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prologue

ギャルゲー風にルート分けしてやろうかと画策中。

この世に特別なものなんて無い。全ての人、物は、普遍的な流れに沿っている。そのプロセスが短絡的なものか、複雑なものなのかの違いでしかない。「世間一般の=偏差値が低い」人々の使う「特別」という言葉には、「理解不能」というルビをふってやるのが適当だろう。つまり現代人は、理解出来ない事象や思想、原因を、「特別」という言葉で誤魔化し、影で「アイツ意味わかんねー」とか言っているのである。俺が言われたことがあるから確かだ。

俺───倉橋陽クラハシヨウは、その「特別」と言われる姉───倉橋美月との二人暮しをしている。我が姉は十九歳の若さで直木賞をとった天才小説家だ。デビュー作『泥舟』は、少年少女が様々な理由で犯罪を犯す様を描いたダークサスペンスである。まるで多重人格が書いているのでは、と思うほど細かで秀逸な心象描写は、「特別」な才能の一言で表された。そんな特別な姉を持つ俺だが、憧れや嫉妬等の感情は、他人に抱かれたことが無い。嫌われたり蔑まれたりは散々したが。つまり俺は、姉とは正反対だ。ついこの間あった卒業式では、いてもいなくても同じ様なモブキャラを演じた。姉は卒業生代表で答辞をしたというのに。しかし、俺はそんな自分が嫌いじゃない。姉が特別だとは思わないし、勿論自分が特別だなんて思わない。あまねく総ては凡なるものなのだ。


「姉ちゃんご飯出来たよ~」

「………………」

部屋のドアを叩くが、返事が無い。まぁ、いつものことなのだが。

「開けるよ~」

ノブを回してドアを開ける。我が家のドアに鍵は無いのだ。部屋の中を覗いた俺は、目の前の光景に絶句した。

「なに、これ……」

いつものようなゴミだらけではない。言うなれば服だらけだった。見たこともない光景に口が開けにくくなる。

「あぁ、陽か。おはよう」

「……今はもう、夜と言っていい時間だぞ?」

「私にとっては朝だ」

「そうかい……」

俺は無駄な言葉遊びを止めて、姉の広げた服達を眺めた。ワンピース、フレアスカート、プリーツスカート、タイトスカート、キュロット、レギンス、パンツスーツ、チャイナドレス(?)、メイド服(!?)、バニーコス───

「わぁ……なにこれ」

「お前のだ」

………………。

「わぁ……なにこれ」

「お前のだ」

………………………………。

「えっ、ぁ~……なに?」

「説明しよう。今度の次回作は混沌をテーマにするのだが、生憎と私は規則正しいとても整った人間だ。よって私よりも遥かに人間らしいお前をモデルに使おうとしたのだが、また生憎と、私はお前のことをあんまり知らん。よって女装しろ」

何が説明だ肝心のところすっ飛ばしやがって。俺は首を竦めてこう答えた。

「嫌だ却下する」

「なら出てけ」

即座に返された言葉は、俺の生命に関わるものだった。ちょっとそれズルくね?

「嫌なら出てけ。ここは私の家だ」

温情の欠片も無いその響きに俺は断るという選択肢を失った。

「……わかったよ。着てやる」

姉はにこっと笑うと、

「物分かりの良い弟で助かるよ」

と言って、フレアスカートを差し出してきた。苦々しい顔で受け取る。抗議の目線を向けるも無視され、俺は仕方無くそれに足を通した。ジッパーを上げてずり落ちないように固定してから、穿いていたジャージを脱ぐ。下はボクサーパンツだが……そんなことどうでもいい。

「上はこれだな」

渡されたのはロングTシャツと薄いカーディガン。これは大した抵抗は無かったが、女装には変わり無いので嫌。全て着ると、いつの間にか後ろにいた姉に、頭に何かを被せられた。抵抗すると怒られるので大人しくしていると、頭皮に撫でられているような感覚が。

