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「確か『竹取物語』とか言ったか。竹から生まれた女の赤ん坊を老夫婦が育てて、美しく育ったその女は実は月の国の者で、最後は月に帰っていく話、だったと記憶している」
「そうか」
月に帰っていく女の話、そんなものをなぜ今になって夢にみるのだろう。父の言葉が断片的に蘇り、ケイはしばし思考の迷路に迷いこんだ。
『み……はそのふ……しの薬を……まで燃やした。だからその……まは……さんと言うんだ』
頭に残る父の声は細切れで判然としない。これでは埒が明かない、と頭を振ったところで、ユカリィが声をかけてきた。
「着いたぞ」
いつの間にか先頭に立っていたユカリィの横へ慌てて並び、ケイは長い螺旋階段の終わりにあった両開きの扉を開く。目前に広がったのは、暗く狭い空間だった。
周囲を無数の機械が取り囲み、中央には球体のモニターが設置されている。そこに映し出されているのは、大気圏の間近でガス星雲となった太陽が浮かぶ、真の宇宙だ。ケイは久しぶりに観る宇宙の姿に一瞬魅入られそうになった自分を叱咤し、周囲を見回す。だが、肝心の祖父の姿はそこにはなかった。
「こんな時にどこへ行ったんだ?」
いらつきながら呟くと、ユカリィが答えてくる。
「連れ去られたんじゃないのか?」
「祖父さんに限ってそれはない」
ユカリィの言葉を即座に否定し、ケイはしばし考えを巡らせた。
「この塔の一番下はどうなっているんだ?」
「牢屋だが」
「その下は?」
畳みかけるように問いかけると、ユカリィが顔を顰めながらも慎重な口調で応じてくる。
「噴水がある。それから石碑が。我々が国を保っていく上で犠牲にしてきた者たちを弔うためのものだ」
「そこにはメリル・マルソーニの名も?」
「あるにはある」
「そうか」
やはり、ここではないのかもしれない。そんな不吉な予感が、またしても胸にこみあげてくる。顎に手をあてていると、ユカリィが不安げな声音を滲ませ問いかけてきた。
「ケイ?」
「ロンドラルの鐘はいくつ鳴った?」
こちらの問いに、ユカリィが眉根を寄せつつ答える。
「今ので八五八六回目だと思うが」
自信なさげな様子で言葉を濁すユカリィを尻目に、ケイは考えた。
無駄骨かもしれない。だが、ほかに方法もない。
ケイは曖昧模糊とした不安を断ち切ってユカリィを見た。
「行ってみよう。不死を意味していると言うのとは少し違う気がするが、何も動かないよりましだ」
「ああ」
小さく頷くユカリィを伴い、ケイは一路地下の噴水を目指し歩き始めた。




