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このままでは小さな球体に囲まれたユカリィたちが反発しあってしまう。臍を噛むケイへ先刻のルージェの言葉が蘇った。
『ニードルポイント・レースを作って漁を……』
ケイは息を呑み、再度ユカリィたちを見あげる。
「そうか! こういうことか!」
叫んだケイは、金糸を虚空へ縦横無尽に縫いあげ巨大な網を作ると、全身の力をこめカリィたちへと投げつけた。網はユカリィたちを包みこみ、黒い四つの光が網の中で一つになって伸縮を始める。点滅し始めた黒い球は徐々に小さくかそけくなっていき、しばらくして漆黒の中から十六歳のユカリィが現れた。瞳を見開いたユカリィが、こちらへ向かって即座に叫ぶ。
「ケイ! 今だ!」
ケイは祭壇に納められていたユカリィの『陽蕾』を掴み、ユカリィの胸元へと弾いた。そのまま一気に長針を通しユカリィの胸元に縫いつける。途端にするりと金糸が解け、『血の蕾』がその血色の輝きを失い地面に落ちる。拾おうとするケイの手を長針が阻んだ。『血の蕾』は弾かれエリオット公の手に納まる。
とっさに祖父の姿を探すと、エリオット公の後方で倒れこみ苦しげにうめくジョージの姿が見えた。ケイは奥歯を噛みしめ、エリオット公を睨む。
「やめるんだ、エリオット公! もうそのボタンにはなんの効力もない!」
「ならば私の手で新たに『血の蕾』を作るまでだ!」
暗い微笑みとともにユミのもとへと走るエリオット公の腕を、チサの手が掴んだ。
「もうお辞めください、カイト様!」
「邪魔をするなっ!」
制止しようと掴まれた手を振り払ったエリオット公が、剣でチサの肩を突き刺した。
「カイ、ト様……」
「チサ!」
ケイは叫び、エリオット公に向かって長針を放つ。避けようとするエリオット公のマントをチサが掴んだ。
「離せ! このっ!」
マントの裾を掴んで離さないチサに止めを刺そうとするエリオット公を、絡みつけた金糸で縛りあげる。握りしめられていた手の力が弱まり、鈍い音とともにボタンが零れ落ちた。
「待て!」
エリオット公が奇声をあげボタンに追い縋ろうとするのを、ユカリィのレイピアが阻む。
ケイはユカリィのもとへ駆け寄った。地面に落ちた『血の蕾』に、碧いロスタルムのボタンを渾身の力をこめて投げつける。透明になっていた『血の蕾』は碧いロスタルムに弾かれ、小さくひび割れた。
「ボタンが! わしの! 一族の意志が!」
「もう終わりだ、カイト。メリルの意志はもう余とともにある」
ユカリィの言葉に、エリオット公がゆるゆると彼女を見あげ、崩れ落ちるように肩を落とす。ケイは欠けたボタンを拾いあげ、何気なく掌にかざした。
『血の蕾』と恐れられたボタンは、入りこんだ日差しへ呼応するように砕け、砂のようにさらさらと手から零れ落ちていく。
地へと還っていくボタンを見つめながら、これで本当に終わったのだ、とケイは深く息をついた。