「何してんの?」

訊いてみたが、姉は応えない。仕方無くその状態のまま待っていると、ようやく頭から手が離れた。

振り返ると、姉とは別に、視界に翻るものがうつった。

「うん。似合ってる」

肩に乗ったそれを持ち上げると、それは自分のものではない髪の毛が。

「ウィッグ?」

「そうだ。短髪よりかはマシだろう?……というか可愛いな」

「へっ?」

いつの間にか、姉の吐息が熱っぽくなっている。……何か嫌な予感が……。

「よしっ!今からラブホ行くぞ!!」

………………。

「───はぁあ!?」

目が血走り、息を荒らげた姉は、発情した猛獣みたいだ。今にも飛びかからんとばかりに四つん這いになってこちらを睨んでくる。

「嫌だよ!何言ってんだ!」

「なら出てくか!?お前に他の拠り所なんて無いだろうに!」

「脅迫だと!?……姉ちゃん!そこまでして俺としたいか……っ!!」

「今のお前見たら常識なんてどうでもいい!」

まぁさかそんな可愛いわけねぇだろ~とか思いながら部屋の隅にあった姿見を覗き込むと───

「うわっ……」

可愛かった。描写するのが嫌だけど、とにかく可愛かった。

「さぁ行くぞ!!」

「嫌だよ!!」

「出てくか!?」

「~~~っ!出てくよ!バカッ!!」

臨界点に達した感情に突き動かされ、俺は家を飛び出した。

「あっ、おい!」

背中にかかる声は無視して。


弟のいなくなった部屋で、私は一人息を吐いた。迫真の演技に翻弄されたあいつは、まんまと家を追い出されたわけだ。

───あいつは今まで、何もしていない。自分の人生を謳歌していない。高校受験を「失敗しちゃった」の一言で片付けたあいつは、この先の未来さえ、明るく見えない。

あいつが自ら高校進学をしなかったのは、隠していたつもりなのだろうが、私はわかっていた。高校なんて行くようになったら、私の世話はどうしたらいいんだ。顔を晒したくない小説家だから、ホームヘルパーを頼むわけにもいかない。だから自分がやらなくちゃ。とか何とか考えていたのだろう。私にとっては迷惑極まりない。何故自分が弟の人生を食い潰さねばならないのか。そんな気分の悪いこと、頼まれたって嫌だ。だから私は、あいつに自主的に家出させようと思い立った。

「ふぅ……」

これからどうすっかな~……。


「はぁっ、はぁっ、……っ……はぁっ」

走って走って、ただ走って。目的地も何も無く走り続けた。そして気付いたときには、石像に背を預けて乱れた息を調えていた。

「はぁっ、はぁっ………………はぁ」

ようやく正常な呼吸を取り戻すと、だんだんと頭が冷えてきた。ど、どうしよう……。本気で居場所が無くなった。今俺ホームレスだよ?嫌だよそれは。かといって友達もいない俺には、かくまってくれるアテもない。家出したからにはほいほいと帰るわけにはいかない。……バッドエンド直行ですか?自分の境遇に途方に暮れる(だからといって自分の行動に後悔は無いが)。日も暮れている。溜め息と共に足下の小石を蹴っても、何も浮かばないし変わらない。

「あぁ~あ」

暇だなぁ~……。ここが何処だかわかんないし。多分公園だと思うけど。現状に似つかわしくない退屈を感じ始めたとき。

「……ん?」

俺の鼓膜を、微かな車の走行音が震わせた。俺は反射的に石像の影に隠れた。音が大きくなっていく。ヘッドライトが石像を照らした。俺にその光は当たっていない。そのことに安堵を感じながら息を潜めていると、やがて光はその面積を減らし、そして石像から光は外れた。それと共に、走行音は最大値を迎えた。通り過ぎる見知らぬ車。ドップラー効果で一気に小さくなった音を感じながら、石像の影から出た。車が向かった方向を見ると、僅かにバックライトの光が見えた。反対方向───車がやって来た方向を見ると、ぼうっ、と赤い光が見えた。

