『プロローグ』
日付不明
無番
涼しい部屋だ。
エアコンから吐き出される涼風が、彼女の部屋をどんどん冷やしてゆく。
彼女が真正面に見据えているパソコンは、今も0と1の集まりをコントロールして、次第に熱を抱いてゆくのに、室温は下がる一方だ。
「……あ~、また面倒な雑魚かぁ。データ根刮ぎ持ってかれても知らないよぉ~?」
彼女が手足のように扱うパソコンが、俗に言うサイバー攻撃を仕掛けられた。しかし、彼女は全く動じない。
彼女はぼやくように独り言を言いながら、キーボードを操作して信号を走らせる。その瞬間に限り、彼女の黒い瞳の奥底に、炎のような紅い輝きが走った。
十四歳、中学三年生の、平凡にして異質な少女。
彼女には、『向こう側を見抜く』能力が宿っていた。
日付不明
無番
もう一人。
パソコンが熱を発し、エアコンが涼風を発する涼しい部屋の隣。そこには一枚の写真を見つめる少女がいた。
少女の机には、高校一年生向けの多種多様な教科書や問題集が並べてある。高校の入学式は数日後にも拘わらず、教科書類があるということは、書店で自主的に購入したものとみるべきだろう。勉強熱心な少女だ。しかし彼女が今興味を示しているものは勉強でもなければ教科書類でもない。たった一枚の写真だ。
隣の部屋でパソコンと向き合っている少女とは違い、女の子らしく可愛らしいパジャマを着た少女はベッドに寝転がり、体重をベッドに預け、両手でその写真をつまんでいる。彼女は写真を両手で掲げるようにして、下から写真を見据えていた。
彼女の瞳に輝きが駆け抜ける。冷酷に燃え続ける蒼く冷たい炎のような、流麗な光。
「……伶條、否陰。少し、悲しみを感じてる。……どうしてなの、否陰?」
少女はぼんやりと、虚空に向けて呟く。彼女が見つめる写真には、一人の少年が写っている。その表情は、喜びに満ち溢れていた。
十五歳、高校一年生の、凡庸にして非凡な少女。
彼女には、『感情を見抜く』能力が宿っていた。
日付不明
無番
少女は歌っていた。
学生にしては珍しい一人暮らしの彼女は、暇な時間には歌を歌うようにしている。
もちろん、適度にだ。あまり歌い過ぎて喉を痛めたりしたら、彼女の仕事がなくなってしまう。
所謂女子高生アイドルの彼女は、日々を生きる中で無茶だけはしないようにと心がけている。それでも、日々を歌うように軽やかに生きている。
ふと、彼女は自分の携帯電話を確認する。それは友人からの電子メールを受信していた。
彼女は自分の携帯が受信したメールを開き、歌いながら内容を読み取る。そして、歌いながら返事を書いて送信。
送信が完了したら、パパッと携帯を操作して省エネモードに切り換える。すると待受画面が消えて、鏡のように彼女の姿を映した。
直後、彼女の瞳に流星の光が踊るように降り注ぐ。猛るような、真っ赤な炎のような光が迸る。
「ふんふんふ~ん♪ OK! 今日の運勢も、バッチリみたい!」
自らの瞳が放つ光が、それを証明している。
十六歳、高校二年生の、自然で奇怪な少女。
彼女には、『未来を見抜く』能力が宿っていた。
日付不明
無番
“嘘”が嫌いな少年がいた。
その少年について語ることなど、もうあと一つしか残っていない。
少年には、『“嘘”を見抜く』能力が宿っていた。
日付不明
無番
『向こう側を見抜く』少女。
『未来を見抜く』少女。
『感情を見抜く』少女。
『“嘘”を見抜く』少年。
何一つ知らない少年少女。瞳の奥に輝きを宿し、彼らが一堂に会する時、一つの物語が動き出す。
何も見えない夜道の中。
自らの瞳だけが、その道を照らしてた。