5-11
言葉の真意を必死に探ろうとしているらしいチサを見ながら、ケイはふと息をつく。チサの迷いは容易に想像できるが、今は家族の問題を云々言っている猶予はない。
「チサ」
ケイは躊躇いがちにチサの名を呼ぶ。
「お前は碧いロスタルムの精製法を知っているのか?」
突然の方向転換に、チサは瞳を瞬かせこちらを見つめた。やがて、ゆるゆると首を横に振る。
「じゃあ、やはりエリオット公は自ら儀式を行えるんだな」
問いかけると、しばし間があってチサが小さく頷いた。
「お前たちはカイト様の策に嵌ったのよ。儀式の場所はここではないわ」
「それは『竹取物語』に関係した場所なのか?」
それまで様子を窺っていたユカリィが、おもむろに口を開いた。チサは目を瞠りその問いに答える。
「そうです。さすが女王陛下。よくご存じでいらっしゃるのですね」
「私ではない。ケイだ」
ユカリィの言葉にチサの顔が複雑に歪む。
「ケイが?」
問うチサへユカリィがあっさり頷いた。
「ああ。ケイが夢を見る、と。その中で、『竹取物語』を聞いている自分がいる、とな」
「ケイが……」
チサの声音からは小さな驚愕が読みとれる。無理もないとは思ったが、今はそれをどうこう言っている間さえ惜しい。ケイは再び問いかけようと口を開きかけたが、それより一瞬早くユカリィが声を発した。
「どこだか教えてくれないか。私はユミを守りたいんだ」
チサはしばし沈黙した後、ユカリィの瞳を見つめる。
「山です。『竹取物語』に出てくる」
「山?」
ユカリィが眉根を寄せた。ケイは瞳を見開きチサを見る。頭の中に、カレン侯爵夫人の言葉と父の言葉がこだました。
『宝は不死を称えし山』
『帝は不老不死の薬を山のてっぺんで焼いた。以来、その山を……』
驚愕はゆるゆるとやってきた。
「富士の山、か……?」
小さく呟くと、それを訊きとがめたユカリィが首をかしげる。
「富士山? そんな名の山などこの世界には……」
あ、と声をあげるユカリィに、ケイは力強く頷いた。
「エトアミ山だ。セント・エトランディアとフルニエスの中間に位置し、ロンドラルの鐘のある場所」
なるほど、とジョージも同意する。
「確かにあの山はその昔、富士山と呼ばれておったようじゃな」
満足げに唸り、それにしても、と顎に手をやった。
「『不死』と『富士』とは、カイトの奴もやりおるわ」
笑うジョージへユカリィが冷静に応じる。
「素晴らしいのはカイトではなく先人だろう」
「左様ですな」
くすくすと肩を揺るがすジョージに溜め息をつき、ケイはユカリィを見やった。
「とにかくエトアミ山だ。急ごう」
踵を返すケイに、チサが声をかけてくる。
「待って、私も行くわ」
ケイは肩越しにチサを振り返り、小さくかぶりを振った。
「駄目だ。今お前を連れていくわけには」
「置いていくのなら、今ここで死ぬわ」
低く宣言して長針を喉へ突きつけるチサの瞳を、ケイはしばし見つめた。小さく、溜め息をつく。
「わかった。ただし、下手なことはするなよ。その時は例え妹でも容赦はしない」
ひたとチサを見据えると、チサが頷く。その迷いのない茶色い瞳が、ケイの心を不安にさせた。




