートル弱の高さから落下した。今更遅いけど、だから木漏日さんは「危ない」って言ったんだ。

「いったた……木漏日さん、大丈夫?」

 言いながら木漏日さんの方に目線を向けてみる。予想外の出来事に遭遇したにも拘わらず、無表情を貫いていた。

「……へいき。大丈夫」

「そっか、よかった。……ごめん、まさかあんな簡単に折れるなんて思わなくて」

 言いながら僕は右手を引っ張って、立ち上がろうとする木漏日さんを助けつつ、自分自身も一緒に立ち上がる。

「……気にしないで。否陰こそ、大丈夫?」

「うん、大丈夫……」

 そう答えた時、気付いた。

 僕の右手がまだ、木漏日さんの手首を握っていることに。

「うわわわーーーっ!!?」

 慌てて手を離す。多分、顔を真っ赤に染め上げながら。……と言うか僕、さっき樹から落ちた時よりも驚いちゃってるよ。

 ひょっとして、僕って自意識過剰なのかな?

「……」

「……否陰? どうしたの?」

「……いや、その。手首握ってたのにびっくりして。驚かせてごめん」

 すると木漏日さんは、首を小さく横に振って言った。

「……大丈夫だから。気にしないで」

「そう、なんだ? それならいいんだけど」

 本人がそう言っているんだから、よしとしよう。確かによく見たら、木漏日さんの表情は全然驚いてるように見えない。無表情なだけかもしれないけど。

「……うん。それから、否陰。ありがとう」

「ありがとう? 何で?」

 僕、お礼言われるようなことしたかな?

「……否陰、わたしを助けてくれた」

「ああ。でも、あれは助けたって言うより落としたって感じだよね……ホントごめん」

「……怪我はないから気にしないで。それに、降りられないよりは落とされる方がいい」

「……確かに、それもそうかもね。まぁ、僕なら落ちたくはないけど」

 痛いから。

「……否陰。お礼、させて。私が許容できる範囲内で、何でもする」

「えぇっ! な、何でも!?」

 一気に赤面してしまった。何でもと言われると、ついいやらしい物事に思考が繋がってしまう。

「……エッチなことはダメ」

 僕の反応に気付いたのか、木漏日さんは釘を刺してきた。……まぁ、普通そうだよね。許容範囲内で、って言ってるし。

 お礼。少しだけ具体的に言えば、木漏日さんにお願いする僕の頼み。

 今の今まで灰色の人生を15年ちょっと歩んできた伶條否陰として言えば、頼みなんてものはない。あるとしても、それは頼みじゃなくて望みとか、目的とか、そういう次元の話なんだ。それを、この程度の、ちょっとした出来事のお礼にしてもらうなんて釣り合わない。そもそも天秤に載せられるか、という時点から怪しいのに。

 ……いや。

 待って。望みやら目的やらで思い出した。さっきの木漏日さん、僕にとってすごく重要なことを話してた気がする。

 思い出せ、伶條否陰。僕は割りと頭がいいタイプに部類されるんだから、それぐらい簡単に――、

『……人を探してる』

 そう。確か木漏日さんは、ある条件に該当する人を探してた。

 その条件っていうのは名前とかじゃなかった。特定の個人を探していた訳じゃなくて、その条件に該当する人なら誰でもよかったような口振りで、その条件は確か――。

『……伶俐な人。人や物を見る目がある人。真実を好み、虚言を嫌悪する人』

 多分、こんな感じだったと思う。

 でもその後に、もっと大事なことを言ってた。それこそが、僕自身に関係することで、たった一言。何気ない一言だったはず。

『……ちょうど、あなたみたいな人』

 そうだよ。ようやく思い出せた。

 木漏日さんは、僕みたいな人を探していたんだ。

 言い換えれば、木漏日さんは僕みたいな人を必要としているんじゃないか?

「ねぇ木漏日さん。君は確か、僕みたいな人を探していたんだよね?」

「……うん」

「じゃあさ。助けたお礼に……」

 せっかくだから、僕のちょっとしたお願いを叶えてもらおう。

 子どもの頃から(今も十分子どもだけど)ずっとずっと、願い続けた。でも、叶わなかった、ちょっと儚い人の夢。

「お礼に、僕の友達になってくれないかな?」

 ハッキリと。そう言い切ってみせる。

 目を見開いた木漏日さんの瞳には、凛々しい表情の伶條否陰の顔が映っていた。

 いつもより、輝いて見えた。

 ……ところで、木漏日陽屶は何故、樹に登っていたのだろうか?

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