5-9
噴水からたえず流れる水音が、静まりきった周囲に沁みわたる。
「チサ? 碧仮面が、ディアがチサって……!」
死んだはずの双子の妹、チサが今生きて目の前へいることに、ケイは混乱した。
確かに生きているのでは、と思ったこともある。だが、こんな再会を望んでいたわけではない。
(よりにもよって釦師殺しが妹なんて)
ケイは混乱した頭のまま、目の前で敵意をむき出しにしている少女を、まじまじと見つめた。
「どういうことだ、ケイ? チサとは誰だ?」
ユカリィが尋ねてきたが、突然のこと過ぎて言葉が上手く出てこない。すると、黙りこむしかないこちらに代わり、ジョージが答えた。
「こやつの妹ですよ」
「死んだのではなかったのか?」
目を丸くして問いかけてくるユカリィに、ジョージが頷く。
「まあ、そういうことですな。訳はまあ、話せば長くなりますが。後継ぎには来るべき時まで余計な邪念は一切入れるべからず、というのが我が家の方針だったものですからの。ケイには死んだと言うておりましたんじゃ」
ケイはジョージを睨みつけ、募る苛立ちをたたきつけた。
「何が『来るべき時まで』だよ! こんなにのっぴきならない状況になるまで黙っていやがって! 大体、今まで何処行ってたんだよ、こんな大事な時にさ!」
怒って詰め寄ると、そんなもん決まっとる、とジョージが小さく肩をすくめる。
「厠じゃよ」
「は?」
「寄る年並のせいか最近何かと近くてのお」
「祖父さん!」
ふざけるのも大概にしろ、と怒鳴ったが、ジョージはどこ吹く風で飄々と答えてきた。
「そうは言っても事実は事実じゃし。事実は些細なことであっても正確に伝えなければの」
悪びれた様子が微塵もないジョージの態度に、碧仮面でありディアと呼ばれていた少女、チサが目を剥く。震える声でジョージへ問い質した。
「ではなに? 私を捨てたことは些細な事実にも属さぬ取るに足らないものだということ?」
そうは言っておらん、とジョージがチサを見据え、真面目な口調で答える。
「些細な事実も重大な事実も、伝えるべきタイミングと言うものがあるでの」
「いいかげんなことを!」
チサの瞳が怒りに燃えた。ケイには激怒しているチサが泣いているように見え、息を呑む。
「私が今までどんな思いで生きてきたかわかる? あの時命懸けで帰ってきた私を無情にも邪険に追い払っておきながら!」
たたきつけるように言い放ったチサの言葉に、ケイは瞠目した。
「追い払った? ってどういうことだよ、祖父さん!」
「追い払ったわけではない。ただ、あの時はまだ時期ではなかったんじゃ」
鋭く言い放った言葉へ対し、ジョージが首を左右に振った。様子を見ていたチサが冷笑する。
「時期ですって? 私はお前たちに捨てられたせいで偽りの両親に虐げられた。なんとか屋敷を抜け出し、やっとのことで家へ辿り着いた私を、お前はまたも捨てたのよ?」
言葉を切り、ふと遠い目をして虚空を見つめた。
「帰るあてのない私を拾ってくださったのはカイト様だけだった」
「では、その技術はカイトからか?」
ジョージの冷静な言葉に一瞬唇を噛んだチサが、しばらくしてゆるゆると頭を振る。
「私はお前に追い払われてからもしばらくこの地に残り、お前たちの生活を塀越しに見ていたわ。そしてある日、落ちていた金糸を拾ったのをきっかけに、軽い気持ちで見よう見まねにやってみたの。思いの外上手くできたもんだから我ながら驚いたわ」
自嘲気味に微笑むチサを、ケイは黙って見つめた。




