5-12
エトアミ山。
薄藍の裾野が間近に広がる中、鬱蒼とした森の上を皆で飛ぶ。
もとは雲よりも高い場所に位置していたと言われている頂上は、約一七〇年前の大噴火のために失われ、当時の半分ほどの高さでしかない。巨大な魚が口を開けたようなその火口も、今はカルデラ湖になっていると聞いていた。
(もっと速くならないのか?)
鳴り響くロンドラルの鐘に、焦りが募る。ケイは次第に近くなっていく山肌をもどかしげに眺めながら、さらに集中を高め速度をあげた。だがそのとたん、俄かにバランスを崩す。
(えっ!)
自分の状況が理解できず周囲を見ると、ジョージやチサも一様に森へと落下しているのが目に入った。
(どういうことだ!)
必死にバランスを取り戻そうとしているこちらを尻目に、ユカリィの身体が輝いた。ほどなく現れた四体の『伝説のロア』たちを見て、ケイは軽く落胆する。やはり碧いロスタルムでも、一度出てしまった『伝説のロア』を完全に抑えこむことは不可能のようだ。
「イリュー!」
ケイは落下しながら風の記憶の名を呼ぶ。すると、濃くなっていた風圧が一瞬だけ薄くなった。ケイは意識を集中させ、すんでのところで地面への直撃を回避させる。地上へ降り立ったケイたちは、一様に辺りを見回した。暗い森の中。とりあえず歩いてみるか、と頷き合い、エトアミ山のあるであろう方向へ向かい歩みを進める。だが、いつまで経っても森の終わりに到達できる気配がない。
「磁場が狂っておるためかもしれん」
腕を組むジョージへケイは半眼で問い返す。
「森の中なら分かるけどバランスを崩したのは外部だっただろ?」
こちらの言葉に無言で肩をすくめるジョージへ反論しようとした時、斜めを歩いていたチサがふと立
ち止まり呆けたような声をだした。
「カイト様だわ」
「何だって?」
訊き返すとチサが頷く。
「カイト様がこの地一帯の磁場を狂わされたのよ」
「なるほどね」
ケイは皮肉をこめて呟き、四人の小さなユカリィたちを振り返る。
「どうします?」
「私がやろう」
小さくユーリが宣言し、おもむろに地面へ手をついた。とたんに、森の地面一帯に稲妻が走る。やがてまた、何事もなかったかのように静まり返った。
「もう大丈夫だ」
「ありがとうございます」
淡々とした表情で告げるユーリに礼を言い、ケイは踵を返す。
「よし、急ごう」
声とともに宙へ駆け上がろうとするケイを、アーナが呼び止めた。
「お待ちくださいな。ここからは森を出ない方がよろしいかと思いますわ」
「何故です?」
「カイトに磁場の結界を破ったことを悟られない方がよろしいでしょう?」
アーナの言葉にケイは、それはそうですが、と言葉を返す。
「解いた時点で気づかれた可能性が高いのでは?」
「たとえそうだとしても、用心に越したことはありませんでしょう? なにより、その方が結果的には時間の短縮になる公算が高いのですもの」
「道理ですな」
頷くジョージを横目に、ケイはしばし考える。それから、小さく首を縦に振った。
「わかりました。なら折衷案で行きましょう」
頷きながらそう宣し、全員を連れて飛び立つ。ケイはそのまま森の中を出ることなく、樹木を避けながら先を急いだ。