「………………ぇ?ちょっ!」

あれ燃えてない?何か火ぃ出てるように見えるんだけど!?俺はよくわからないまま、全力で駆けつけた。


「やっぱ燃えてるし!」

人気の無い公園(仮)で火災発生とか……とにかく消さないと!火元に走り寄り、何が燃えているのか確認。……わからん。消火器は近くに───あった!全力疾走で走り寄り、栓を抜きながら引っ掴んでまた火元に戻り、ホースを火の根元に向ける。───発射。ブシュゥゥゥゥゥゥッ。という音と共に吹き出した白い消火剤は、見事に火を消してくれた。鎮火を確認して消火器を放り出し、疲れのあまり尻餅をついてしまった。

「……はっ、ははっ……」

乾いた笑いは空に溶け、消えていく───筈だった。

「そこで何をしている!」

ビクッ!

背中に突然叩きつけられた声に、恐る恐る振り向くと───

「あっ……」

そこには、刀の鞘を掴み、柄に手を添えた居合の格好で佇む───黒髪の女性がいた。中々の美人で、俺は思わず見惚れてしまった。彼女はチラッと俺の後ろ───白く染まった燃え跡を見据え、俺に向ける警戒をますます強くした。

「ようやく見つけたぞ───焚書犯め」

「焚書……犯?」

何々、どういうこと?つーかあの刀って本物なのか?どっちにしろ銃刀法違反だろ。

「いや、何言ってるかわかんな……」

「とぼけるな!」

「とぼけてねぇよ!」

あっ、やべ……。思わず怒鳴り返してしまった。女性が柳眉を逆立てるのを見て冷や汗が流れたが……どうしよう。何も浮かばない。彼女が一歩踏み出そうとしたその時───

「やめなさい」

「っ!?」

「………………(疲れた目)」

彼女の後ろから、女性───というより少女のものであろう声が聞こえた。あぁ~またなんか増えたよ~。

「お嬢様」

俺への警戒は解かずに振り向いた女性は、確かにそう言った。お嬢様……?困惑する俺の前に、そのお嬢様とやらが姿を現す。

「優子、納めなさい」

先程と変わらぬ声。だが、そこに込められている意味は、俺にもわかるほど違った。

「………………はい」

渋々、といった表情で構えを解く女性。なんだよそんなに俺が斬りたいのか?はん……。苛々しても仕方無い。とりあえず立ち上がろう。と、地につけた尻を浮かせたとき。ヒラッと視界隅で、布がはためいた。目で追うと、自分の下半身がうつった。あぁ……すっかり忘れてた。今俺女装中なんだった……。とにかく立ち上がった私……じゃなくて俺は、その少女を真正面に見据えた。漆黒のドレスに、スレンダーな身体を包んだ少女。……普通に美少女だった。

「こんばんは。お名前は?」

その訊き方バカにしてない?と思ったが、姉の部屋での鏡にうつった自分を思い出し、脅された後という現状を鑑みて、あぁ、これは彼女の優しさか……。と思い直した。

「倉橋です」

「そう、倉橋さん。先程は身内が失礼致しました」

「あっ、いえ。そんな……。こんな時間に出歩いてた私も悪いんですし……」

何故か一人称が女になってしまったが……まぁこれは順当な対応と判断してスルー。

「あらそう?じゃあ、どうしてこんなところにいたの?」

少女の目に鋭い光が走ったが、俺は気付かなかった。だから、正直に答えることが出来た。

「それは……まぁ…………家出、しちゃいまして……恥ずかしながら」

俺の恥ずかしがった態度が間抜けだったのか、少女は思わずといった感じで噴き出した。後ろに控えていた女性剣士も、口許が僅かに緩んだ。わっ、笑われたぁ~……。

心を沈めていると、少女が急に俺の手を取ってきた。

「じゃあ、お詫びの代わりに───もし良かったら、うちに泊まりません?」

「………………へっ?」

「いい?」

「………………はい」

俺は戸惑いながらも、その有難い申し出を受け入れた。


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