6-1
銀河系存続の危機から二日後。ケイは朝から城にいて、自分の出番を待っていた。
祖父も一緒に城へ来ていたのだが、あちらの方が式典の準備やら何やらで忙しいらしい。
(ま、無理もないか)
何しろ今日は、世界の危機を救ったユカリィ女王への宴の前に、自分が祖父に代わって『王の匠』となるための継承式が執り行われるのだ。その儀式を行えるのは、現在『王の匠』であるジョージしかいない。
祖父について一緒に城へと赴いたものの、時間までやることのなかったケイは、思い立って一人城の左奥にある塔に向かっていた。しばらくは昨日引き継いだ人工オゾン層の管理をしていたのだが、世界に安定がもたらされた今、あまり毎日弄るべきものでもないらしく、早々に制御室を後にしたのである。
北のはずれの塔はそれ自体が牢獄となっていた。ケイは門番に許可をとると、一人中へと入っていく。
「こんにちは、エリオット公」
小さく手を挙げ明るい口調で挨拶をすると、鉄格子の向こう側で読書をしていたらしいエリオット公が、ゆっくりと顔をあげた。
「誰かと思えば、お前か。小僧」
「はい、俺です」
溜め息をつくエリオット公に、ケイは苦笑する。
「こんな所に何の用だ?」
エリオット公が面倒くさげに尋ねてきた。ケイは小さく肩をすくめる。
「いや、ちょっと個人的に訊きたいことがあって……」
「何だ?」
鋭い視線を送ってくるエリオット公に、ケイは和らげていた表情を改めた。
「はっきり言って、貴方は一人でも強かった。こんなに大々的なことをしなくても、貴方なら穏便にことが運べたはずだ。なのになぜ、貴方は俺の妹を巻きこんだんですか?」
こちらの問いに、エリオット公が即答する。
「あの子の瞳だ」
「どういう意味ですか?」
首をかしげると、エリオット公が微笑する。
「あの子は孤独を知っていた。我らと同じ深い孤独を。だから私はあの子を孤独から救いだそうとしたのだ」
「ならばなぜ、妹を使い人殺しなんて愚かな真似させたんです」
自然と強くなる語気に、エリオット公が鼻を鳴らす。
「愚か、ときたか。だが、すべては真の孤独から解放するためにしたことだ。愚かではない」
「みんな一緒に死ぬことの、何処が愚かでないんです」
エリオット公は沈黙し、尋ねるこちらをを見つめてきた。やがて、小さく息をつく。
「では、苦しんで生きることに、どんな価値があるというのかね? つまりは意見の相違というやつだ。レイラリアの小僧よ」
エリオット公の言葉にケイも溜め息をつき、そのようですね、と頷いた。
「時に、あの碧いロスタルムや転送装置のことですが……」
上目使いに尋ねると、エリオット公が皮肉げな笑みを浮かべる。
「教えて欲しいか?」
「はい」
素直に頷くと、エリオット公が胸を反らせた。
「ならばお前の言う『絶望の中でもなお生きることの価値』とやらを、私に突きつけてみろ。私がこれまでの行いを後悔すれば、口を割ることもあるかもしれんぞ?」
目を細めるエリオット公に、ケイは小首をかしげる。
「それって、少しは揺らいで来つつあるってことじゃないですか?」
「甘いな、小僧よ。お前もいずれ絶望を知るだろう。その時お前がどんな決断を下すのか、ここから楽しみに見守らせてもらうとしよう」
小さく肩を揺らすエリオット公を眺めながら、ケイは半眼で応対する。
「無駄ですよ、ご老人。逃げることはもうやめたんです。どんな結末になろうとも、俺もユカリィも生きることを諦めたりはしません」
「ならば私が口を割ることは諦めるのだな」
硬い表情できっぱりと言いきるエリオット公に、ケイは頭を振った。
「いいえ、必ず口を割らせてみせますよ。なんとしてもね」
「ケイ殿!」
唐突に、後方から声がかかり、慌ただしい足音が近づいてきた。やってきたのはこの塔の門番で、彼はこちらの姿を認めると生真面目そうな唇をさらに引き結び言葉を発する。
「継承式が始まります。すぐにお支度を、とのことです」
「わかった、すぐ行くよ」
一礼をして去っていく門番を見送り、ケイはエリオット公を振り返った。
「俺はいつか必ず証明してみせますよ。貴方ももう孤独じゃないってことをね」




