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「少しおいたが過ぎるぞ」
虚空に群青の影が現れた。宙に浮かぶ長いローブ。目深にフードをかぶり、顔面と思しき箇所に碧々とした仮面をつけている。影は静かにケイの目の前に降り立ち、その双眸をこちらへと向けた。
「碧仮面……」
ケイがうめくと、碧仮面は、ほう、と微かな感嘆の声をあげた。
「知っているのか、私を」
「釦師の中で知らない奴はいないさ。とんでもなく強くてイカれた野郎だってことを、ねっ!」
軽口をたたきつつ気合いを入れ、金糸を操り緊縛を試みる。月の光で育つ黄金の植物、オネラリアの茎を編んで作られた金糸は強靭だ。一度緊縛に成功すれば、解除するまで解けることはない。釦師の腕前によっては、投げつけただけで相手の首を切り落とすことさえ可能なほどである。無論、ケイもそんな釦師の一人だ。弛まぬ鍛錬の上で身につけた技術と自信は確固たるもののはずで。だから今回も、投げつけられた金糸は瞬時に碧仮面の周囲を取り囲み、動きを封じることができると確信していた。
だが碧仮面は、黒手袋をはめた左手で造作もなくケイの攻撃を払い除け、ケイの足元に絡みついた少女の名を呼ぶ。
「ルー」
「なぁに、あおちゃん」
ルーと呼ばれた少女がケイの足を掴んだまま嗤う。ケイは驚きに目を瞠った。
「『愛情』だって?」
呟き改めて眼下の『少女』を見やる。『少女』は嬉しそうに破顔した。
「あそぶ? おにいちゃん」
ケイは言葉を失い、目の前の『少女』をまじまじと見つめかぶりを振る。
「そんな馬鹿な、実体のあるユカリィ女王の『ロア』が二体も……。まさか、『伝説のロア』だってのか?」
茫然と呟くケイをよそに、碧仮面が踵を返した。
「遊んでいる暇はない。退くぞ」
「えー」
碧仮面は、文句を言い募ろうとする『ルー』を無視して歩きだす。
「しょうがないなあ。ばいばい。おにいちゃん。またこんど、あそぼうね」
『ルー』は満面の笑みを浮かべケイの足を解放し、地中へと消えていく。
「待て!」
ケイは後方にいた『肉体』を庇いながら、碧仮面へ呼びかけた。
「お前、釦師なのか?」
碧仮面が無言のまま、ゆっくりと振り向く。
「釦師のくせになぜ捕獲した『ルー』を使役して仲間を殺すんだ!」
碧仮面は冷笑した。
「知りたいか?」
ケイはひたと自分を見据える碧い仮面の奥から、強い憎悪の念が徐々に膨れあがっていくのを感じた。