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王の匠  作者: 朝川 椛
終わる世界の中で
82/101

5-11

 言葉の真意を必死に探ろうとしているらしいチサを見ながら、ケイはふと息をつく。チサの迷いは容易に想像できるが、今は家族の問題を云々言っている猶予はない。


「チサ」


 ケイは躊躇いがちにチサの名を呼ぶ。


「お前は碧いロスタルムの精製法を知っているのか?」


 突然の方向転換に、チサは瞳を瞬かせこちらを見つめた。やがて、ゆるゆると首を横に振る。


「じゃあ、やはりエリオット公は自ら儀式を行えるんだな」


 問いかけると、しばし間があってチサが小さく頷いた。


「お前たちはカイト様の策に嵌ったのよ。儀式の場所はここではないわ」

「それは『竹取物語』に関係した場所なのか?」


 それまで様子を窺っていたユカリィが、おもむろに口を開いた。チサは目を瞠りその問いに答える。


「そうです。さすが女王陛下。よくご存じでいらっしゃるのですね」

「私ではない。ケイだ」


 ユカリィの言葉にチサの顔が複雑に歪む。


「ケイが?」


 問うチサへユカリィがあっさり頷いた。


「ああ。ケイが夢を見る、と。その中で、『竹取物語』を聞いている自分がいる、とな」

「ケイが……」


 チサの声音からは小さな驚愕が読みとれる。無理もないとは思ったが、今はそれをどうこう言っている間さえ惜しい。ケイは再び問いかけようと口を開きかけたが、それより一瞬早くユカリィが声を発した。


「どこだか教えてくれないか。私はユミを守りたいんだ」


 チサはしばし沈黙した後、ユカリィの瞳を見つめる。


「山です。『竹取物語』に出てくる」

「山?」


 ユカリィが眉根を寄せた。ケイは瞳を見開きチサを見る。頭の中に、カレン侯爵夫人の言葉と父の言葉がこだました。


『宝は不死を称えし山』

『帝は不老不死の薬を山のてっぺんで焼いた。以来、その山を……』


 驚愕はゆるゆるとやってきた。


「富士の山、か……?」


 小さく呟くと、それを訊きとがめたユカリィが首をかしげる。


「富士山? そんな名の山などこの世界には……」


 あ、と声をあげるユカリィに、ケイは力強く頷いた。


「エトアミ山だ。セント・エトランディアとフルニエスの中間に位置し、ロンドラルの鐘のある場所」


 なるほど、とジョージも同意する。


「確かにあの山はその昔、富士山と呼ばれておったようじゃな」


 満足げに唸り、それにしても、と顎に手をやった。


「『不死』と『富士』とは、カイトの奴もやりおるわ」


 笑うジョージへユカリィが冷静に応じる。


「素晴らしいのはカイトではなく先人だろう」

「左様ですな」


 くすくすと肩を揺るがすジョージに溜め息をつき、ケイはユカリィを見やった。


「とにかくエトアミ山だ。急ごう」


 踵を返すケイに、チサが声をかけてくる。


「待って、私も行くわ」


 ケイは肩越しにチサを振り返り、小さくかぶりを振った。


「駄目だ。今お前を連れていくわけには」

「置いていくのなら、今ここで死ぬわ」


 低く宣言して長針ニードルを喉へ突きつけるチサの瞳を、ケイはしばし見つめた。小さく、溜め息をつく。


「わかった。ただし、下手なことはするなよ。その時は例え妹でも容赦はしない」


 ひたとチサを見据えると、チサが頷く。その迷いのない茶色い瞳が、ケイの心を不安にさせた。

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