5-19
メリル・マルソーニが復活した。
空にかかっていた人工の白い幕が剥がれ、黒々とした穴が空を覆い始める。重力は一段と重く身体へのしかかり、酸素は刻一刻と少なくなっていた。ケイは吹き荒ぶ暴風の中、狂ったように鳴り続けるロンドラルの鐘の音を懸命に耳から振り落し、ジョージへと尋ねる。
「大丈夫なのか、祖父さん」
「これが大丈夫そうに見えるか?」
「いや、そうじゃないけどさ」
不愉快そうに鼻を鳴らすジョージに、ケイは言い淀んだ。
「そんなことより、こっちを何とかする方が先じゃろうが」
「ロスのこと、殺したのか?」
ケイは黒い塊へと視線を向けるジョージへ、躊躇いがちに問う。
「そんなことならわしがこんなに傷を負うわけなかろう?」
気絶させてふんじばり機械を重石にして括りつけておいたわさ、と鼻を鳴らすジョージにケイは少しだけ笑った。
「あいつは結構やりそうだったから、手加減は無理かと思ってたよ」
「わしだって孫娘は可愛いからの」
澄まし顔で答えるジョージをケイは半眼で見やる。
「孫息子も可愛がってくれていいんだけど」
「これ以上、どう可愛がれと言うんじゃ、馬鹿孫よ」
軽い口調とは裏腹に、真剣な眼差しで問いかけてくるジョージへ、ケイはとっさに視線を泳がせる。
「それは、まあ、色々と」
「まあ、無事生き残ることができたら考えんでもないぞ」
「自信ないけどね」
視線を戻しながら答える祖父の言葉に、ケイは肩をすくめる。見あげる先には、宙に浮いた四体の『伝説のロア』たちの姿があった。
地上ではチサとユミがメリル復活の衝撃で倒れこみ、エリオット公がネジの飛んだおもちゃのように笑い続けている。溜め息をついていると、ジョージが口を開いてきた。
「わしはあのとち狂いおった馬鹿の相手をする。お前は何とかしてメリルを抑え、ユカリィ様を正気に戻すんじゃ。よいな?」
「わかった。何とかやってみるよ」
「ほっ!」
「なんだよ?」
驚いたように目を見開くジョージに、ケイは眉根を寄せる。
「一言も文句を言わんとは。いやはや、馬鹿孫でもちぃとは成長しとるんじゃのう」
「この期に及んで文句を言えるほど俺の頭はお気楽にできちゃいないよ」
こちらの言葉にジョージが、そうか、と頷いた。その瞳はどこか遠い目をしている。
「祖父さん?」
「ほれ、早く行け! 時間がないぞ!」
「……ああ」
追いたてるジョージの瞳が泣いているようで。気になりながらもケイは、ユカリィたちの生み出した黒い塊へ呑みこまれないよう彼女たちへと近づいた。
「ユカリィ!」
ケイは『伝説のロア』たちの名ではなく、ユカリィに向かって呼びかける。
「ユカリィ! 聞こえるか? ユカリィ!」
呼びかけに反応したのか、中央の一体が空虚な瞳のままこちらを見おろした。
「お前は誰だ?」
「メリルか?」
中央のユカリィが小さく首を横に振り、答える。
「我が名は『肉体』。メリルの分身にして器であるメリルの『肉体』である」
「サーマ。お前はユカリィ女王の『肉体』様ではないのか?」
「依り代としてならば我はユカリィの『肉体』である。だがそれももうすぐ終わる。ユカリィの意識は残りわずか。いずれ彼の意識は完全に消滅し、我はメリルの『肉体』としてメリルの意志を継ぐ」
「メリルの意志っていうのは何なんだ!」
「この世の破壊だよ」
答えたのはメリルのサーマではなく、エリオット公だった。




