5-22
「ユカリィ、聞こえるか! ユカリィ!」
「うるさい」
言葉とともに中央のユカリィがその小さな手を動かすと、とたんに黒い突風が渦を巻き、剥がれた天の白い幕から覗く黒い穴が一段と質量を増す。周囲の岩という岩が、次々に穴の中へと吸いこまれていった。
「くっ!」
ケイは穴に身体を引きずりこまれないよう、両足で必死に身体を支え前方を見据えた。ユカリィがその視線に答えるように、ゆっくりとケイを見おろす。
「私はメリル。メリル・マルソーニ。私を呼んだのはお前なの?」
ユカリィの姿をしたメリルが尋ねてくるのへ、ケイはかぶりを振って答えた。
「いや、俺はあんたに用はない。それよりも今すぐその身体から出ていってほしいとさえ願っているよ」
「身体?」
不審そうに尋ねてくるメリルへ、ケイは慎重に口を開く。
「それはあんたの身体じゃないだろう。その身体はユカリィのものだ。今すぐ返してくれ」
メリルが己の小さな両手を見つめ、納得したように呟いた。
「そう。これはあの子の、サラの子孫のものなのね……」
そのまま黙りこむメリルの表情をケイはうかがう。
「メリル?」
顔をあげたメリルが、怒りに燃えた瞳でこちらを見つめた。
「ならば返すわけにはいかないわ。私だって望まれて産まれてきたはずなのに。何故あの子だけが特別なの? 何故誰も私を見てくれないの?」
悲痛な声で訴えるメリルにケイは首を左右に振る。
「メリル、誰もお前を見ていなかったわけじゃない。お前だって一人ではなかったはずだろう?」
「そうね、八十島明。彼だけは違ったわ。彼だけは私を、私だけを見てくれた」
諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐと、メリルが遠い目をして答えてくる。だが次の瞬間、拳を握り締め、でも、と怒りを露わにして叫んだ。
「サラは! サラはそんな私と彼との仲をも引き裂いたのよ!」
メリルの怒りに呼応して身体へかかる圧力が急激に増し、ケイは灰色の地面にたたきつけられる。
「メリル! 落ち着けメリル!」
襲い来る重力に逆らいながら叫ぶも、何かに憑かれたような表情でメリルが両手を天へと向けた。ケイは再び地面へとたたきつけられ、薄くなる空気に息を詰まらせる。
このままでは埒が明かない。どうにかしてユカリィを元に戻さなくては世界が終わる。いやそれだけではない。ユカリィがいなくなってしまう。守ると決めた彼女を、またも裏切るわけにはいかない。今度こそ、ユカリィを守るのだ。ケイは震える手で胸のボタンに手をあて、小さく弾いた。




