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(結局ヒントだけか)
それでもヒントをもらうことはできた。それで今のこの現状を打破できるわけではないが、一歩前進したことは確かである。ケイはともすれば萎えそうになる自分を叱咤して、腕に力を込める。
レースを作る、漁……。
その言葉にどんな意味があるのだろう。それはわからないが、とにかく今は立ちあがるのが先決だ。視線の先では小さなユカリィの身体に身をやつしたメリル・マルソーニが、狂ったように咆哮し続けている。
「あの子は光、私は影! そんなのもうたくさんよ!」
ケイは髪を振り乱すメリルを、刻一刻と苦しくなってくる息に耐えながら見あげる。
「メリル、サラはもういない! その身体はユカリィのものだ。返してくれ!」
「黙りなさい!」
叫びとともに手を振り払うメリル。大きくなる渦に飲みこまれそうになる身体を必死で支えるこちらへ向かい、冷笑する。
「なるほど、この身体はサラのものではないわ。でも、サラの血を引く者でしょう? 隠してもだめよ、私の中にこの子の記憶が流れこんでくるもの」
目を細めたメリルが、暗い笑みをたたえケイを見据えた。
「この子、よっぽど孤独だったみたいね。私と同じ。いいわ、決めた。私がこの子を孤独から解放してあげる」
両腕で肩を抱きしめながらくすくすと笑う。
「みんなで一つになるの。もう誰も孤独にはならないわ」
「やめろ!」
恍惚とした表情で宙を見やるメリルへ、ケイは叫んだ。
「ユカリィはそんなこと望んじゃいない!」
こちらの叫びにメリルが目を見開き、小馬鹿にしたような声音で尋ねてきた。
「あら、貴方に彼女の本当の心がわかるとでもいうのかしら?」
ケイは両手を地面について何とか身体を起こし、メリルを睨みつける。
「ユカリィはいつも諦めなかった。色んなことから逃げてきた俺とは違って、どんな辛いことからも逃げずに生きてきたんだ! そりゃ、妹に王位を譲るって考えは逃かもしれない。でも、それもみんなを思ってのことだ! そんな彼女が、みすみすみんなを不幸にする選択を望むわけがない!」
訴えかけながら立ちあがり体勢を立て直すと、メリルが小さく息をつくのが見えた。
「どちらにしても、もう遅いわ。彼女の意識は奥深くにいて、今は眠りに就いているもの。もう戻ることはないわ」
「いや、まだだ。ユカリィ!」
ケイは頭を振ってユカリィの名を呼ぶ。
「無駄なことよ」
メリルが冷たい視線を投げて寄こしたが、構わず叫んだ。
「ユカリィ! 目を覚ませ! よく聞くんだ!」
ケイはさらに薄くなった酸素を吸いこみ、眠っているユカリィへ呼びかける。
「いいか! 君の妹は無事だ! だが君がこのままメリルの意識に負けてしまったら、彼女の命はない。それどころか、君が今まで自分を犠牲にして守ってきた民や国もなくなってしまう!」
メリルの表情がにわかに変化した。ケイはこの機を逃すまいと畳みかけるようにして訴えかける。
「聞こえるか、ユカリィ! 俺は君がずっと、孤独だったことを知ってる。王になりたくなかったこともだ。でも、君にはまだ守りたい人がいるんだろう?」
メリルが苦しげに身じろぎをした。その表情からは余裕が消え、抵抗するように瞳を閉ざす。
「もし君が自分の責任から逃げず立ち向かうと言うのなら、俺ももう自分の立場から逃げないと誓うよ」
ケイは自身の決意をこめ、苦しげに顔を歪ませているメリルの、いや、ユカリィへ向かい言葉を投げた。
「俺は君から逃げない。必ずずっと側にいて、『王の匠』として君を守る」
思いの丈を言い放ち、ケイはユカリィの目覚めを黙って見守る。頼む、届いてくれ。誰に祈るべきなのかもわからぬままに、ケイは心から願う。するとしばらくして、ケイの頭上に浮かんだ身体の小さな口から、掠れた声が零れた。




