5-3
「何か気になることでもあるのか?」
俯き加減に先を急いでいると、ユカリィが怪訝そうな面持ちで問いかけてくる。
「フルニエスをたってから、ずっと考え事をしているようだが」
「いや。ただあまりにも順調すぎる気がしてさ」
肩をすくめてみせた横で、ユカリィが小首をかしげた。
「いいことではないか」
「それはそうだが。普通なら碧仮面あたりが妨害に来るのが普通じゃないのか?」
混戦しきった頭をなんとか整理しながらユカリィへ尋ね返すと、ユカリィが渋面を作る。
「おそらく儀式の準備にとりかかっているのだろう。ユミにボタンを縫いつける儀式には碧仮面が必要不可欠だからな」
「ああ」
ケイは頷いたが正直釈然とはしなかった。仮にもメリルの直系だし、あの碧いロスタルムを発明した人間でもある。エリオット公自身が儀式を行う可能性だって皆無ではないはずだった。
(それに)
唇を小さく噛んでいると、それに気づいたらしいユカリィがとがめるように訊いてくる。
「まだ何かあるのか?」
「別に。ただこの頃、ずっと同じ夢を見てるんだ」
こちらの言葉に、ユカリィの顔が僅かに曇った。
「嫌な夢なのか?」
「嫌じゃない。むしろ懐かしいかな。親父が出てくるんだ」
「そうか」
相槌を打つユカリィの瞳が仄かに揺れる。ケイは何やら悪い想像をしているらしいユカリィを安心させるために手を小さく左右に振り、微笑んでみせた。
「俺はガキに戻ってて、親父が何か昔話を話してくれるんだよ」
「どんな話なんだ?」
「それがあんまり思い出せないんだ。ただ月がどうとか竹がどうとか」
夢の中では幼い自分が父から昔話を聞いていた。ケイはセントラルヒーティングがあまり効いていないことを気にしながら、父の話に耳をかたむける。竹から生まれた小さな赤ん坊が美しく成長し、帝という当時の王を含めた三人の求婚者を袖にして、月へと帰っていく女性の話だった。話は最後になればなるほど面白く、ケイは珍しく夢中になって聞いた。やがて話は佳境に入り、父がケイに向かって微笑みながらこう話を結んだ。
『み……はそのふ……しの薬を……まで燃やした。だからその……まは……さんと言うんだ』
夢はケイがその言葉にひどく感心したところでふつりととぎれ、起きてみると細かな所が思い出せない。そんな夢を、もう八日も見続けていた。
「太古の話か。それなら私も聞いたことがあるような気がするな」
ユカリィが顎に手をあて、首をかしげる。
「本当か?」
色めき立って尋ね返すと、ユカリィが、ああ、と頷いた。




