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刹那、ケイの斜め後ろから影が走った。影は瞬時にエリオット公とルーの間をすり抜ける。遥か前方には、描かれた金糸のステッチによって動きを封じられたアーナとユーリの姿があった。そのさらに奥では、ルビー色に光る『血の蕾』が今にもチサの手でユミの胸元へと縫いつけられようとしている。
「だめ!」
声を発したのはサーマだった。ケイはいつの間にか傍らから消えていたサーマの行動に息を呑む。その間にも、初めて言葉を発したサーマがユーリたちの横を抜け、台座から宙に浮き始めていたユミとチサの間に割って入った。
「イリュー!」
ケイはサーマを援護するため長針をさらに回転させ、チサへ向かって投げつける。長針は大きなアーチを作って方向を転換し、チサへと向かっていった。だが時はすでに遅く、突然入ってきた侵入者に対し、チサが一瞬躊躇ったような様子で手を止めた瞬間、眠っていたはずのユミがおもむろに起きあがった。目を瞠るチサの目前で、ユミが胸元へ向かってきていた血色のボタンと金糸をサーマに向かって打ち払う。『血の蕾』がサーマの胸元にぴたりと留まった。
「サーマ様!」
ケイが叫んだ刹那、黒い風が吹き荒れサーマの身体が浮きあがった。ユーリ、アーナ、ルーの身体もそれぞれに浮きあがり、四体が菱形になって虚空へと舞いあがる。やがて、四人の『伝説のロア』たちが暗い輝きとともに一つとなり、十六歳のユカリィが姿を現した。
「ユカリィ!」
ケイは絶叫する。すると、声へ呼応するかのように、ユカリィの身体が再度黒光りする影にとりこまれた。同時に、『伝説のロア』である四人の小さなユカリィたちが出現する。ユカリィたちは一様に虚ろな目をして三体が三角形を形作り、残る一体がその中央に位置して虚空へと留まった。その瞬間、ケイは己の身体が一気に重くなるのを感じた。
「ユカリィ……!」
十二年前に一度見た、いや、それよりも最悪な事態が目の前で繰り広げられようとしている。
すなわち、メリル・マルソーニの復活。そして、暴走。
みるみる薄くなっていく酸素に息をあげながら茫然と呟くと、エリオット公が狂ったように笑いだした。
「これだこれだこれだっ! この瞬間をこそ待って待って待ち望んでいたのだっ!」
「なんだって!」
ケイは目を剥いてエリオット公を見やる。
「それはどういうことだ!」
エリオット公を睨みつけたまま問い詰めるケイの耳へ、後方から馴染み深い声が飛んできた。
「つまりな、こやつが望んでおるのは世界の覇権ではなく、滅亡だということじゃ」
「祖父さん!」
歓喜して振り返ったケイは、目にした光景に言葉を失う。その瞳には、左手を負傷しあちこちに深傷を負った祖父が映っていた。




