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「これこそが我が祖先の意志! 我ら一族を闇へ追いやり、散々辛酸を舐めさせ続けた者どもに! それを是としたこの世界にも! 未来永劫抜け出すことのできない深い絶望と恐怖と暗黒をくれてやるのだ!」
憎々しげに言いつのるエリオット公の言葉に、ケイは臍を噛む。
(やっぱりそうくるのかよ)
両手を強く握りしめ言い返そうとしたその時、斜め前方から声が飛んできた。
「この世の破壊……?」
声のした方へ目をやると、倒れていたチサが苦しげにうめきながらゆっくりと身を起こすのが見える。
「それはどういうことですか、カイト様」
「チサ」
眉根を寄せチサの名を呟くこちらを横目に、チサがエリオット公へ訴えかけた。
「カイト様は私や私のような子供をこれ以上増やさないよう今ある秩序を壊し、新たなる世界を構築するとおっしゃってくださいました。そしてそれは、ユミ様を我らの頂点に頂くことで達成される、と。世界はユミ様を唯一神とすることによってより安定し、皆はおろか私やユミ様でさえ幸福になる、と。そうおっしゃったではないですか。あれは! あれは、真実ではなかったのですか!」
エリオット公がチサへ向かい、穏やかな笑みを浮かべる。
「いや、嘘ではないよ、チサ。ただ我が祖先の願いはお前の求めるものよりもずっと崇高なものなのだ」
「なにが『崇高な』だよ! 実の娘の命をも犠牲にしておきながら!」
ケイは言葉を吐き捨てる。すると、チサがゆっくりと目を見開いた。
「カレン様、が?」
呆然と呟くチサに、エリオット公が夢見るような口調で答える。
「そうだ。カレンは実に出来た子だった。幼い頃より我が一族の大願をよく理解していたよ」
エリオット公は静かな微笑みをたたえたまま、チサへ向かって両手を広げた。
「さあ、チサ。こちらへ来なさい。お前も一時とはいえ共に育った義姉の思いと我が意を汲み取り、私とこの世の終焉を見届けるのだよ」
ケイは躊躇っているチサに視線を送り、鋭く言い放つ。
「行くなよ、チサ。これがお前の敬愛するカイト様の本性だ。あいつはお前の幸福なんかこれっぽっちも考えちゃいない。一族の体面に縛られそのために身内まで犠牲にするなんてこと、本当に愛情があったらできるはずがない!」
こちらの言葉にエリオット公が首をかしげた。
「お前がそれを言うのか? レイラリアの民よ。お前の祖父や父も私と同じ決断を、嘗てチサに下したではないか」
心底不思議そうなその声音に、ジョージが小さく頷く。
「まあ、確かに。その件に関してはわしらも他人の事は言えんがの」
「祖父さん!」
叫ぶこちらをよそにジョージがその表情を改め、しかし、とエリオット公を見据えた。
「わしらがチサに幸せになってほしかったのも本心じゃ。誰も不幸に暮らしてほしいとは願わんし、ましてや死んでほしいと思ったことなど一度たりとてない。もちろん、ともに死んでくれともな」
ジョージがチサに向かって目配せをする。チサがこちらを交互に見て小さく首を左右に振り、ゆっくりと足を踏み出した。ケイは再度チサを呼び止める。
「チサ!」
チサは顔を背けたまま、躊躇いがちに口を開いた。
「貴方の言うことが正しいのは分かってる。でも、私は罪人よ。生きていても貴方たちに迷惑をかけるだけ。それに……。私には、カイト様を放って一人で逝かせることなんてできない!」
「チサ! 父さんたちは、それに俺たちも、そんなことを望んではいないんだぞ!」
こちらの叫びに、チサが激しくかぶりを振る。
「たとえ産みの親がそう望んでいたとしても、育ての親は死を望んでいるの。私の育ての親はカイト様なんですもの。それにユカリィ女王がこうなってしまった以上、どのみち私たちは死ぬしかないのよ」
チサの一言に、ケイは自分の頭が急激に冷えていくのを感じた。ケイはチサをひたと見据える。
「許さないぞ」
それは自分でも驚くほどの低い声だった。




