1-9
(なんだ?)
どうやら一面識もない碧仮面に特別憎悪されているらしい。ケイは眉根を寄せた。自分が釦師だからという理由ならば頷けなくもない。それほどに碧仮面は同族を殺しているからだ。先刻の死体、エージ・都基山と同じように。それなのに、今碧仮面が放つ負の波長は明らかにケイ個人へと向けられたものだった。
「知りたいのか、と訊いている」
「確かに知りたいな。それに勝手に『ロア』を連れて行かれても困るし」
「取り戻す、と?」
嘲笑を含んだ声音で問われ、ケイは肩をすくめた。
「それが仕事だからね」
さり気なく足場を確認し、ゆっくりと腕輪から金糸を引きだす。ボタンの前に指を構え呼吸を整えた。
「いいだろう」
碧仮面もおもむろに金糸を取りだし、手にしたボタンに呼びかける。
「ルー」
「はあい」
ほどなくして、翡翠髪の少女が現れた。
「ファスナ」
ケイは山のレリーフが刻まれたボタンを弾く。
「はい」
光とともに現れたのは道化師姿の男だった。緑色の先端が曲がった帽子をかぶり、両腕に金色のブレスレットをはめている。
「御用の向きは」
ファスナと呼ばれた道化師は、ケイに向かってうやうやしく一礼した。赤く無数の鈴が施された服が夜に映える。
「『ロア』の捕獲だ」
「承知いたしました。が、私でよろしいので?」
「何がだ?」
前方の碧仮面を警戒しながら問うと、ファスナは頭を垂れたまま答えた。
「私は炎の記憶ですので、『ロア』を傷つけてしまうかもしれません」
「かまわないよ。それくらいでどうにかなるやつじゃない」
「なるほど。承知いたしました。一応は、ですが」
「嫌味なら後からいくらでも聞くから。頼むよ」
「はい」
ファスナは含み笑いを忍ばせつつ再度一礼し、『ルー』に向き直った。『ルー』は目を輝かせてこちらを見つめている。
「来るぞ」
声をかけ構えを深くした瞬間、後頭部に衝撃が走った。地面に思い切りたたきつけられ、痛みに目が眩む。顔を顰め必死の思いで、自分を押さえつける存在を確認すると、無邪気な笑みを浮かべる『ルー』と目が合った。
「くっ!」
容赦なく押しつけられ、息が苦しい。
「ケイ殿!」
「ファスナ!」
叫び駆け寄ろうとするファスナに、ケイは鋭い一声を放つ。ファスナは即座に反応して振り向きざまに碧仮面へ向け炎の雨を降らせた。けれども、二重三重に縫いあげられた結界に阻まれ、ことごとく撃ち落とされてしまう。ケイは『ルー』にぎりぎりと首を締めあげられながら、必死で次の手を考えた。まだ声は出せるか。この手から逃れる術はあるか。
「おにいちゃんのまけー」
『ルー』は愉快げに笑いながら首の締めを徐々に強くしてくる。意識が朦朧として、上手く頭が回らなくなってきた。
(どうするっ?)
霞む意識のなか必死に考えを巡らせ、
「イ、リュー……」
掠れる声で風の記憶の名を呼び、震えながら銀の腕輪から金糸を引きだした。