5-7
「水の記憶よ」
碧仮面が腕のボタンを弾くと、手にした長針に水が絡みつく。そのまま素早く金糸で渦巻状のステッチを描き、絡ませた水とともにケイを目掛けて解き放った。ケイはすんでのところで碧仮面の攻撃をかわし、放射線状のステッチを描いて先刻放ったステッチに絡ませる。
腕を動かしたまま横へ視線を走らせると、斜め横でも二対一での激しい戦いが繰り広げられていた。何も持たないルーに対して、ユーリもアーナも容赦なく責め立てているが、ルーは怯むどころか楽しげに二人の攻撃をかわしている。
「まったく、やっかいなことこの上ないですわ」
呼吸を乱しながら肩をすくませるアーナに、ユーリが頷いた。
「片割れとはいえ、困ったものだ」
淡々とした口調で答えながらも、やはりユーリも息が荒い。
(急がなくちゃな)
時間がない。二人が疲れきってしまう前に、碧仮面を何とかしなくては。ケイは自身も度重なる碧仮面の攻撃を間一髪でかわしながら、長針と金糸を駆使してさらに複雑なステッチを描き、炎を絡ませた。
「ルーよ!」
避けるばかりで一向に攻撃を仕掛けないケイに対し、業に煮やしたのだろうか。碧仮面が苛ついた様子でルーを呼ぶ。
「なあに?」
ルーが無邪気に微笑みながら、碧仮面の言葉に応じてこちらを向いた。追いすがるユーリとアーナをあっさりとかわし、高速で突進してくる。
(よしっ!)
その瞬間、ケイはルーに金糸を巻きつけ、その動きを固定する。同時に、碧仮面の両手へ緊縛を施した。
「エルド!」
碧仮面が信じられないほどの甲高い声で叫んだ。だが、こちらの完成させた緊縛が、碧仮面の命で出てきた青いローブ姿の女性、エルドを霧散させた。ケイは一気に金糸へ力を込める。碧仮面の両腕と五指に絡みつかせた金糸が締り、握っていた両手を開いたまま固定させる。小さく高い音がして、碧仮面の左手から碧いロスタルムが転げ落ちた。
「ユーリ様、アーナ様。お願いがあります」
「なんだ?」
「ルー様をよろしくお願いしたいのです」
「わかった」
こちらの言葉にユーリが頷くと、三体の『伝説のロア』たちが一様にルーを押さえつける。
ケイはその様子を見守ったあと締めあげたままの碧仮面へと近づき、落ちた碧いロスタルムを拾いあげた。
「サーマ様」
サーマの名を呼びながらユカリィたちのもとへと戻る。顔をあげたサーマの胸元へと碧いロスタルムを縫いつけた。途端に眩い光が放たれ、四人の『伝説のロア』たちがその姿を消す。代わりに現れた十六歳のユカリィ女王を見て、ケイはほっと息をついた。
「大丈夫か?」
「ああ、すまない」
答えたユカリィがケイを見つめてくる。その瞳に滲んだ涙を見て、ケイは動揺した。
「おいおい、どうしたんだ?」
「私は大丈夫だ。でも、ユミが! ユミが……!」
こんなふうに瞳を潤ませるユカリィを見るのは初めてのことだ。ケイは一瞬絶句するも、その原因に気づいて目元を和ませた。ユカリィの中へ、ルーが戻ってきたのだ。
「大丈夫、ユミ王女は俺が必ず助けるから」
肩に手を置きなだめるように言葉を紡ぐと、視線を移し眼下の碧仮面を見据える。無言のまま、その碧い仮面を剥いだ。仮面の下に隠されていた顔は、ケイの想像していた通りの人物だった。




